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長き戦いの果てに…(改訂版)【3】

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……みんな本当にあなたが好きなんですよ、隊長。だからもっと自分を大切にして欲しい。そりゃあ確かにみんな、あなたが元気になるのを待っている。あなたの素晴らしい能力を尊敬しているし、戦場では頼りにもしている。だがそれだけじゃない。あなたという存在自体がみんなの心の支えになっているんだって、気づいてますか?
たとえ戦神でなくなっても、最悪、前線で戦えない身体になったとしても、あなたには生きていて欲しい。ただそこにいるだけでいい、みんなそれだけを願っている。
アルノーもテオもその為に死んだ。隊長を助けるために……だけど彼らはきっと、あの世でも後悔などしていない。自分だってそうだ。あの時死んだのが自分でも決して後悔などしない。
あの時は、誰が死んでもおかしくない状況だった。自分はたまたま助かり、彼らは死んだ。ただそれだけの事だ。隊長を助けるためなら命など惜しくはない──
だが口に出して言うことはできなかった。そんなことをしても、今は隊長の心には届かないとヨハンには分かっていたから。


「あの戦場でハンスが死んで…俺が使いものにならなくなった後、何が起こったのか……俺がどうやって助けられたのか…知ったのはちょうどその頃だった──」
乾いた目をしてルートヴィッヒは淡々と話し続ける。ローデリヒは黙って話を聞いた。
「目が覚めた時からヨハンはずっと俺の側を離れなかった。同じように目をかけ、かわいがっていた残りの二人が全く姿を見せないということは、ハンスを失ったあの戦場でふたりも戦死したと考えるのが妥当だろう。
証拠と言っては何だが、俺が寝たきりでいた間、ヨハンはあれだけずっと側にいたのに、あの二人のことは一度も話さなかった。生きているなら俺を元気づけようと、必ずあいつらの事を口にしたはずだ。
俺も……真実を知るのが怖かった。分かっていても、死んだとは思いたくなかった。目の前でハンスを失い、そしてあの二人までも俺のせいで失ったのだとは……だから、わざと奴らのことには一度も触れなかった。逃げていたんだ、ずっと……だから…罰が当たったんだろうよ、きっと」
言葉の端々に自嘲を滲ませ、口元を歪め、どこか他人事のように饒舌にしゃべり続けるルートヴィッヒは、遠い目をしていた。
「……ようやく体がまともに動くようになると、もうリハビリだなどと言って病室にこもって、いつまでもこそこそ逃げ隠れしているわけにはいかない。俺は仕方なく上司のところへ出頭した」
恐れていた現実はルートヴィッヒの気持ちとは無関係に突然訪れ、傷ついた心は容赦なく踏みにじられることになった。

「長い間ご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした。ルートヴィッヒ少佐、本日より原隊に復帰いたします!」
上司の前で口上を述べると、久しぶりに靴の踵を派手に打ち鳴らし、背筋をぴんと伸ばして敬礼を決めた。ここでは落ち込んだ気持ちなど、おくびにも出してはならない。
「まあ、そう堅くなるな、少佐」
上司は不気味なほど機嫌が良かった。
「今回はさすがに長く掛かったが、我が国そのものであり、我が軍の英雄でもある君の復帰は、我らに取っては実に喜ばしいことだ。あの作戦が失敗に終わったのは誠に残念に思う。また優秀な兵士が何人か失われたのも不幸な出来事だったが戦争に犠牲はつきものだ。それも致し方あるまい。だが君にはまだ充分に名誉挽回のチャンスがある……今度はあのような失敗はあるまいな?」
上司の目が嫌な光を浮かべてこちらを見る──何が国の化身だ、もったいぶりおって……こんな醜態をさらすようでは、ただの人間と大差ないのではないか──仮面の裏にはそんな侮蔑が透けて見えた。だが、
「もちろんです!」
ルートヴィッヒは沸き上がる不快感などおくびにも出さず、上司の目を見て簡潔に答えた。
──ふん、そちらこそデスクの前で書類ばかりいじくり回して前線に立ったこともないくせに何が分かるのか。
口にも顔にも出すことなく平静を装った仮面の下で、向かい合ったふたりは無言の戦いを繰り広げていた。
──下らん、こんな茶番につき合うなど時間の無駄以外の何物でもない。本当は俺を無能呼ばわりして、思う様罵声を浴びせたいくせに。そんな度胸もないんだろう。「国家」という名の無能な部下ひとり、怒鳴りつける度胸もな。気取って見た目ばかり取り繕う、貴様のような無能なアームチェアが多くの真の軍人を無為に死に至らしめる元凶だ。貴様の顔を見ていると反吐が出る!……ああ、だが、今は俺もそんなことを言えた義理ではないのか……
物思いに沈んでいたルートヴィッヒは、上司の口から出た思いも寄らない言葉で一気に現実に引き戻された。
「良いニュースがあるよ、少佐。先の戦闘で戦死した君の部下のアルノー・グライリッヒとテオドル・バーゼルトの二人だが、正式に二階級特進が決まった」
上司はにやりと笑った。ほくそ笑んだと言った方がいいかもしれない。
「それは……」
「あの二人は我らが『国家様』──つまり君のことだな──の命を救うのに大いに貢献した。あのような悲惨な戦いの中で、自分の命を懸けて我が国そのものである英雄を救ったのだ。実に素晴らしい美談じゃないか。国民の鏡とも言うべきだよ。ふたりは我が国を守る為に命をなげうった悲劇の英雄だ。二階級特進位など当然だろう」
驚きのあまり声も出なかった。
二人が俺を救うために死んだ?作戦失敗の犠牲になったのではなく、俺個人の犠牲になった…の…か──?
へたり切った脳味噌にその言葉の意味が浸透するにつれて、じわじわとボディーブローのように効いてきた。目の前が薄暗くなる。上司の声が遠くで聞こえる……
見るべくもない惨敗に終わった作戦だからこそ上層部には、敗戦から国民の目をそらす華々しい何かが必要だ。分かり切ったことだ。気が付かない方がどうかしているじゃないか。そう考えて何とか自分を鼓舞しようとしたが、思ったほどうまくいかなかった。
「──おい、どうした、ルートヴィッヒ少佐?顔色が悪いぞ」
上司の声で我に返ると、ルートヴィッヒはしどろもどろに答えた。
「あ……も、申し訳ありません……少し、目眩がして…」
「まだ本調子ではないのだろう、無理せず休みたまえ。大切な体だからな」
最後の言葉にはかすかに蔑むような調子が含まれていたような気がする。
だが今はそれどころではなく、辛うじて体面を保ちながらその場を退席するのが精一杯だった。
あわてて近くの洗面所に駆け込むと、胃の中のものをすべて戻してしまった。何もかも吐き出してしまっても、まだ足りない気がする。
自分が汚れている気がした。すべての汚濁を吐き出さなくては足りない気がしたのだ。俺は何の為に生き残ったのか──こんな汚辱にまみれてまで。大切な部下を守るどころか、自分の為にわざわざ命を捨てさせた。俺みたいな奴のために──!
悔しくて涙が出た。我慢できずにだらしなく啜り泣いた。こんな時間にこんな場所にどうせ誰もいやしない。ところが
「隊長、大丈夫ですか?」
晴天の霹靂だった。見られた!こんなみっともないところを……許せない。自分が悪いのを棚に上げて相手に殺意すらおぼえた。
「誰だ!俺の後をつける奴は?」
振り向きざまに、そう叫んだ。
「つけるだなんて、そんなつもりは……」