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「ともかく、その『震脚』によって普段出せない力、いやそれ以上だな、その力を羽子板に乗せていたため、あのような威力のある羽根を返していたというわけだな」
「恐るべし『震脚』。しかし、朱里クンはどこで『震脚』を?」
「ああ、それは土山が教えた」
「土山くんが?!あなたさっき良く分からないようなこと言ってたじゃないですか」
「土山はよくわからないが、本を貸してあげたのだ」
「本?どんな本ですか」
「『拳児』だ」
「『拳児』…とは」
「一言でいうと『マンガ』だな」
「ま、マンガって。土山クン、巫山戯ないでください。マンガだけであんなの覚えられるわけないでしょう」
「それよりも上田。そこ、危ないぞ」
「危ないって、なにぐべええ」
朱里の変わり様について、何かを知っているようだった土山に詰め寄ろうとしていた上田の側頭部に何かがものすごい勢いで当たってきた。その痛さに一瞬意識が飛びかけたが、なんとか堪えて更に土山に詰問しようとしたときにはすでに土山の姿は消えていた。
「土山クン、どこに…。な、なんだ?」
土山の姿を探そうとした時、上田の耳には歓声や嬌声のようなものが聞こえてきた。それは、ギャラリーたち、特に婦人部に所属している女性たちが発する悲鳴であった。
「婦人部ー、死ねー」
ドン、ガン。
ドン、ガン。
久石と対峙していたときの雰囲気のまま、朱里はギャラリーたちに向かって次々と羽根を打ち込んでいた。その羽根の多くは婦人部の「印」をつけた女性たちに向かって飛んでいっているが、それでも時々は他の場所にいる会員に当たり、一人また一人と倒していた。
「それよりも、なぜ続けざまに羽根が」
「ほい、ほい」
「くたばれ婦人部ー!」
間断なく飛んでくる羽根を不思議に思い、朱里の方を見てみれば、あふれるほどの羽根を入れたバケツのような物のそばに土山がしゃがみ、バケツから羽根を掴むと灯里に向けて次々とトスをあげている姿が見えた。
「何をしてるんだ、土山ー!」
「ほら、朱里クン、あいつだ。あいつが『個人レッスン』を勧めているのだ。あいつを倒すのだ」
「お前がー。お前も死ねー」
側頭部を抑えながらも立っている上田の姿を認めた土山が指を指しながら朱里に指示をだし、絶妙な位置にトスを出す。朱里はその羽根に向かって、今までよりも強い踏み込みをしながらフルスイングをした。
「ぶべらぁ」
その羽根もまた、今まで一番のスピードで飛んでいくと上田の鳩尾にめり込むように当たった。側頭部に当たったときとは比べ物にならない痛みと、こみ上げてくる嘔吐感を我慢しながら上田はマハの元へと駆け出した。いくら我を忘れている朱里でも、流石にマハには羽根を打ち込んでこないだろうと思っての行動だった。
思ったとおり、マハの周りには羽根が一つも落ちていない。それを確認した上田は、まだ遠くを見ているマハに向かって声をかけた。
「マハ、朱里クンを止めてください」
「……」
「マハ!」
しかし、マハは上田の声が聞こえていないのか、なにかから逃避するかのように空を見上げ続けている。
「マハ!!」
「ああなったら、朱里ちゃんを止めるのは僕にも無理だ。気の済むまでやらせてあげよう」
「マハ!」
空を見上げるのをやめ、上田の方を向いた鉄男は股間を押さえながら何かを諦めた感じで、自然と収まるのを待つことを上田に告げた。
「台風のようなものだと思って」
「マハ! ヒッ」
だめだ、これはすでに「洗礼」を受けて心が折れている人間だ。それを理解して途方にくれた上田の目の前を羽根が通り過ぎていった。
「ばっ、ここにはマハがいるんだぞ。当たったらどうする気だ」
マハのいる場所に羽根が飛んできたことに動揺しながらも、朱里たちがいる方に向かって上田は叫んだ。
「心配ない。土山たちは上田だけを狙ってるからな」
それに対して平然と返す土山は、トスを上げる手を止めず、朱里も強い踏み込みで羽根を打つ。それは、寸分違わず上田の方へと向かっており、マハに当たることはないだろう。
「くっ」
先程よりは朱里と距離が開いたおかげか、その羽根を避けることができた上田は、鉄男の側を離れると、素早く当たりを見回して遮蔽物になりそうなものを探した。
「アレだ」
探している間にも、羽根が飛んでくるが、朱里たちから距離を取りながら逃げながら、それらを避け、なぜかしら羽つき会場の側に立てられていた、ベニヤ板のようなもので作られた壁の後ろへと飛び込んだ。
「ん?」
そこにはすでに、一組の男女が先客としていたが、同じように逃げ込んできたのだと思いあまり気にも止めずに、この状況をどうやって打開するかを考えはじめた。が、その思考を邪魔するような会話が聞こえてきた。
「どうしよう、このままじゃ私、朱里クンに羽根を当てられて死んじゃうかもしれない」
「大丈夫、そのときは僕が体を張って、君を守るよ」
「信じていいの」
「今度は、信じて」
「ユウイチ…」
「アイ…」
「……」
「……」
「令和の時代に『キックオフ』ごっこしてんじゃねー!」
上田は思わず叫んで、二人を壁の外へ放り出した。途端に「ぐべぇ」という悲鳴(?)とともに、小鳥遊愛が、続いて鈴海友一が朱里が打ち込んできた羽根に撃たれて倒れた。
「ああ、そういえば小鳥遊クンも婦人部だったな。だったら、鈴海クンは放り出さなくても良かったかな。いや、それよりもこの状況をどうするかだ…。まてよ、たしかに羽根はバケツいっぱいにあったが、そろそろそれも尽きる頃じゃないか。もしくは、尽きるまで撃たせてから、朱里クンを正気に戻せないか?」
そう思い、今の状況を確認しようと壁から顔をのぞかせてみると、
「拾い集めておいたよ、土山クン」
「小村井クン、ありがとう。さあ、朱里クン。羽根はまだまだあるぞ、あの悪の権化を打ち倒すまで頑張ろう」
「うおー」
小村井が会場いっぱいに散らばっていた羽根を拾い集めて土山に渡している姿が目に入ってきた。
「二人して何をしてるんですか!」
「朱里クン、今だ!」
顔を覗かせていることに気づいた土山がトスをあげ、朱里が羽根を撃ち抜くのを認めると上田は素早く顔を引っ込めた。間一髪のところで羽根は向こう側へと飛んでいった。
「仕方ない、こうなったら持久戦だ。いくら朱里クンがキレているからといって、体力的な問題が解決しているわけでもない。このまま朱里クンが疲れるか、日が沈むのを待って…」
もはや、逃げるのは無理と悟った上田は、このまま朱里の体力切れを待とうと壁を背にして座り込んだ。
ガン!
「ひっ」
座り込んでいたところの後ろの壁がものすごい音を立てた。その音に驚いて振り向いて見ると、羽根の頭になっている「ムクロジ」が少し見えていた。それを見て呆気にとられていると、ガンガンと二つ三つとムクロジ壁を超えてくる。ガンガンと四つ五つとぶつかってくるが、あとにぶつかって来たものほど、壁を突き抜けてきていた。
「な、なぜ…」