長き戦いの果てに…(改訂版)【3】
後から考えれば隊長の声掛かりだったのかもしれないが、そんなことはどうでも良かった。理由は何であれ自分に手を貸してくれるテオドルは、ヨハンにとって非常にありがたい存在だった。
ただ世の中には親切にする振りをしておいて、後から泥沼へ引きずり込もうとする姑息な輩も多い。ヨハンも最初のうちはテオドルもそんな輩ではないか、油断してなるものかと思っていた。何の下心があってかは知らないが、当面は親しくする振りをしてうまく利用するだけはしてやろうと。
だがそんな必要がない事に気が付くのにたいした時間は掛からなかった。テオドルは一度も見返りも求めなかった。それどころかヨハンががまんできずに古参に逆らって袋叩きにされそうになった時、体を張って助けてくれたのだ。
「おまえは意外と向こう見ずなところもあるんだな」
一緒に青あざを作ったテオドルは笑ってそう言ったが、ヨハンは泣いた。それは傷の痛みからではなかった。
「すみません、俺なんかのためにこんな──!」
「気にすんな、済んだことだ。それにお前は俺の弟みたいなもんだ。一時も目の離せない困った弟だがな」
出会った頃の事を思い出していたヨハンを、ルートヴィッヒの声が現実に呼び戻した。
「ああ……どうやら疲れてるようだな、寝室に連れてってやるか」
「隊長、こいつは俺が運ぶっスよ」
「頼むぞハンス。そうだ、今日はみんな泊まっていくだろう?寝室はいくらでもあるからな。外泊の許可は取ってるな?」
「もちろんっすよ!遠慮なくお言葉に甘えさせてもらいます」
ハンスは実に嬉しそうだ。
「お前たちはどうする、遠慮しなくてもいいんだぞ?」
見ていたアルノーとヨハンに、ルートヴィッヒが声を掛けた。
「自分は今日読みたい本があるので、お気持ちだけ頂いて帰ります。ヨハン、君もそうだろう?」
アルノーは微笑みながらヨハンの方を見た。
「あ……え…は、はいっ!そうでありますっ」
慌ててばね仕掛けの人形のように敬礼したヨハンにルートヴィッヒは苦笑した。
「そうかぁ……じゃあ泊まっていくのはテオとハンスだけか」
「イエッサー!」
ハンスがまたふざけて勢いよく敬礼して見せる。ルートヴィッヒは少し残念そうだった。
「よし、じゃあ取りあえずテオを寝室に運んでやろう」
ルートヴィッヒはテオを担いだハンスを連れて部屋を出て行き、ヨハンとアルノーの二人が後に残された。
「……ごめん先生、俺の為に。俺がここに泊まりたくないって知ってて、わざとそう言ってくれたんだよね」
恐ろしい執事長と顔を合わせずに済みそうでほっとしたというのは本心だ。でもアルノーだって兵舎の硬いベッドより、一晩だけでもここの立派なベッドの方が良いに決まってる。それなのに……
アルノーはヨハンに向かってまた微笑した。銀色の髪に切れ長の碧の瞳、いかにも学者らしい眼鏡で一見クールそうに見えるアルノーの物腰は柔らかくていつも優しかった。
「そんなことはないさ、ヨハン。本当に読みたい本があるんだよ」
「うん……ありがと、先生」
テオを寝室に運んでふたりが戻って来ると、またひとしきり残った4人で飲んで騒いで話し込み、すっかり夜も更けてからようやくパーティーはお開きになった。
「隊長、今日はごちそうさまでした。本当にありがとうございます!」
「お前ら、気を付けて帰るんだぞ!」
ルートヴィッヒは兵舎へ帰る二人を見送りに門まで出て来た。
ヨハンは真っ赤な顔をしてすっかりごきげんだった。一方でこちらも相当な量を飲んだはずのアルノーは顔色ひとつ変わらず、優雅に微笑みながら別れを告げた。
「お気遣いありがとうございます、隊長こそご面倒ですが二人をよろしくお願いします」
足元もおぼつかないヨハンにアルノーが兄のように寄り添いながら帰っていく。雪に照らされた夜道の先に二人の姿が見えなくなるまでルートヴィッヒは後ろ姿を見送った。あと何回、こんな風に彼らと過ごすことが出来るだろうかと思いながら……
作品名:長き戦いの果てに…(改訂版)【3】 作家名:maki