再見 四
蹄の音は、霓凰の馬で、どんどん靖王と林殊の方に近付いてくる。
「林殊哥哥ー!。」
「霓凰だ。」
林殊は眩しそうに、金陵の城門の方を見ていた。颯爽と駿馬を乗りこなす霓凰は、見ていて清々しい。
──お転婆だけど、霓凰の所作は気品がある。
だから霓凰の姿は、何処に紛れていても、探し出せる。──
「、、ん?、、霓凰、怒ってる?。、、何で?。」
蹄の音が、僅かに何時もとは違い、どこか怒気を含んだように感じた。
林殊は靖王に尋ねてみたのだ。
「、、それはな、、、。」
靖王は何かを知っている。だが少し言い難いのか、他に考えがあるのか、口篭っていた。
靖王が何も言わずに、もたついている間に、霓凰と馬は、どんどん二人の方に駆けてくる。
「、、うわ、霓凰!。」
霓凰と馬は、速度を落とすこと無く駆けてきて、馬上から飛んで、林殊に抱きついた。
林殊は霓凰を受け止めたが、勢いで二人は倒れてしまった。
「あっ、、痛ててて、、、。無茶するな、霓凰!。怪我は無いか?、どこか痛い所は、、?。」
林殊はあちこち体を調べようとするが、霓凰は無言で拒む。
「えっ、、霓凰、、?。」
改めて霓凰の顔を見れば、目に沢山の涙を湛え、口をぎゅっと結んでいた。
霓凰は、じっと見つめる林殊の視線に耐えられず、ついと、下を向くと、大粒の涙が零れ落ちた。
霓凰は、一言も話す事が出来ず、代わりに靖王が代弁する。
「、、、、霓凰は、ずっと心配をしていたのだ。赤焔軍が全滅し、小殊の消息が、分からなくなったと知らされて、、。それは林主帥の作戦で、その後の金陵に赤焔軍無事の軍報が届いたのだ。、私が軍報を見て、霓凰に知らせるまで、霓凰はほとんど眠れなかったのだろう。可哀想に、、、。」
「あっ、、、。」
林殊もようやく、霓凰の涙の事情を理解した。
「小殊ときたら、直ぐに霓凰に知らせてやれば良いものを、、。どれだけ霓凰が気を揉んでいたか。」
「知らせを送りたかった、、。送りたかったけど、、作戦上、漏れると困るもんだから、、、。何やかや慌ただしくて、、。決して忘れてたわけじゃないんだ。」
「、、例えそうだとしても、、、。待たされる霓凰の気持ちを考えてやれ。」
こういった事には、疎いはずの靖王に言われ、林殊は少しかちんとくる。
「、、、何で私が景琰に、そんな事を言われないといけないんだ。」
喧嘩腰の林殊の言葉に、霓凰は慌てた。
「、、いいの!、違うのよ!!、、私が勝手に心配して、、、。軍務ならば仕方がないわ。雲南府だって武人の一族だもの。私も分かってる。
林殊哥哥が死んだりするもんですか。私は信じてたわ。
、、、、ただちょっと、、心配しただけで、、。
良かった、、本当に、、、無事で、、、、。」
また霓凰が涙ぐむ。
霓凰がどれだけ心を痛めたのか、林殊だとて、分からない訳では無い。
改めて霓凰の顔を見て、霓凰が少し痩せてしまっている事に気が付いた。
きっと今日は、笑顔で林殊を迎えようと思っていたに違いない。そして、連絡も無く、心配をさせられた少しの愚痴を、林殊に言ってやろうと、、。
なのに、林殊の無事な姿を見てしまったら、嬉しさと、連絡も無く放っておかれた悔しさで、心がいっぱいになり、涙が溢れてしまったのだ。
普段は男勝りで、気丈な霓凰の弱い姿に、意地らしさと愛おしさを感じて、泣かせた事を申し訳なく思った。
「小殊、霓凰に何か贈れ。その真珠はどうた?。」
「えぇー、コレ?。」
「何だ?、こんな真珠如き、惜しいのか?。」
