春色の京都
このメンバーと一年弱過ごしてきて、自分が会話の中心になることなど、ほとんどなかった。それが今こうして注目を浴びている状況が、なんとも居心地悪く、黛はそっけない言葉を返す。
「おーっし! じゃあ、赤司のお手伝いさんがつくってくれたご飯食べようよ。オレお腹空いちゃった!」
「おう! オレもだ!」
「ちょっとアンタ達。主役が先よ」実渕が葉山と根武谷を窘める。「黛さん。こいつらに取られる前に、自分が食べたい物、お皿に取り分けておいたほうがいいわよ」
「そうですね。量は足りるはずですが、そのほうが賢明だと思います」赤司が実渕の助言に言葉を添えた。
漆塗りの重箱を、一つ一つ赤司が開いていく。
三つの大きな重箱の上段には、タケノコや蕗の煮物、湯葉巻、菜の花のお浸し、だし巻き卵などが詰められていた。中段には肉類、下段には魚や野菜を使った手まり寿司が詰められている。二つの小さな重箱は、上段にフルーツ、下段に道明寺風の桜餅が詰められていた。
青竹の取り箸に二人分の手が伸びる。根武谷が肉を、葉山が野菜寿司をごっそり掻っ攫っていった。いただきます、と上品に手を合わせてから、赤司は湯葉巻に手を伸ばす。
「おお! うめえな、この牛肉!」
「ああ、丹波牛だからね」
「この手まり寿司、彩りがとってもキレイだわあ。ねえ、征ちゃん。これ、インスタに上げてもいい?」
「勿論、構わないよ」
「レオ姉、女子みたい!」
主役であるはずの黛を置き去りにして、後輩達は賑やかに食事を始める。
(ああ、懐かしいな)
と、黛は思った。必要以上の会話など交わさないのに、当然のようにこいつらと同じ空間にいることが。
それから、それを懐かしく感じる自分を、少し奇異に思った。
「お口に合いましたか?」
縁側で庭の桜を眺めていた黛に、赤司が問いかけてくる。黛が振り返ると、赤司の赤い双眸と目が合った。
「おう。美味かったよ。ごちそうさん」
「そうですか。なら、良かった」微笑し、赤司は黛の隣に正座する。「今日はご足労頂き、ありがとうございました。お陰で、あの三人も心残りなく次に向かえそうです」
言ってから、赤司は後ろを振り返る。黛がつられて後ろに目を向けると、実渕達が三人で談笑しているのが見えた。
「あいつらに心残りなんてねえだろ。今だって、誰もオレのことなんて気にしてねえじゃねえか」
「そうでもありませんよ。葉山なんて、引退式のあとから、ずっとあなたのことを気にかけてたんですから」
「葉山が?」
「はい。勿論、ほかの二人も。それにオレも」澄んだ声で言って、赤司は黛に目を向けてくる。「あなたは洛山の影でしたから。誰もが敢えて注目はしないようにしてきたけれど、在って当然と思っていた存在がいなくなってしまったことに、皆寂しさを覚えているんですよ」赤い双眸が、やんわりと細められた。
「またどこかで、一緒にバスケしましょうね。オレのほうからお誘いしますから」
「――断る。お前らみたいなバケモノ共とやるのは、もう充分だ」
一瞬考えてから答えて、黛は赤司から視線を外す。
赤司が、ふっと苦笑を漏らすのが聞こえた。
「すみません、オレの言い方が悪かったですね。――僕が呼んだら来い、千尋」
「……!」
重く響く声。僕という一人称。一年生とは思えない、尊大な話し方。
黛は目を瞠り、後輩の顔に目を向ける。
赤い右目と、橙色の左目のオッドアイ。高校生活最後の一年間、何度もアイコンタクトを交わした目と目が合う。
赤司の別人格。一年弱前に、黛をラノベのような世界に引き摺り込んだ張本人が、そこにいた。
「お前のプレースタイルは、一人で練習して維持できるようなものではないだろう。どうしても、お前の特性を理解したチームメイトの存在が要る。僕が直々に手伝ってやろう。まさかとは思うが、僕が見出してやった能力を、みすみす手放すような真似はしないだろうね?」
黛が慣れ親しんだ声と表情で赤司は言う。
「分かった。……気が向いたら行く」
思わず、黛はそう返していた。
「お前は来るよ」
不敵に笑って、未来でも見えているかのように赤司は断言する。
結局こいつの言う通りになるんだろうな、と黛は経験則から思った。
別に、それが嫌だというわけでもない。このバケモノ共とプレーしたところで自分が良い思いをできるとは限らないが……まず間違いなく、普通では味わえないゲームは体験できる。
「お前がそう言うんなら、そうなんだろうな」
応える口元が、知らず緩んだ。
黛の返答に満足したのか、赤司も僅かに表情を緩める。
――ま、もう少しだけ付き合ってやるのも悪くねえよ。この役割が楽しめるうちは、な。
胸中で独り言ちて、黛は空に目を向ける。
舞い散る桜の花弁が、ほんの僅かな時間、春の眩しさを遮っていった。