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再見 四

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──風が気持ちいい。──

 春に向かう、暖かな陽の光と、万物を祝福するようにに、触れていく穏やかな風と。
 珀斗を駈り、ずっと金陵に向かっていた。

 やっと大渝を追い返し、国境の情勢も落ち着いた。
 もっと早くに金陵に戻れる筈だったが、林殊は、父親の林燮に駐屯の軍営を任されて、年を越し、季節が変わるまで梅嶺に貼り付けられていた。

 単騎、一路金陵へ。


 清々しい春の空気が、体を通り抜けて行くようだ。

──靖王はどうしているか、、、。とうに、東海の軍務は終わり、次の軍務はまだ、与えられていないと聞いている。
 霓凰にも逢いたい。
 南楚とのいざこざは、取り敢えず片が着いたらしい。
 もう金陵に戻っているだろうか。
 年の離れた弟を鍛えているのだろうか。

 逢いたい。
 皆に。
 きっと私を待っている。──



 疾走する珀斗に身を任せ、友と恋人に想いを馳せる。

 この道を曲がれば、東屋が見えてくる。
 この東屋は、見送り、振り返り、別れゆく者達の、心の区切りとなる場所。

 林殊の馬、珀斗とて、赤焔軍屈指の駿馬なのだが、林殊の思うようには進まない。じりじりとする歯痒さを覚えた。
 林殊はとにかく、金梁に帰りたかったのだ。
 思わず鞭を振るいたくなるが、我慢をした。
 珀斗には、滅多に鞭を当てた事が無い。
──珀斗は、私の気持ちを知っていて、精一杯急いでいるのだ。──

 ようやく道を曲がり。視界の遠くに、東屋が写る。

──誰かいる。──

 東屋には人影。
 そして馬。

 林殊にはもう、誰なのかが分かっている。
 珀斗は主の喜びを感じて、更に速度を上げた。


 紅い衣を着た人影は、小高い東屋を出て、馬と共に、道まで降りてくる。


「景ー琰!!。」
 林殊の声に、人影は微笑む。
 その表情が分かるほどに、林殊は近くまで来たのだ。


 道の脇に立ち、靖王は林殊を出迎える。
 息を弾ませ、林殊の顔は満面に綻ぶ。
「景琰、出迎えてくれたのか?。連絡もしていなかったのに、私が来ると分かって?。」
「ああ、分かるとも。小殊の事なら、何だってな。」
「凄いな、景琰。あははは。」
 林殊は馬を降りる。
 靖王の姿を見て、やっと金陵に帰れたと、何故か今回は感無量だった。
 友の無事の帰還に、綻ぶ靖王の顔を見て、林殊は心に、ぐっと込み上げるものがあり、油断していると涙が出そうになる。
 「、、、景琰。」
 林殊は涙を誤魔化すために、靖王と抱擁をした。靖王も力強く腕を回す。
──何故だろう、、、何だか、、、凄く嬉しい、、。
 いつもの帰還なのに、、今回は何だか、、嬉しくて。──
 出来ればずっとこのまま、靖王と抱擁したままでいたい。
 そんな安心と日常に戻る喜びとを、ようやく得たのだ。
──長く、、、長かった、、、。こんな気持ちは物凄く久しぶりだ。
 ほんの数ヶ月ぶりの筈なのに、。──
 靖王の肩から頭を離し、互いが目を合わせれば、優しく靖王は微笑んでいる。
──あぁ、、いつもの景琰の目だ。私はいつも何処にいても、景琰に守られていた。
 言葉なんか無くたって、私は分かっている。
 私達は、互いをどれだけ必要としているのか、、。──
 そう思うと、抑えていた涙が溢れそうになる。
──今日の私は、、、変だ。──
 何だか突然気弱になり、靖王に強く抱きしめられたい、支えられたい、そう思う。だが、そんな気持ちも、悪くは無いと思った。
 靖王の綺麗な指先が、林殊の顔へと伸び、そっと頬をなぞる。
──私は泣いてしまったのか?。──
 いつもならば、何とか誤魔化そうと、無理やり取り繕うのだが、今日は何故かこのまま慰められたいと思った。
「良かった、無傷で。小殊を心配していたのだ。知らせが来るまで、生きた心地がしなかった。」
 そう言うと、靖王はもう一度、林殊を抱きしめる。
 強くぎゅっと、だが、大事に抱(いだ)くのだ。
「、、私の小殊が帰ってきた。こんなに嬉しいことは無い。」
「、、ん、、。」
 耳元で、靖王が囁く。くすぐったいような、だが、これも心地が良い。

