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サヨナラのウラガワ 11

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サヨナラのウラガワ 11


 ――――抱きしめて、士郎と呼ぶ――――


◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇

「ど……して……」
 急速に蘇ってくる記憶。
 アーチャーの腕の中で、俺は、消してもらったはずの記憶を取り戻している。
「士郎……」
 どうしてだ、アーチャー……。
 絶対にありえないことのはずだ。
 俺を抱きしめて名前を呼ぶなんて、そんなこと、アーチャーは絶対にしないのに……。
 脚に力が入らない。アーチャーが抱きしめているから倒れることはないけれど。
 へたり込みそうな俺に気づいたのか、ゆっくりと膝を折って座らせてくれるアーチャーは、驚くほど優しい仕草で接してくれる。
 なぜ、こうなったのか、原因を突き止めなければいけないと思う。だけど、混乱していて、まともに考えることができない。
「と……さか、に……」
 そうだ、遠坂に連絡をしないと!
 アーチャーの胸を押して、その腕から逃れる。
「士――」
 力が入らなくなった脚なのに、逃げるときには役立っていた。脱兎の如く廊下へ飛び出て、電話をかけに走る。
 アーチャーが呼ぶ声が聞こえた。だけど、振り返る勇気なんか出ない。
「と、とと、遠坂っ! で、出てくれ!」
 祈りながら遠坂のアパートの電話番号を押す。海外への通話料とかロンドンとの時差とか考えていられない。
 どうすればいいか、何をすればいいか、とにかく、遠坂に訊かなければ――――、
「士郎」
「ひっ」
 振り返ることができない。
 電話台の側でうずくまったまま、呼び出し音しか聞こえない受話器を握りしめた。
「……士郎、驚かせてすまない、少し、話せるか?」
 ぶんぶん首を振って、無理だと示した。
 話なんかできない。何も話すことなんてない。
 消さなければならないのに、こんな記憶!
 プツ、と呼び出し音が途切れて、ツー、ツー、ツー、と通話が終了した音が聞こえる。
 恐る恐る顔を上げれば、アーチャーの指がフックから離れていくところだった。
「なん、で……」
 思わず見上げたアーチャーの顔が薄暗い廊下では見えない。握りしめた受話器を取り上げられて身を縮めたら、ふわりと身体が浮いた。抱き上げられたとわかって、遅ればせながら焦る。
「お、下ろ、……せ、」
 震える声だったから聞こえなかったのか、それとも無視なのか、アーチャーは無反応だ。
 言ってダメなら自分で下りるしかない!
 そんな結論に至って、思いっきり暴れることにした。
「お、おい! 暴れるな!」
 そんなわけにはいかない。どうにかしてアーチャーから逃れなければダメだ。それで、どうにかして遠坂に連絡を取って、
「え? わ、うわ!」
 ぐらり、と身体が傾いた。
 しまった、暴れすぎた。いまだに慣れていない自分の身長と手脚の長さが、ここにきて邪魔をしてくれる。
「士郎!」
 ガン、だか、ゴン、だか、音と一緒にくらった衝撃に星が散る。鴨居でしこたま後頭部を打ちつけたんだと気づいて、痛みとぶつかった反動で前に倒れれば、今度は敷居を目掛けて真っ逆さまだ。
 まずい、と思って痛みに備えたけど、がくん、と落下が止まった。何がどうなったのかと考えることもなく理解した。
 アーチャーに捕まえられて助かっているんだ、俺……。
 ほっとしたところで、体勢を戻されるだけじゃなく、そのままの勢いで畳の上に落とされた。
「ってぇ……」
 尻餅をついて、その痛みを噛みしめている間に後頭部の痛みも思い出す。その上、暴れたことと身体が思いもよらない回転をしたことで、ちょっと眩暈がする。
「うぅ……」
「暴れるなと言っただろう……」
 呆れた口調に、思わず、むかっ腹が立つ。
「アンタが、下ろさないからっ……、だ……ろ……」
 声がしぼむ。
 なんだよ……これ……。
 どういう状況なんだ、これは。
 居間に入ったところで尻餅をついたままの俺の目の前にアーチャーがいる。
「なん、」
 さらに俺の肩を掴んだアーチャーは、そのまま押してくる。
「へ? わ!」
 仰向けに寝転ぶ俺を、押し倒したような格好でアーチャーが跨ってきた。
「士郎……」
 一気に熱が上がる。顔が熱い。
 一方の手で頬を撫でられて、空いた手では指を絡めて手を握られて、アーチャーが俺を見下ろしていて……。
 ひくり、と喉が引き攣った。
 何度も繰り返した直接供給。そのときと同じ光景が目の前にある。
 あんなことをしたら、俺、忘れられなくなる。
 また忘れなきゃいけないのに、流されてはダメなのに……。
「アーチャー……」
 なんで俺、こんな甘えたような声でアーチャーを呼んでいるんだ……。



Back Side 29

「アーチャー……」
 ドクドクと血が巡る。
 仮初の身体に熱が灯る。
 アーチャーは、ぎゅ、と士郎の手を握りしめた。
 か細い呼吸を繰り返す士郎は、上気した頬を隠すことなく、己の眼下に晒している。
「……士郎」
 緊張からか声が掠れ、カラカラに喉が渇く。
「私は、」
「そこまでですっ!」
 ざくり、とアーチャーの喉元をかすめた刃が斜めに畳に突き刺さった。
「ひいっ!」
 悲鳴を上げたのは、薄らと首から血を滲ませたアーチャーではなく士郎だ。
 瞠目していたアーチャーは、す、と身体を引き、側に立つ者を見上げた。
「……セイバー。ずいぶんなご挨拶だな」
 基本的に女性には寛容なアーチャーだが、珍しくそのこめかみに青筋を立てている。
「無礼を承知で勝手をしました。緊急事態でしたので」
 睨み上げるアーチャーもだが、見下ろしてくる碧い瞳も、物騒なほどに鋭利なものだ。
「あらあら、どういう状況なのかしら、これ?」
 戸口に立つ新たな声に、アーチャーは、ふう、と一つ息を吐いた。指を絡めて握っていた士郎の手を離し、諸手を上げたアーチャーは無抵抗の意思表示をしてその場に胡座をかく。
「いらっしゃい、と言えばいいか、凛」
 不機嫌さを隠しもせず、アーチャーは低く訊いた。それには肩を竦めただけで、凛は特に何も言わない。が、しゃがみ込んでアーチャーの首を確認し、セイバーに目を向けた。
「あーあ、切れちゃってるじゃない。セイバー、ちょっとやりすぎよ?」
「すみません、アーチャー。少々力んでしまったようです」
「ハッ! よく言う。完全に座に還すつもりだっただろう」
「ええ。あわよくば、でした。まあ、貴方に避けられないはずはないでしょうが」
 セイバーは悪びれもせずに答える。アーチャーもだが、セイバーも腹に据えかねている、といった空気を隠そうともしない。
「とりあえず、治しておくわ。悪かったわね」
 そう言って、凛はアーチャーの首に唇を寄せる。
「お、おい、凛?」
「じっとして」
 咎めるアーチャーに、凛は有無を言わさず、ちゅ、とリップ音をたてて吸いつく。
「と、遠坂っ?」
 泡を食ったのは士郎だ。何をしているのかと、士郎が勢い込みかけたところで、凛はアーチャーから離れた。
「痛くない?」
「ああ、まあ」
「そ。じゃあ、状況説明からお願いしたいんだけど……、えっと、どうしたの? 衛宮くん」
 ぱくぱく、と陸に上がった魚のように声も出ない士郎に気づき、凛は首を傾げる。
「な、何して――」