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サヨナラのウラガワ 10

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サヨナラのウラガワ 10


◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆

 聖杯戦争とそれ以降の記憶が消えた士郎は、市場でも問題なく買い物ができている。私が少し離れて様子を窺っていたときも、言葉の壁以外、難なく買い物を済ませていた。
「大丈夫そうだな」
「ん? 何がだ?」
「日本に帰ることができる」
「えーっと、俺って日本に帰れないほどの重症だったのか?」
「…………まあ」
 どう答えればいいか迷ってしまった。重症であったのは、身体ではなく心の方だと、思わず言いそうになってしまい、返答に時間を食った。首を傾げて私の答えを待っていた士郎は、さほど気にかけることもなく、そうだったのか、と納得している。
 あまりにも士郎が普通で、記憶を消す前とのギャップがありすぎて、時々どう対処すればいいのかわからなくなる。
「家に帰るんだよな? そうしたら俺、職探ししないとな。なんていうか、こう、まだ高校生の気分が抜けなくてさ。だけど、実際は二十歳を過ぎてるわけだし、きちんとしないとダメだよな!」
 まるで自分に言い聞かせるように士郎は決意を固めている。屈託のない言いようと素直な考えに救われる気がするが、“これは士郎ではない”と、心のどこかで認めることができていない。姿は同じであるというのに別人のような気がして、傍にいることがどうしようもなく胸苦しい。
 士郎にとって私は、つい先日出会った者という認識なのだろう。一定の距離間の下、私との会話もごくごく普通で、以前よりもスムーズに話せているように思う。私の違和感を除いて、ではあるのだが。
 確かに、この分なら日本に帰っても問題はないだろう。
 私が四六時中近くにいても、何かを思い出す様子はない。
 記憶は完全に失われている。
 ほっとすればいいのか、憤ればいいのか、正直、私の中では、まだ整理がついていない。したがって、セイバーのように前向きに捉えることがいまだにできず、士郎を少し敬遠してしまっている。
 凛には、士郎に変な勘ぐりをされないように気をつけなさいよ、と忠告されているが、そんなに簡単なことではないのだ。私は今も、士郎の記憶を惜しんでしまうのだから……。
「アーチャー、あのさ、」
 市場からの帰り道、あと少しでアパートが見えてくる歩道で士郎は不意に足を止めた。
「どうした?」
 立ち止まった士郎を少し振り返る格好で私も足を止める。
「頭が、重いんだ……」
「な……に?」
 どういうことだ?
 風邪なのかと疑ってみたものの、それらしい症状は特に現れていなかった。ならば、記憶消去に関することになるが……。
 それは、私にではなく、凛に言うべきことではないのか?
 記憶を消したことによって、なんらかの支障を来しているのならば、私に相談するよりも――――、
「寝不足みたいでさ」
「寝不……足……」
 なんだ。心配して損をした。
「運動不足ではないのか? 体力が有り余っているというのに、日中たいして動いていないからだろう」
「そう……なんだけどさ……」
 眉間のあたりを指で押さえた士郎は、ぎゅ、と目を閉じたり開いたりを繰り返している。
「眩暈、っていうか、立ち眩みみたいなのも、ちょっと……」
 言っているそばから士郎はふらついて、思わずその腕を掴んだ。
「ああ、悪い。ちょっと……、待って」
 額を押さえて士郎は俯いてしまう。
「おい、大丈夫なのか?」
 思ったよりも深刻そうなため、その顔を覗き込む。顔色はそれほど悪くは見えない。どちらかと言えば、記憶を消す前の方が青ざめていた。
「ああ、うん。もう少しだし、歩ける」
 そう言って顔を上げた士郎は再び歩き出したので、手を離した。
 もしや、ずっと我慢していたのだろうか?
 ただの寝不足と侮るのは、間違いだったかもしれない。寝不足とて毎日続けば、やはり身体に支障を来すものだ。
「凛が帰ってきたら診てもらえ。それまでは、無理をするな」
「うん。わかった」
 素直に頷く士郎を傍目に反省する。
 寝不足、か……。
 迂闊だった。士郎は夜ごとうなされている。あれではまともな睡眠を取っているとは言い難いはずだ。その支障が身体に影響を及ぼしはじめているのだろう。だが、解決策がないのも事実。今すぐには、どうすることもできない。
 うなされる原因はいまだにわからず、それに、赤い痕も謎のままだ。
 一度、凛が一晩付き添って、その現象を確認したが、結局、原因究明には至っていない。赤い痕は士郎がうなされているときに現れるため、関連を疑ってはいるのだが、そもそも、うなされる原因が不明であり、何も解決できない。
 夢見が悪いのだろう、という憶測はある。だが、士郎に訊いても、夢を見た覚えはないと言う。ならば、無意識のうちに守護者であった記憶に苛まれていると考えるのが妥当だとは思うが……。
 殺し、殺されたことを、夢に見ているのだろうか?
 だが、目覚めた士郎は嫌な夢を見たというようなことを言ってはいないし、守護者であるときの記憶を夢に見ているのならば、あれはなんだ、と誰かしらに疑問をぶつけるだろう。
 それに、夢であれば、私になんらかの情報が流れてきそうなものだ。マスターがサーヴァントの記憶を夢に見ることがあるのだから、逆も然り、だと思う。
 しかし、今のところそれはない。したがって、はっきりしたことがわからない、というのが結論だ。
 わからないことだらけで悪いわね、と凛は謝っていたが、そもそも士郎が何もかもを話さなかったことが原因だろうと私は思っている。そういうわけで、凛を責めるなど思いもよらないし、お門違いなのだ。
「悪いな、アーチャー」
 不意に謝られて、並んで歩く士郎に目を向けた。
「……べつに、謝ることなど、」
「歩調、合わせてくれてるだろ?」
「…………」
 確かに、少し足元が覚束ない士郎に合わせて歩いてはいるが、そこまで指摘されるほどスローペースにしてはいない。
「先に帰ってくれて――」
「私は、ただ、のんびりと歩きたい、そう思っただけだ。時間に追われているわけでもないのに、あくせくすることもないだろう」
 私を振り仰ぐ士郎は、ぽかん、としている。
「お前って……、けっこう、おもしろいこと言うんだな」
「おもしろいか?」
「ああ、おもしろい」
 おもしろいと思うのならば、もっとおもしろそうな顔をしろ。笑いもせずにおもしろいとは、いったい、どういう了見だ。
「はあ……。無駄口を叩いていないで、アパートまではしっかり歩け」
「そうだな。でないと、道端に放置されちまう」
「な……」
 さすがに、そんな人でなしのようなことはしない。
「私をなんだと思っているのだ……」
「え? 放置しないか?」
「……しない。…………とも、言い切れない」
「やっぱ、放って行くんじゃないかー」
 本気だか冗談だかわからない文句を言いながら、先ほどよりも確かな足取りで士郎は歩いている。
 少し、調子が良くなったのか?
 まあ、口を動かすと眠気は覚める。私との無駄口で目が覚めたのかもしれない。
 ということは、私を目覚ましにしたのか、こいつは。失礼な奴だな……。
 不満げなことを思いながらも、存外悪い気分ではなかった。