20xx
カーン、カーンと羽を打ち返す羽子板の音が響き渡る。今では見ることもなくなった羽子板遊びだが、それを行っているのは子供たちではなく、揃いのジャージを着た大人二人が楽しそうに羽を打ち返しあっている。そして、その二人を囲んで見ている、これも揃いのジャージを着た十数人の目もまた、柔らかく楽しそうであった。
「ああっ!?」
羽子板遊びをしていた二人のうち、若いほうの女性が悔しそうな声を上げた。
「はい、落としたー。住谷クンの負けー。今度は、目の周りをパンダにしまーす」
もう片方の女性が嬉しそうに、墨を含んだ筆で住谷クンと呼ばれた女性の目の周りを塗っていく。もうテレビの中ですら見かけなくなったが、羽を落とした者が墨を塗られるという羽子板遊びの定番の風景だ。
「では、マハ。次は誰にしましょう?」
「よし、それじゃ次の挑戦者は久石クンだ」
「はい」
一段高いところに座っていた「マハ」と呼ばれた男性が告げると、この中では比較的年配の女性が前に進み、今しがた、羽子板遊びに勝利した女性と向かい合った。
「同期とはいえ、手加減はしませんよ桜井クン」
「望むところよ、久石クン」
ここ、田瓶市の山の中に『林檎の会』という「劇団」が拠点を構えている。年に2,3回ほど「行われる公演」や、月に一度の「ワークショップ」が行われるたびに観客動員数が倍々に増えていると「言われている」人気の劇団だ。劇団員の数も100人を超えるといわれており、地方にある劇団としてはとてつもなく大きな劇団であろう。真実ならばだが。
「マハ」と呼ばれた男性は「劇団主宰」の吉富鉄雄であり、今羽子板遊びで対峙しているのは四人の旗揚げメンバーのうちの二人である。
「土山クンはどちらが勝つと思いますか?」
「土山はどっちだっていい。それよりも、研究に戻りたい」
「だめですよ。年始はみんなで羽子板遊びのトーナメントを行うと幹部会で決めたのですから。幹部がいなくてどうします」
「そんなことは分かっている。土山は運動が苦手なんだ。それにしても、なぜ土山の提案した『ドラえもんのドンジャラゲーム』が反対されたのか不可解だ。一度に4人で遊べるのに」
「それは、灯里クンや久住クンに遊び方を教えるときに『燕返し』を実行しようとして失敗するからですよ。イカサマするのが目に見えてるのに賛成できるわけないでしょう」
「あれは確かに失敗だった。ここに来てから遊ぶ暇も無くて腕が鈍っていたのだな」
「あと、『拾って』てもいましたよね」
「!?。そ、そんなことは…」
「僕と小村井クンは気づいていましたよ。だから、僕は羽子板遊びに賛成したんですから」
「くっ…」
そんな幹部たちのやり取りはともかく、目の前では二人の対決が始まっていた。
「そーれ」
カーン。
「はい」
カーン
「んりゃ」
カーン
「おっと」
カーン。
お互いに、相手の手の届かない場所へと羽を返しているつもりだが、なんとか羽を広い上げ、なかなかの接戦を繰り広げている。
「これはお正月らしい、いい画だな」
カメラマンの平田が二人の周りを忙しなく動きながらシャッターを押している。元日の朝日を浴びながら、大人たちが無邪気…かどうかはともかくも羽根突き遊びに興じている姿はとても長閑で微笑ましく感じる風景であった。
「ああっ?!」
先程の対戦よりも長いラリーが続いていたが、連戦した疲れが出たのか、足をもつれさせた桜井が自分の前に来た羽を返しそこねた。
「はい、桜井クンの負け〜「
「あー、昨日の年越しライブがなければなぁ〜」
「言い訳はいいから、はい顔だして。平田クンちゃんと撮ってね」
「ちょ、ちょっと久石クン、多い、多いって。口も塗るって聞いてないよ」
羽子板遊びに勝った久石が、たっぷりの墨を含んだ筆で桜井の眉を繋げたり、口の周りを塗っていく。塗っている久石も塗られている桜井もときに笑顔がこぼれている。いつもは厳しい顔しか見せない久石の笑顔に、やはり元日は特別な日なのだ、と他の会員たちも改めて思っていた。
「マハ、次は誰にしましょう」
「そうだな…」
「鉄男くん、あたしやりたい」
鉄男があたりを見回しながら次の対戦相手を考えていると、彼の隣にいた女性が声をかけてきた
「朱里クン、いいのかい。運動は苦手だって言ってたじゃない」
「うん、苦手だけど、あたしやりたい」
「そうか。じゃあ、次は朱里クンだ」
普段の彼女には見られない積極性に戸惑いながらも、鉄男は久石の対戦相手として女性を指名した。
吉富朱里、マハこと吉冨鉄男の妻である。
「朱里クン、私は誰にも手加減はしませんよ」
不敵な笑みを浮かべながら久石が声をかける。
「あら、お手柔らかにって言う前に言われちゃった」
それに対して、朱里も笑顔で返した。そのことに、若干の違和感を感じたりもしたが、朱里が自分よりも運動が苦手なことを知っている久石は、「マハの手前だし少しラリーを続けてから終わらせればよいか」などと考えながら朱里が準備をするのを待っていた。
「お、朱里クンと久石の対決か。これはなかなか見ものだな」
羽子板を手に対峙する二人を見ながら土山がつぶやく。
「久石『クン』ですよ。それにしても面白いですか? 久石クンの圧勝で終わる気がしますけど」
「上田。お前はなにもわかっていないな」
「上田『クン』ですよ。わかってないとは?
