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サヨナラのウラガワ 10

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「そんなのは、いいけど…………。はぁ、仕方がない。あんたとアーチャーが決めたことだもの、言われるとおりにするわ。だけどね、やっぱり、一つ、鍵をつけましょ?」
「鍵?」
「そ。鍵よ。文字通り、キーワードみたいなもの。なんだっていいわ。何かの言葉、何かの行動、その二つを組み合わせてもいい、それで記憶が戻る、っていう」
「そ、そんなの、べつに要らな――」
「要らないと思うのなら、絶対にありえないことを設定すればいいじゃない」
「絶対に、ありえない……こと?」
「あのね、士郎。私も、なんだかんだ言って人の子なのよ。他人の記憶を完全に奪うなんて荷が重いわ。だから、私の気を楽にさせてほしいの」
「遠坂……」
 士郎は失念していた。
 記憶を消そうと言い出したのはアーチャーだが、その施術をするのは凛なのだ。当然、それなりのリスクを背負うのは凛であり、彼女の性格上、良心の呵責も背負うことになる。
「あ……、ご、ごめん! 遠坂! 俺、いや、俺たち、考えなしで、勝手なこと、」
「いいのよ。その条件さえ飲んでくれれば、私は一切気にしない。だって、もし記憶が戻ったとしても、それは士郎の責任でしょ? それに、完全に記憶を消去していないっていう保険があれば、私も気が楽。だから、半分こで責任を持ちましょうよ」
 悪戯っ子のように片目を瞑って見せ、明るく笑う凛に、士郎は申し訳なさでいっぱいになる。
 彼女が士郎にも呵責を与えないように、そういう条件を引き出したということは容易に理解できた。
「うん、そうだな、遠坂……」
 心からではないが、士郎は凛に笑って見せ、凛は困ったような笑みで返す。
「ほんと、遠坂には頭が上がらないよ……」
「そうでしょう? 敬いなさいよー、師匠を!」
 わかった、と何度も頷く士郎に納得したのか、ふ、と凛は聖母のように優しく笑う。
「士郎、一つだけ言っておくわ。アーチャーはね、あんたを喚び戻すために、ほんっとにストイックにその身体を鍛えたのよ」
 ぽん、と肩に軽く置かれたはずの凛の手が、やけに重たく感じられて、思わず士郎は唇を引き結ぶ。
「魔術と肉体。その両方を、あんたがいなくなってからね。アーチャーにはわかっていたのかしら、また士郎と契約を結ぶことになるって……」
「どう、かな……」
「今、アーチャーには十分な魔力を流せているでしょう? 私の予測よりも一年早く魔術回路を仕上げてしまったから、ほんとに驚いたわ。まあ、あの頃は、アーチャーだとは知らなかったから、士郎がものすごく成長の早い子だと思って喜んだんだけどねー」
「早い子、って……」
「それだけ、努力したってことなんじゃない?」
「そうだな……」
 そう答えながら、士郎は全く別の見解を頭の中で繰り広げていた。
 アーチャーがサーヴァントの契約を最優先にしたのは、あの直接供給の儀式をしなくて済むようにと考えていたからだろう。
 英霊の座に還った士郎を召喚することに成功しても、再び魔術回路の不備で魔力を流せないとなると、また供給の儀式をしなければならない。それをなんとしても回避するために、アーチャーは、まず、魔力量と魔術回路の調整からはじめたに過ぎない。
 ――――二度とあんなこと、しなくてすむように……。
 いつの間にか握りしめていた拳を開く。アーチャーに触れたのは、この世界でいう五年前。士郎の中では、もうその感触すら思い出せない遠い過去。
 この手には、肉を切り、骨を断つ、生々しい感触があるだけだ。
 アーチャーの鍛えたこの身体に戻った今は、必要最低限の接触であり、彼の素肌に触れることなどない。
 ――――熱かったんだっけ……?
 思い出そうとしても、上塗りされた感触に阻まれ、吐き気しかもよおさない。
 そして、士郎が触れない分をアーチャーが触れてくるかといえば、そんなこともない。アーチャーも必要以上に接触はしてこないのだ。
 ――――アーチャーに壁を感じる。
 それは、再会してすぐに思ったことだ。何くれと世話を焼いてくれるが、どこか一歩引いてアーチャーは接していると感じていた。
「どう? 決まった?」
「あ、え? えっと……」
 つい、士郎は思考にのめり込んでしまっていた。言い澱みながら、何かないかと、慌てて思案を巡らせる。
「なんでもいいわよー。総理大臣になる、とか、プロ野球選手になる、とか、絶対にありえないでしょ?」
 クスクスと笑う凛に、士郎は曖昧に笑い返す。
「絶対にあり得ないこと……か……」
 ふと、士郎はひらめいた。
 ――――絶対にないけど、もし、あったら……。
 期待はしていない、決して。
 だが、もし、万が一……。
 その可能性はゼロではない。確率は一パーセントにも満たないだろうが、人生最初で最後の賭けをする気持ちで士郎は“鍵”となる事柄を決めた。

「それで、いいの?」
「ああ。絶対にありえないから」
「ふーん……」
 凛は何やら含みのあるような相槌を打っている。
「な、なんだよ? なんか、おかしいか?」
「いいえ。なんでもないわ。その内容で、後悔しないわね?」
「しない」
 もうこの記憶すら消えてしまって、二度と戻りはしないのだから、と士郎は頷く。
「そ。じゃあ、セイバーとアーチャーを呼んでいい?」
「あ、うん、大丈夫だ」
 凛が声をかけると、セイバーは士郎の側に駆け寄り、アーチャーは拘束具を投影しながらゆっくりと歩み寄ってくる。
 セイバーは別れを惜しむように話しかけてくれるが、アーチャーは黙したままベッドに拘束具を取り付ける準備をしていた。
 何も言えない。溢れる想いは、五年前と同じで口にはできない。手首に拘束具を嵌めるときにアーチャーと目が合ったが、言葉は交わさず、痛くないかと訊かれて、それに頷くくらいだった。
 ――――安心していいよ、アーチャー。もう、全部忘れるから……。消えてなくなれば、裏側も表側もないよな。一切合切が失われるんだから。
 ベッドに拘束される間、ずきずき痛む胸をどうすることもできなくて、士郎は少しこわいと思った。
 守護者であるときに経験した“拘束”が脳裏に蘇ってきて、震える歯を食いしばった。
 ――――アーチャー……。
 ずっと言えない想いがこれで失くなるのだと思うと、悲しいけれど少し安心した。
 ――――もう、煩わせることはない。
 アーチャーを、好きになった存在を、悩ませることがないのならさいわいだと、士郎は必死になって思っていた。


サヨナラのウラガワ 10  了(2021/1/5)