長き戦いの果てに…(改訂版)【2】
ヨハンがハッとしてフェリシアーノを見ると、明るい茶色の瞳から涙が一粒零れ落ちた。
「……だめだね、俺って」
そう言ってフェリシアーノは無理に笑おうとしたが、口元が歪んで泣き笑いのような顔になった。
「すぐに涙が出ちゃって……ルートがあんなにがんばってるのに、俺が泣いてる場合じゃないよね」
ヨハンはフェリシアーノの頬に涙が次々と流れ落ちていくのをじっと見ていた。
「ヴァルガス君……君は──」
知らず知らず、フェリシアーノの肩に架けた手に力が入る。
「……すまなかった。何も知らないくせになんて、君にひどいことを言った。どうか、許して欲しい」
「フェリシアーノでいいよ、ヨハン。みんなそう呼んでるし」
涙でくしゃくしゃになった顔でフェリシアーノはやっと少し笑って見せた。
「それにね…ごめん、ほんとは俺もおんなじこと思ってたから、おあいこだよ」
それを聞いてヨハンがまたハッとした表情になった。
二人は目を見合わせ、計ったかのようにルートヴィッヒの方を同時に振り向いた。
「これで大丈夫だ、もう心配はいらないだろう」
軍医がホッとしたように一息ついて、聴診器をポケットにしまった。
まだ酸素吸入は続けられていたものの、ひどく浅くて早かった呼吸は穏やかになり、苦しそうな表情もかなり和らいだように見えた。顔色が良くなったとはお世辞にも言えないが、少なくとも今は落ち着いて眠っている。
「……良かった、ルートはもう大丈夫なんだね、一時はどうなることかと思った」
フェリシアーノは震える両手を握り締めてつぶやいた。
「ヨハンはあの日からずっとこんなルートを側で見てたんだね、辛かっただろうな……俺だったらきっと耐えられなかったかもしれない」
ヨハンは目をつぶって静かに首を横に振った。
「でも俺は最初からずっと隊長の側に居られたから……心配で堪らないのに、会うことも出来ずにただ待ってるしかなかった君の辛さが、今は俺も分かる気がするよ」
今度はフェリシアーノが首を横に振る番だった。
「ううん、もういいんだ、そんなこと。気にしないで」
フェリシアーノはにっこり笑った。
「それより俺、安心したよ。ルートの側にはいつもヨハンがいてくれることが分かったから」
激しく降りしきる風雨もいつしか小降りになり、もうほとんど上がり掛けていた。
分厚い雨雲にもようやく切れ間が見え、夕暮れのオレンジ色の光が雲の隙間から所々射し込み、天使の梯子がそこ、ここに美しく掛かっているのが見える。
そろそろ別れの時が近づいていた。
ヨハンは門のところまでフェリシアーノを見送った。
「じゃあ、俺はもう帰るよ。これからもルートのことよろしくね、ヨハン」
「ああ、まかしとけよフェリシアーノ」
最後に堅い握手を交わして二人は別れを告げた。
「また来るよ、ヨハン」
「フェリシアーノも隊長が早く良くなるよう祈ってくれよ」
「うん、毎晩お祈りするよ。じゃあね、さよならヨハン」
夕闇が迫り来るオレンジの空の下、いつまでも振り返っては手を振りながら去っていくフェリシアーノの姿が遠くに消えるまで、ヨハンはずっと見送っていた。
ルートヴィッヒはかわいいふたりの弟分が親友になった事も知らずに、夕暮れの薄明かりの差し込む病室でひとり静かに眠りについていた。
作品名:長き戦いの果てに…(改訂版)【2】 作家名:maki