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長き戦いの果てに…(改訂版)【2】

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──ルートが、こんなところに……
暗さに目が慣れてくると、ようやくベッドで身じろぎする人影に気が付いた。片手をほんの少し上げて、自分に挨拶しようとしているのか。まさかあれが……フェリシアーノは胸が痛くなった。
「いいですか、ヴァルガス君。しつこいようだけどさっき言ったこと、くれぐれも忘れないでくださいね……」
ヨハンがまた小声で言い添える。フェリシアーノはもう何も言い返さなかった。黙ってうなずくと彼に習って足音を忍ばせ、そっとベッドに近づく。
「……ああ…ヨハン、それに……フェリシアーノか…よく…来たな」
ベッドに横たわる人影が、掠れた声で囁くように話し掛けてきた──間違いない、ルートヴィッヒだ。
フェリシアーノは最後に彼と会った日の事を思い出した。
「この作戦が終われば帰れる。あと少しの辛抱だからなフェリシアーノ」
ルートヴィッヒはそう言ってみんなを励まそうとした。
「いいか、必ずみんな俺が連れて帰ってやる。だから最後までがんばるんだ!」
長期間に渡る成果の上がらない遠征に全員が疲れ切っていた。
兵士たちの体力も忍耐力も限界に近づいて、どれだけの兵を失えば戦いが終わるのか、この作戦に本当に意味があるのかフェリシアーノにも分からなくなりそうだった。
ルートヴィッヒの存在は、そんな状況の中で全ての兵士の精神的支柱となった。
困難な場面でも弱音を吐かず、常に真っ直ぐに先を見据えて、力強い言葉で皆を励まし、前線で常に先頭に立って戦う神の化身のような勇者。彼がいる戦場なら必ず生きて帰れると皆がそう信じていた。まるで伝説の英雄であるかのように。
そんな彼がまさか戦場に倒れる日が来るなどと一体誰が想像しただろう。
目の前に横たわる無惨な姿にフェリシアーノは一気に現実に引き戻された。皆を励ましてくれたあの時のルートヴィッヒと、薄暗い病室のベッドにひっそりと横たわる衰弱しきった病人が同一人物だとは、にわかには信じられない、いや信じたくなかった。戦神のごときルートヴィッヒも一人の生身の人間だった。
否応なく突き付けられた事実はフェリシアーノにとほど、一人で受け止めるには重すぎた。自分達がどれだけ彼に頼り切っていたのか、彼にどれほど大きな負担を掛けていたのかなど考えてみたこともなかった。
今はもうかなり回復したと聞かされたが、今の彼は見るのも辛い程やつれていた。元々シャープだった頬の線はまるで削ぎ落とされたように凹んで、目は落ち窪んで青黒い隈をこしらえている。顔は灰色でまったく生気が感じられなかった。
フェリシアーノは目の前が真っ暗になったような気がした。涙が溢れて止まらない。
「そ、そんな…ルート……!」
フェリシアーノは声を失い、持っていた花束をまた取り落としてしまった。花がつぶれて花びらが床に散らばるのが見える。
きちんと挨拶するつもりで来たのに。彼を励まそうと思って来たのに喉が詰まったみたいで声が出ない。泣いてちゃだめだ。そんなことでどうする、おまえは何をしにここへ来た?辛いのはお前じゃない、ルートだろう?