「女の意地ってやつだよ」
「はぁ…。意地ですか?」
「ま、口で説明するよりも見たほうが早い、ほら始まるぞ」
膝の屈伸や、腰を左右に捻ったりいった準備運動を終えた朱里は、久石の方を向いてテニスのレシーブのときのような構えを取った。
カーン。
それを確認した久石は、まずは朱里が返しやすいようにと、あまり動かなくても良い位置を狙って高めに羽を打った。
カーン。
久石の狙い通りに、朱里は1歩右に動くと腰のあたりまで落ちてきた羽を掬い上げるように打ち返す。
カーン。
それを久石が同じように掬い上げる。それを2,3回続けたあと、久石はスマッシュを打つようにオーバーハンドで朱里の足元へ羽を叩きつけた。
「あ!?」
緩いやり取りが続いていたため、久石が打ち下ろしに反応できず、朱里は足元に落ちる羽を見つめるだけになってしまった。
「はい、まずは一点ね。あと、一回落としたら朱里クン負けだからね」
余裕綽々な笑顔で久石が声をかける。負けるはずがないという自信が見え隠れするその目を見て、朱里は悔しさから歯を食いしばった。自分が運動が苦手なことはわかっているし、学生の頃はそれでバカにされた事もあるが、今ほど悔しいと思ったことはなかったなぁ、と思いながら羽を拾い上げ深く息をはいた。、
「次は、私からね」
「いつでもどうぞ」
(私はできる。私はできる)
もう一度深く息をを吐いてから、朱里は羽を打ち出す。
カーン。
久石は笑みを浮かべたままその羽根を朱里の頭上を狙って返す。
カーン。
「ああっ!?」
羽子板遊びをしていた二人のうち、若いほうの女性が悔しそうな声を上げた。
「はい、落としたー。住谷クンの負けー。今度は、目の周りをパンダにしまーす」
もう片方の女性が嬉しそうに、墨を含んだ筆で住谷クンと呼ばれた女性の目の周りを塗っていく。もうテレビの中ですら見かけなくなったが、羽を落とした者が墨を塗られるという羽子板遊びの定番の風景だ。
「では、マハ。次は誰にしましょう?」
「よし、それじゃ次の挑戦者は久石クンだ」
「はい」
一段高いところに座っていた「マハ」と呼ばれた男性が告げると、この中では比較的年配の女性が前に進み、今しがた、羽子板遊びに勝利した女性と向かい合った。
「同期とはいえ、手加減はしませんよ桜井クン」
「望むところよ、久石クン」
ここ、田瓶市の山の中に『林檎の会』という「劇団」が拠点を構えている。年に2,3回ほど「行われる公演」や、月に一度の「ワークショップ」が行われるたびに観客動員数が倍々に増えていると「言われている」人気の劇団だ。劇団員の数も100人を超えるといわれており、地方にある劇団としてはとてつもなく大きな劇団であろう。真実ならばだが。
「マハ」と呼ばれた男性は「劇団主宰」の吉富鉄雄であり、今羽子板遊びで対峙しているのは四人の旗揚げメンバーのうちの二人である。
「土山クンはどちらが勝つと思いますか?」
「土山はどっちだっていい。それよりも、研究に戻りたい」
「だめですよ。年始はみんなで羽子板遊びのトーナメントを行うと幹部会で決めたのですから。幹部がいなくてどうします」
「そんなことは分かっている。土山は運動が苦手なんだ。それにしても、なぜ土山の提案した『ドラえもんのドンジャラゲーム』が反対されたのか不可解だ。一度に4人で遊べるのに」
「それは、灯里クンや久住クンに遊び方を教えるときに『燕返し』を実行しようとして失敗するからですよ。イカサマするのが目に見えてるのに賛成できるわけないでしょう」
「あれは確かに失敗だった。ここに来てから遊ぶ暇も無くて腕が鈍っていたのだな」
「あと、『拾って』てもいましたよね」
「!?。そ、そんなことは…」
「僕と小村井クンは気づいていましたよ。だから、僕は羽子板遊びに賛成したんですから」
「くっ…」
そんな幹部たちのやり取りはともかく、目の前では二人の対決が始まっていた。
「そーれ」
カーン。
「はい」
カーン
「んりゃ」
カーン
「おっと」
カーン。
