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長き戦いの果てに…(改訂版)【2】

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5.ハンス



ようやく意識が戻って周囲を喜ばせたのも束の間、2週間が過ぎてもルートヴィッヒは大半の時間を眠ったままで過ごしていた。
 時々意識を取り戻すものの、目を覚ましているのはごく短時間で、ほんの二言三言言葉を交わすだけで、すぐにまた眠りについてしまうのだ。
「あれだけの重傷を負って生きているのが不思議な位だ。普通の人間ならとてもじゃないが……」
 軍医は考え込むように言葉を切った。
「しばらくはまだあの状態が続くだろう。だが経過はおおむね順調だ、恐らくもう命の危険はないと思って差し支えあるまい……ただ、いくら国家様とは言えあの傷では回復にはまだ時間が必要だろう」
 それを聞いて周囲の者はひとまず胸をなでおろしたものの、これで全ての不安が解消された訳ではなかった。
 眠っている時間が長いと言っても、回復には向かっているのだし、通常ならばそこまで心配することはない。だがその眠りはおよそ安らかとは言い難かった。
 ルートヴィッヒはしばしばひどくうなされていた。高熱を出してしばらく意識が戻らなくなり周囲をはらはらさせることも少なくなかった。それが回復を遅らせるのではないかと軍医も気にかけていたが、こればかりは医者がいても薬があっても何ともしようがなかった。
 ヨハンは相変わらず、わずかでも時間があればルートヴィッヒの病室を訪れた。自由になる時間には片時もそばを離れなかった。担当の看護士がいたが、自分にできることなら何でも申し出てやらせてもらった。隊長に付き添うのは自分の義務だとでも言うように。
「目を覚ました時は不安を和らげるために話し掛けてもいいが、興奮させると傷に障るので、当たり障りのない話以外はしないように」
ヨハンは軍医からきつく注意を受けていた。すでに騒ぎを起こしているので周囲の取り成しがなければ付き添うどころか病室に入ることさえ許されなかったかもしれない。軍医の言い付けを守らなければ今度こそ完全に締め出されてしまうだろう。
 ヨハンも今は落ち着きを取り戻し、自分勝手なふるまいは慎むと誓っていた。だから気になることはたくさんあったが何も聞くことができず、様子を見守るしかなかった。
「隊長、早く元気になってください、お願いです。俺は……たくさん話したい事があるんだ……」
 やつれて蒼白い顔で眠っている隊長の顔を見ながら、ヨハンは小声でそっと話し掛けた。だがそんな切なる願いも虚しく、眠り続けるルートヴィッヒに再び魔の時が訪れようとしていた。
「……ああっ!…だめ、だ……待て……っ!……ハン…ス──やめろ……っ」
 突然息使いが荒くなったかと思うと見る間にルートヴィッヒの表情が変わった。
「隊長、どうしたんですか?しっかりして下さい、目を覚まして!俺がついてます、ここにいますよ、お願いだから目を覚まして──!」
 ヨハンは慌てて軍医を呼んだ。病室がにわかに慌ただしい空気に包まれる。
 さっきまで穏やかな寝息を立てていたのに、今は蒼白な顔に脂汗を浮かべ、苦しげな息の下で必死に何かを叫んでいる。かすかに聞き取れたのはハンスの名だった。 部下を失い重傷を負ったあの日の夢を見ているのだろう。
大恩ある隊長が目の前でこんなに苦しんでいるのに何もできない。それがヨハンには何より辛かった。自分に出来ることはせいぜい手を握って励ましたり、汗を拭いたりしながら見守る事くらいしかない。
 隊長のせいじゃない、あの時は仕方がなかったのだと一言伝えることができれば、わずかでもこの苦しみを和らげることができるのではないかと思っていたが、どうすることもできないのがもどかしかった。
あなたと共に戦った者は皆あなたを信じ慕っています。隊長だけはどんな時でも部下を消耗品扱いすることはなかった。称えられこそすれ、非難される事など何もないのに。どうか一人で苦しまないで欲しい。何とかそれを伝えることができたら、ヨハンはそればかりを考えていた。


 ……おや?
 たしか先ほどまでヨハンと話していたはずなのに、どこへ行った?
 気が付くとあたりは薄暗くひっそりとして、人っ子一人見当たらない。
何の物音もしない暗く寂しい世界に突然ひとりで放り出されて、ルートヴィッヒはひどく心細くなった。
「……ヨハン?」
 恐る恐る、そう呼んでみる。
いないと分かっているが、一人ぼっちで心細くて、いたたまれなくて、呼んでみずにはいられなかった。
 病室の堅いベッドに寝ていたはずなのに、いつの間にか部屋もベッドも消え失せ、あたりには静まり返った暗く空虚な空間が広がるばかりだ。
「誰かいないのか!」
 我慢できずに大声で呼ばわってみたが返事はない。
 ここはどこだ?……俺はいつの間にこんなところに……?
 誰もいない、何もない、物音ひとつしない。
 見渡す限り暗く虚ろな空間が、威圧するように広がっている。
──俺は……死んだのか──?
 不安がピークに達すると、それは不条理な怒りに変わった。
背筋をじわじわと這い上っていた冷たい恐怖は、全身を痺れさせる熱い痛みに変わった。
 ルートヴィッヒは暗闇に向かって闇雲に叫んだ。
「嫌だっ、やめろ!そんな馬鹿な事があるか!なぜ俺が死ななければならないんだ?お前は誰だ?何の権利があって俺をこんな目に遭わせる?俺にはまだやり残したことがあるんだ!部下たちはどうした?やつらを国に連れて帰らなくてはならないんだ!フェリシアーノ、フェリシアーノはどうした?!俺がいなくては、あいつらは──!……あ…ぁあ、あ……アアアアアーーーッ!」
 迸ったのは言葉にもならない獣のような咆哮。
 しかし虚無の闇はこだますら返さず、渾身の叫びは広がる薄闇に吸い込まれてひっそりと消えた。
「──誰かっ!誰かいないのかっ?!」
 一時の興奮が去ると今度は心臓が氷の手で鷲掴みにされた。再び背筋に沿って痺れるような恐怖が冷気になって這い上がる。
「……だれか……俺は、イヤだ……死にたく……な…っ」
 初めて感じた魂が凍りつくような死の恐怖。
 抗うすべもなく闇に呑まれていく。
 どうする事もできないと分かると、怯えて力を失い、立っていることもできなくなった。真っ暗闇の中に倒れ、体を丸めてうずくまり、震えて涙を流した。
「……なぜだ、なぜ俺がこんな──俺が、何をした……?」
 幼い子供になったように無力感にさいなまれ、啜り上げる。
「……せめて、ローデリヒに……もう一度…逢いたかった……」
「ルート」
 耳元で懐かしい声がした。
「……ローデリヒ、お前なのか?なぜ……ここに?」
 目の前に現われたのは誰よりも会いたいと願ったローデリヒだった。絶望の淵に差した一筋の光明と思われたが、縋り付こうとした手はにべもなく払い退けられた。
「汚らわしい!触らないでください」
 ローデリヒは汚物でも見るような目つきでこちらを見ると、そう吐き捨てた。驚いて目を見張ると、更に追い討ちを掛けるように暴言が浴びせられる。
「あなたはもう死んだんです、この汚らしい負け犬!もう姿を現わさないでください。死に際まで見苦しい事この上もありませんよ、そんな顔など二度と見たくありません」
 そう言い放つと忽然と姿を消した。