再見 四
ふと、横を見れば、先程と同じ所に、飛流が座っていた。
誰に教えられたのか、気配もなく飛流は居る。
もう飛流は、警戒はしていない様子だ。
林殊は、張りのある艶やかな髪だったが、梅長蘇の髪は細く、女子な様な柔らかさだった。髪質まで変わってしまった。
時折強い風が入り、風に流れる長蘇の長い髪を、飛流は、ほうっと見ていた。
長蘇が飛流を見ると、二人、目が合った。途端に飛流は厳しい顔になる。
「ふふ、、。」
飛流の警戒は、まだまだ解けぬ様だ。
「 飛 流 、
蘇兄 さ んと
風雲 を起こ しに行く か ? 。」
長蘇は辿々(たどたど)しく、ゆっくりと言葉を発した。
飛流に長蘇の言葉の意味が分かったのかは不明だが、飛流の口角か、少しだけ上がった様に見えた。
「 合 意と 見なす 。」
そう言った、自分の口角も上がったのを感じた。
──私はまだ笑えるのだ。
折角手に入れた機会。
例え成したくとも、父も祁王も出来ぬのだ。
私の手で、祖国を正そう。
、、この世に正義は無くては。
希望を抱けない。
希望が無くては生きられぬ。
琅琊閣の仙術で、屍人も蘇り。
父上がそう言っていた。
私は蘇り、無辜の魂の無念を晴らす。
政への疑念も、権力を求める人々の、心の表裏も、この琅琊閣の情報力で、全て理解した。
驚くたるや、琅琊閣の情報量とその組織力。
これらは私の武器になる。
そしてこの容貌が何よりの、、。
これだけの武器を手にして、逃げることなぞ選べようか。──
じっと、長蘇を見つめる、飛流に目をやる。
──純真な飛流は、私の良心だ。
汚い事、大切な人をも危険に晒し、私は正気を保てないかもしれない。
いっそ狂った方が楽だと思う事が、あるかも知れぬ。
その時はきっときっと飛流が、私を現実に呼び戻してくれる。
飛流を守る事が、梅長蘇という人間も、林殊だった記憶も、つなぎ止めて置けるだろう。
一番頼りにしたい景琰や霓凰には、決して正体を明かせぬ。
万が一の場合、二人を、黄泉路まで共に、巻き添えてしまう。
赤焔軍の仲間はいるが、全ての判断と差配は、私が行うのだ。
実行するのは彼らだが、その責任は、私が取る。
正体が明かせぬのだ。策士として動く以上、景琰や霓凰から、在らぬ疑いも向けられ、責められる事もあるだろう。意見が合わず決別する事も、、、。
この先の、私の孤独と焦りは、想像に難しくない。
だが、先の見えぬ漆黒の闇の中、飛流が共をしてくれる。
それだけでも、私の心は癒されよう。──
その時、ぴいぴいと甲高い鳥の声が響いた。
「、、。」
飛流は無言で立ち上がり、外を隔てた木戸を大きく明け、飛び出して行った。
眩しい光が部屋の中に溢れ、眩しさに目を覆う。
長蘇は温かな日差しに包まれた。
「宗主。お目覚めに。」
背後から声を掛けられる。
黎綱が廊下の戸口に控えていた。
嬉しいのか、それとも長蘇の姿を憐れに思ったのか、黎綱は涙ぐんでいた。
少し遅れて甄平が現れ、黎綱の隣に跪いた。
甄平も、目を伏せた。
──皆、待っていたのだ。──
「 待 たせた 。
始め よ う 。」
「はっ!、宗主。」
二人は声を揃えて言った。
──私は踏み出したのだ。
もう、迷う事は無い。
待っていろ、景琰、、。──
───────糸冬───────