お互いに、相手の手の届かない場所へと羽を返しているつもりだが、なんとか羽を広い上げ、なかなかの接戦を繰り広げている。
「これはお正月らしい、いい画だな」
カメラマンの平田が二人の周りを忙しなく動きながらシャッターを押している。元日の朝日を浴びながら、大人たちが無邪気…かどうかはともかくも羽根突き遊びに興じている姿はとても長閑で微笑ましく感じる風景であった。
「ああっ?!」
先程の対戦よりも長いラリーが続いていたが、連戦した疲れが出たのか、足をもつれさせた桜井が自分の前に来た羽を返しそこねた。
「はい、桜井クンの負け〜「
「あー、昨日の年越しライブがなければなぁ〜」
「言い訳はいいから、はい顔だして。平田クンちゃんと撮ってね」
「ちょ、ちょっと久石クン、多い、多いって。口も塗るって聞いてないよ」
羽子板遊びに勝った久石が、たっぷりの墨を含んだ筆で桜井の眉を繋げたり、口の周りを塗っていく。塗っている久石も塗られている桜井もときに笑顔がこぼれている。いつもは厳しい顔しか見せない久石の笑顔に、やはり元日は特別な日なのだ、と他の会員たちも改めて思っていた。
「マハ、次は誰にしましょう」
「そうだな…」
「鉄男くん、あたしやりたい」
鉄男があたりを見回しながら次の対戦相手を考えていると、彼の隣にいた女性が声をかけてきた
「朱里クン、いいのかい。運動は苦手だって言ってたじゃない」
「うん、苦手だけど、あたしやりたい」
「そうか。じゃあ、次は朱里クンだ」
普段の彼女には見られない積極性に戸惑いながらも、鉄男は久石の対戦相手として女性を指名した。
吉富朱里、マハこと吉冨鉄男の妻である。
「朱里クン、私は誰にも手加減はしませんよ」
不敵な笑みを浮かべながら久石が声をかける。
「あら、お手柔らかにって言う前に言われちゃった」
それに対して、朱里も笑顔で返した。そのことに、若干の違和感を感じたりもしたが、朱里が自分よりも運動が苦手なことを知っている久石は、「マハの手前だし少しラリーを続けてから終わらせればよいか」などと考えながら朱里が準備をするのを待っていた。
「お、朱里クンと久石の対決か。これはなかなか見ものだな」
羽子板を手に対峙する二人を見ながら土山がつぶやく。
「久石『クン』ですよ。それにしても面白いですか? 久石クンの圧勝で終わる気がしますけど」
「上田。お前はなにもわかっていないな」
「上田『クン』ですよ。わかってないとは?
「女の意地ってやつだよ」
「はぁ…。意地ですか?」
「ま、口で説明するよりも見たほうが早い、ほら始まるぞ」
膝の屈伸や、腰を左右に捻ったりいった準備運動を終えた朱里は、久石の方を向いてテニスのレシーブのときのような構えを取った。
カーン。
それを確認した久石は、まずは朱里が返しやすいようにと、あまり動かなくても良い位置を狙って高めに羽を打った。
カーン。
久石の狙い通りに、朱里は1歩右に動くと腰のあたりまで落ちてきた羽を掬い上げるように打ち返す。
カーン。
それを久石が同じように掬い上げる。それを2,3回続けたあと、久石はスマッシュを打つようにオーバーハンドで朱里の足元へ羽を叩きつけた。
「あ!?」
緩いやり取りが続いていたため、久石が打ち下ろしに反応できず、朱里は足元に落ちる羽を見つめるだけになってしまった。
「はい、まずは一点ね。あと、一回落としたら朱里クン負けだからね」
余裕綽々な笑顔で久石が声をかける。負けるはずがないという自信が見え隠れするその目を見て、朱里は悔しさから歯を食いしばった。自分が運動が苦手なことはわかっているし、学生の頃はそれでバカにされた事もあるが、今ほど悔しいと思ったことはなかったなぁ、と思いながら羽を拾い上げ深く息をはいた。、
「次は、私からね」
「いつでもどうぞ」
(私はできる。私はできる)
もう一度深く息をを吐いてから、朱里は羽を打ち出す。
カーン。
久石は笑みを浮かべたままその羽根を朱里の頭上を狙って返す。
カーン。