二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

長き戦いの果てに…(改訂版)【2】

INDEX|3ページ/7ページ|

次のページ前のページ
 

 それを聞いた瞬間ヨハンの目の色が変わった。自分のことなら何を言われても聞き流すヨハンが、こと隊長に関わる事となると話は変わった。
「ふざけるなハンス!言っていいことと悪いことがある!」
「……ふん、当たりか?隊長のかわいいお嬢ちゃん」
 ハンスは動じる様子もなく、いかにも馬鹿にしたようにニヤニヤ笑って挑発を繰り返す。
「もったいぶらないで俺にも聞かせろよ、おきれいなヨハン様!隊長にどんな風にナニしてもらったのかをよ!」
 怒りに手が震えるのを抑えきれずヨハンは冷静さを失った。ハンスと掴みあいになり、そのはずみでハンスの握っていた銃から弾が発射された。幸い誰にも当たらなかったものの、居合わせた者は事態の重大さに凍りついた。
 弾倉は抜かれていたが一発の弾丸が薬室に送り込まれていたのだ。それ自体はより多く装弾する為に通常行われる方法で特別なことではない。
ハンスが本気で死ぬつもりだったのか、それともただの悪ふざけだったのか誰にも判断がつかなかった。
「そこ、何をやってる!」
 ルートヴィッヒの鋭い声が飛んだ。日頃から鬼と呼ばれている隊長だが、普段の怒りなど何ほどもないと思うほど鬼気迫る姿に全員が顔色を失った。
「馬鹿者っ!」
 怒号と共にハンスの横っ面を張り倒し、起き上がる隙も与えず胸倉を掴んで引きずり起こした。
ハンスはふて腐れたような顔でルートヴィッヒを見ていた。
俺は殴られるのも怒鳴られるのも慣れっこだ。だからどうした、と言わんばかりの目つき。
「訓練は遊びじゃない!誰かに負傷でもさせたらどうするんだ!死んだのはお前だったかもしれないんだぞ?」
「俺が死んだからどうだって言うんです、隊長?かえっていい厄介払いじゃないっすか?」
 ハンスは恐れ気もなく口の端をゆがめ、鼻を鳴らしてそう答えた。周囲の者が息を飲んだ。
「……こォの、大馬鹿野郎が──っ!」
 ルートヴィッヒの目には青白い怒りの炎が燃え上がり、ハンスの頬を再び力一杯張り飛ばした。地面に倒れたハンスはそれでもなお憎々しげな目つきで睨み返した。 ルートヴィッヒは再び胸倉を掴んで地面に激しく叩き付け拳を振り上げた。
冗談でもやってはならないことをした。そのうえ上官に反抗したのだ。鉄拳制裁ぐらいでは済むまい──
全員が固唾を呑んだ。
「俺はな、ハンスよ!お前たちを死なせないためにこんなに苦労してるんだよ、ええ?分かるか?」
 ルートヴィッヒはハンスを殴らなかった。
胸倉を鷲摑みにして覆いかぶさらんばかりに顔を近づけ、反抗的な黒い瞳を覗き込んだ。隊長の表情は逆光線でハンスからはよく見えなかったが、汗とも涙ともつかぬものがハンスの顔に滴り落ちた。胸元を摑む手が激しく震えている。
「な、何を言って……」
 ハンスはなおも言い募ろうとしたが、目の前の燃える青い瞳の中にあるものが、いつも自分を殴りつけてばかりいる父親のそれとは違うことに突然気がついた。
 ハンスの知る人間とは気に食わない相手は力でねじ伏せる者だった。上っ面だけ良い奴ぶって、気に喰わなければ殴り、ごみのように捨てる。目に映るのは憎しみと嫌悪。人間なんてしょせんその程度。自分の父親もそのひとりだ。
英雄だか国家様だか知らないが、こいつもどうせそんな人間の一人に過ぎない、そう信じて疑わなかったのに──
ハンスは頭から冷水を浴びせられたような気がした。反抗心から来る興奮も怒りも一気に醒めた。
 ──まさか本気で言ってるのか?俺みたいなクズでも本当に死なせたくないと?
 訓練なんて上官が部下をいたぶって楽しむためにあるものだと思っていた。死にたくなければ真剣にやれ?そんなものは口先だけなのだと。
 ……自分は今まで何をして来た?何の為に反抗してきた?誰の為に?
 ハンスが戸惑いながらようやく口にしたのは、今まで一度も言った事のない殊勝な言葉。
「た、隊長、も…申し訳……ありません……でした」
「分かればよし、以後気をつけろ!」
 胸倉を摑んだ手を離すとルートヴィッヒは何事もなかったかのように立ち上がった。
「──イ、イエッサー…」
 見上げる隊長の顔にかすかに笑みが浮かんだように見えたのは気のせいだったのか。

 この事件以来ハンスの態度は一変し、ルートヴィッヒに対して反抗的な態度を取ることは一切なくなった。問題を起こさなくなったばかりか率先して訓練に励み、積極的に軍務をこなし、ついには兵士たちの規範となるに至った。
 軍の中のはぐれ者たちからさえ相手にされなかった屑野郎は、今や上官の信頼厚く、皆に頼られ、後輩の指導を任されるまでになった。

「俺がここまで来れたのは、すべて隊長のおかげっす!今でも感謝してますよ」
 そういってハンスはまた笑ったが、その笑顔はどこか寂しそうに見えた。
「隊長と出会わなかったら、きっと俺は屑野郎のまま死んじまったでしょう」
──何?今なんと言った?
「ところで隊長、ケガはもういいんすか?」
「……ケガ?ああ、大した事ないさ、あんなものかすり傷だ」
──何を言ってるんだ。現に俺はこうしてピンピンしてるじゃないか。
「隊長、残念ですが……そろそろお別れのようです……」
 ハンスは軽く頭を下げると、握手を求めるように手を伸ばした。
「……隊長には本当に感謝してもしきれません。充分にご恩を返せたかどうか分かりませんが、ありがとうございました。最後にこうして会えて良かったっす」
 握った手を離すとハンスはまた寂しげに笑った。
「お別れ?別れとはどういう意味だ?」
「これで──本当にお別れです、隊長…どうか……どうか、いつまでもお元気で……皆を守ってやって下さい……俺みたいにならないように──」
 ハンスの声が次第に遠くなり姿も薄れていく。
「──ま、待てハンス、待ってくれ!どうしたんだ?どこへ行くんだ!」
「……隊長は…まだ……こちらへ来るのは早すぎます……皆、隊長の帰りを待ってます……」
「何だって?何を言ってるんだ、お前──」
 慌ててハンスの腕を摑もうと伸ばした手は空を切った。
 ハンスの姿は闇に溶けるように薄れ、次第に消えていく。
「本当に残念です。でももう…これで……お別れっすよ、隊長……いつか…縁が……あったら、また……どこかで……」
「ハンス!待ってくれ!」
 だがそれを最後にハンスの声は途切れ、あたりはまた元の暗闇に戻った。