 林殊は、悪童だの怪童だのと、周囲に粗雑に扱われ。神経質な者は離れていき、ガサツな連中が残った。
 かえって気を遣わなくて済み、良い一面はあるのだが。
 靖王と霓凰は特別だった。
 二人の心の機微は、触れていて気持ちが良かった。
 普段何と言われようと、林殊を思う心を分かっているからこそ、何を言われても、全て受け止められた。
 林殊自身も二人には、特別に心を砕く。
 一見粗暴に見える怪童も、二人には、見えない気配りをする、繊細さもあるのだ。

 何かが気になる様で、林殊がもぞもぞと動く。
「、、、何か、腹のらへんに硬いものが当たるんだけど、、。」
「ああ!、、、そうだ小殊、忘れていた。」
 靖王は自分の懐から、大きな巾着袋を取り出して、林殊に手渡した。
「何だコレ?。」
 林殊が尋ねても、靖王は笑いを噛み殺したような、複雑な顔をして、答えない。
「、、??、、何だ?、何か変なものか?。」
 触った感じは、丸く固く重さがあり、拳ほどありそうだった。
「玉の球か何かか?。」
 再び靖王に聞くが、返答は無い。
──玉なぞ、さして珍しくもない。
 、、けど、、、、えー、、っと、、これは、嬉しそうに貰わないといけない、、、のかな、、、。
 何なんだ、、、、この景琰の嬉しそうな顔、、。
 、、、、この中の在り来りな玉を見て、私がうんと喜ばないと、景琰はがっかりするのだろうな、、。

 困った。嬉しそうな顔なんか出来ないぞ、私は。──

 困りつつ、靖王の顔をちらちら見つつ、巾着を開く。巾着の中には、更に絹布に包まれた丸い石?。
 林殊は更に絹布を広げていく。
「おぉぉ─────っっ!!!。何コレ!!!。」
 絹布の中から、軟らかに光り輝く、とんでもなく大きな真珠が出てきた。
「嘘だろ!!、こんな真珠、あるのか!!!。
 こんな大きいの初めて見た!!。」
 靖王は驚く林殊を、満足気に嬉しそうに見ていた。
 拳ほどもある、超特大の真珠。
 目を見開いて、今まで見たことも無いような、林殊の驚いた顔。
「あははは、、。良かった。この真珠で、小殊に文句を言われたらと、少し心配だったのだ。思った通りに驚いてくれて嬉しいよ。」
「東海の真珠って、こんなにでかいの??。鶏の卵大なんて楽勝じゃん。
 私は雀の卵大だって、無理だって思ってたのに。こんなでっかい真珠を、、、、凄いよ景琰!!。」
「私が海に潜って取ってきた。一番大きな真珠を持ってきたのだ。」
「景琰が持ってきてくれたのか?!。これを!!。」
 林殊は感動していた。だが、靖王の言葉にふと不思議なものを感じて、靖王に疑問を投げかけてみる。
「え、、景琰?、『一番大きい』の?。他にも沢山あったのか?。」
「ああ、暗い海底の、あちこちに落ちていたぞ。」
「え?、真珠って、そんなに珍しいものじゃ無いのかな。なんで皆、持っていかないんだ?。」
「う〜ん、何故だろうな。」
「、、、、景琰、、、真珠って、どうやって出来るんだ?。」
「さあ?。」
「あははははは、、なんだそれ〜。」

 すると金陵の方から、蹄の音がする。
作品名:再見 四 作家名:古槍ノ標