「えっ、何これ、、、真珠だったの?。こんな大きい真珠、見た事がないわ。」
「景琰が私に取ってきたんだ。」
「あら。」
「そんな景琰、人に貰った物をそのまま贈るなんて失礼な。私が霓凰に、もっと大きいのを取ってくる。いっぱい取ってくるぞ。炊屋の水瓶に山盛りになる程。簪や首飾りやら、好きなだけ作れるぞ。」
「、、、この大きな真珠で簪?、、。重そうね、、。首が折れるかも。うふふふ、、、。」
霓凰は林殊に気持ちが伝わり、気が晴れたのか、やっと笑顔になった。林殊もほっとする。
「あははは、、首を鍛えなきゃな。」
「小殊、いっぱい取ってくるのは良いが、何処にあるのか場所は分かるのか?。」
さも、何処にあるのか分かるような林殊の口ぶりに、靖王が真顔で聞いてきた。
「当然!、案内しろ景琰。」
「やっぱりか。人に頼む態度じゃないぞ、小殊。」
「まぁまぁまぁ、、良いだろ?、、、な?、、。
、、、、、まさか、、、駄目、、、なのか?、。」
林殊は少し拗ねた口ぶりになり。
靖王は、こういった林殊の態度には、滅法弱い。
「、、、、、また、、、小殊ときたら、、、。」
「うふふふ、私もどんな所にあるのか、見てみたいわ。三人で行きましょ、、ね。」
「そうだな、もっと暖かくなったら、三人で行こう。
色々疲れた、私も梅嶺戦ではかなり貢献したから、休みを貰ってもバチは当たらない。ひと月位休ませて貰う。父上だって許してくれるだろ。父上が許さなかったら、陛下か曾祖母様(太皇太后)に頼むさ。絶対に毟り取ってやる。」
「そうか、私も東海の軍務から帰ってから、ずっと休んでいない。私も父上に願ってみる。」
「うふふ、決まりね。三人で城外に出かけるなんて、子供の頃以来よ。楽しみだわ。」
「ふふ、だな。私達は東海の真珠取りから戻ったら、婚礼だ。」
「、、うん。」
霓凰は嬉しそうに笑う。
眩しい位の、霓凰の笑顔だった。乙女の一番美しい刻なのだ。林殊が美しさに言葉を失う。
さっき一緒に転んだ時に、霓凰の髪に枯れ草が付いたのだ。
林殊は手を差し伸べ、髪に触れ、草を取り除いた。
霓凰は、恥ずかし気に落ち着かない。
艶やかで滑らかな髪は、林殊の掌と馴染み、いつまでも触れていたいと思う。
まるで、素肌に触れられる様な気がして、霓凰の胸が高鳴る。
林殊は、霓凰の髪に触れた事に少し後悔をしていた。
林殊もそれに気が付いて、自分の鼓動が、大きく波打つのを感じた。
「、、、。」
二人とも、目を合わせては言葉を探せず、頬を赤らめていた。
「、、、、おいっ、、、私も居るのだぞ。少しは気を使え。」
靖王がぶっきらぼうに水を注した。
「、、うるさいっ。意中の女子もいないくせに、やっかむな、景琰。」
「そうよ、そうよ。」
「悔しかったら意中の女子を連れてきてみろ。」
「ふっ、、意中の女子くらいいる。約束だってしているのだ。」
「えぇーっ!。いつの間に!!、誰??!!。」
「誰なの?、どこのご令嬢なの??。」
「いやいやいや霓凰。ご令嬢じゃないかも知れないぞ。景琰の事だ。きっと、ろくでもない女に引っかかったんだ。その女に騙されてんだ。美人計だぞきっと。見る目も経験も無いからなぁ、、景琰は、、。」
「あぁ、、そうよね、、。堅物の殿下に、急に女子が出来るなんておかしいわ。」
二人共、気の毒そうに靖王を見た。
「黙って聞いていれば、、二人とも好き勝手な事を、、。私の女子はな、、、。」
「うんうん。」
「誰?誰?。」
突然、林殊の肩の辺りに激痛が走る。
「痛ぅっ、、、ぐっ、、、、。」