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恐る恐る朱里たちの方を覗いてみると、逃げ込んだときよりも近いところに朱里たちが立っていた。
「ち、近づいてきている」
上田が壁に逃げ込んだあと、なかなか出てこないを見た土山は、トスを上げる時に少しづつ前へ前へとあげ、徐々に壁に近づいていたのだった。
「上田クン、もう逃げ道はないぞ。おとなしく出てきて、朱里クンの餌食になり給え」
「そうだぞ上田ー。往生際が悪いぞー」
「ば、馬鹿なこと言わないでください。そもそも僕が何をしたっていうんです」
「どうやってかはあえて聞かないが、小村井クンのジャケットを取っただろう」
「あれは、お気に入りなんで返してほしいんだけどねぇ」
「あと『個人レッスン』を執拗に勧めていただろう。土山には一度も声がかからなかったけど」
「あれは、マハが望んだ…」
「あああああああああっ!!」
その途端、羽根の飛んでくる間隔が短くなり、壁を突き抜けてくるものが少しづつ増えてきた。
ガンガンガン、ベリ。
ガン、ベリ。
ガン、ベリ。
ついに、朱里が打つ羽根はベニヤ板を突き抜け、あちこちに小さな穴が開き始めた。その穴の側に羽根が当たり最初に開けた穴を広げていく。そうして、少しづつベニヤ板を削り始めていた。
(拙い、このままではベニヤ板が…。いや、待てよ。さっきは小村井クンが羽根を回収していたが、今は無理なはず。だったら、このまま羽根がなくなるまで粘れるのでは…)
「土山クン、君の研究室においてあった羽根、持ってきたよ。ダンボール四箱で全部だったかな」
「それで、全部だよ。小村井クン、ありがとう」
そんな上田の望みを打ち砕くかのようにな会話が聞こえてきた時、上田の心は折れた。
「もう、僕の負けです!!」
ヤケになって壁から飛び出した上田の眉間を朱里の羽根が打ち抜き、上田は倒れた。それを見た土山は朱里の右手を掴み、そのまま頭上に持ってくると叫んだ。
「チャンピオーン!!」
「…部ー。…ねー」
山の方からかすかに聞こえてくる声に車輪堂の店主は首を捻った。
「今年は、いつもと違う音が聞こえてきますね」
「あ、『おはようございます』」
後ろから声をかけられた店主が振り向くと、そこには大量のチラシをかばんに入れた少し太めの男が額に汗を滲ませて立っていた。
「ああ、八村さん『おはようございます』。今日も営業ですか」
「ええ、そうです」
「元日から大変ですね」
「これも、会のためですから。それに、今年こそは試演会で役がもらえる気がするんですよね」
「それはそれは」
「実を言えば、元日は開いているところが少なくて、いつもより回るところが少ないのでそんなに大変じゃないんですよね」
「ああ、なるほど。道理でいつもよりも早いなと思いました」
「あ、そうそう。今年は新しい試みとして『懇親会』が行われるんですよ」
「ほう、『懇親会』ですか」
「ええ。会員みんなでレクリエーションをしたりするそうなんです。来月の会報には『懇親会』の模様が載ると思うので楽しみにしていてください」
「そうですか。それは楽しみですな」
「それでは『明日も頑張りましょう』」
「『明日も頑張りましょう』」
……しかし、翌月の会報には「懇親会」の模様どころか、開催されたことも触れられておらず、いつもと同じように試演会の状況のみが報告されているだけであった。