心の中で必死に自分を叱咤してみたが、床にもルートヴィッヒのベッドの上にも見る見る内に涙の染みが増えていった。
「泣くな、フェリシアーノ……」
ルートヴィッヒは痛ましくやつれた頬に優しい微笑を浮かべ、掠れた声を絞り出した。フェリシアーノに向けられたその微笑みを見たヨハンの顔がわずかに曇る。
「ヨハン、すまないが、ちょっと……起こしてくれないか」
床に落ちた花を拾い上げていると、ルートヴィッヒから声が掛かった。
「はい、隊長……でも…」
渋るヨハンにルートヴィッヒは苦笑しながら依頼した。。
「大丈夫だ、無理はしない……だからちょっとだけ頼む」
「……分かりました」
明らかに納得がいかないといった顔をしながらも、ヨハンはルートヴィッヒを助けて上半身を起こしてやり、手早く用意した毛布や枕を背中にかって、少しでも楽に座った姿勢を保てるようにした。
「ありがとう。いつも…すまないな、ヨハン……」
「すまないだなんて、そんな」
少し拗ねたような顔をするヨハンに、ルートヴィッヒは優しい笑みを見せた。
先ほどフェリシアーノに見せたのと同じ温かい微笑み。珍しく子供っぽい表情を見せたヨハンが年の離れた弟か、我が子のように愛おしく思えた。普段は苦手な笑顔が、自分でも不思議なほど自然に出てくる。
今度はようやく涙が止まったフェリシアーノが複雑な表情を浮かべているのにルートヴィッヒは気がついた。二人を交互に見やると小さなため息をついて苦笑する。二人共、俺にとってはかわいい弟みたいなものだ。できれば仲良くして欲しいのだが……
「隊長、自分は頂いた花を花瓶に差してきます。外で待機していますから何かあればいつでも呼んでください」
「ああ……ありがとう、ヨハン」
素早く敬礼するとヨハンは花を持って部屋を出て行った。気を遣ったつもりなのだろう。
静かにドアが閉まるのを見送り、ルートヴィッヒは掠れて苦しげな声でフェリシアーノに話し掛けた。
「よく来てくれたなフェリシアーノ……お前が無事で…ほんとに良かった…安心したよ……」
青白い顔に笑みを浮かべるとフェリシアーノを愛おしげに見つめる。
「ル、ルート…お、俺ね……」
いつもなら考えるよりも先に言葉が出てくるのに。話したい事はたくさんあるのに。まるで喉が詰まったみたいに声が出ない。
ルートはこんなに辛そうなのに、自分の事より俺を心配してくれてるのに、元気づけてあげられるような言葉一つ出ないなんて……
そう思うと胸がいっぱいになり、ますます言葉がつかえてしまう。その代わり頬に零れ落ちたのは涙。
「フェリシアーノ……ありがとう……」
ルートヴィッヒは微笑んだ。
「俺を……心配して…くれてるのか……」
どうしても声が出ずしゃくりあげながら、フェリシアーノは何度も必死な顔でうなずいた。
「もっと……こっちへ来て…手を……」
フェリシアーノは慌ててそばに寄るとルートヴィッヒの手を握り締めた。
冷たい──なんて冷たい手をしているんだろう。いつもあんなに暖かかったのに、まるで氷みたいだとまた悲しくなる。
「……ああ、お前の手は…暖かいな……柔らかくて…優しい手だ。お前は本当に…イタリアそのもの……なんだな……」
水色の目が寂しげな陰りを帯びた。
「こんな戦いは、早く終わらせて……国に帰りたいな……」
彼らしくもなくため息を漏らす。フェリシアーノの心臓がどきんと跳ねた。
「お前の家にもまた…遊びに行きたいな……太陽あふれる美しい国だ、イタリアは……」
口数の少ない彼がこんな風に一方的に話し続けるなんて、普段なら考えられない。
「ルート、どうしたの?何があったの?」
フェリシアーノは不安に駆られた。
「大丈夫だよ、きっとすぐに良くなるよ!ルートが元気になったら、こんな戦争なんてすぐに終わらせられるし、帰ったらまたみんなで一緒にピクニックに行こうよ。
お弁当作ってさ、一緒に釣りしたり、ボートに乗ったり──」
また涙が溢れてきた。どうしようもなく嗚咽が漏れて、終わりの方は言葉にならずに消えた。
「ああ、そうだな……」
ルートヴィッヒは小さくため息を漏らし目を閉じた。