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「誰が悲しむか! 寧ろせいせいするぜ!」
 勢いよく振り向いた静雄は唾を吐き出しながら吼える。
 目尻を下げた臨也は身体を伸ばしてそんな静雄の耳元に顔を近づける。
「本当に? 俺がいなくなったらこの世にいなくなっちゃうんだよ? シズちゃんが本気で相手に出来る相手が。それを受け止められる相手が」
 吐息混じりに囁いた声に静雄は瞠目すると、反射的に手を突き出す。が、臨也は身体を引いてそれから逃れる。
「……るな」
「何?」
「ふざけるな! 俺が本気を出したらてめえなんて一捻りだろうが!」
 先程までとは違う瞳の奥に潜むものに臨也は内心ほくそ笑む。そして、引いた身体を再び乗り出すと、突き出されたままだった静雄の手を掴み引き寄せた。
 体躯差の関係上、静雄が臨也に伸し掛かっているようにも見える。が、確かに臨也の腕は静雄の背に手を回し、彼が静雄を『抱き締めている』のだ。
「!」
 息を詰まらせた静雄は咄嗟に抵抗する事を忘れる。新羅はサンドウィッチを空を仰ぎ見ながら美味しそうに食べている。
「ねえ、シズちゃん。確かに俺はシズちゃんの力には適わないよ? でもね、シズちゃんに勝てないわけじゃないんだよ?」
 目の前にある耳たぶをそっと唇で挟むと静雄の身体が過敏に反応する。
「俺には頭脳がある。シズちゃんの力を上回る計画性がある。だからこそ、君はいつも本気で俺に向かってくれるんでしょ?」
 ね? と語尾に耳に吐息を吹き込む。掴んでいた静雄の拳がギリリと力が込められる。しかし、それが臨也へ向かう様子は無い。
 背中へ回していた腕を離すと、臨也は静雄の顔を覗き込む。
「ほーんと、シズちゃんは可愛いよね」
 にっこりと笑った臨也の目に真っ赤に顔を上気させ、そして何かを我慢しているように唇を噛み締める静雄が写る。

「ご馳走様」

 新羅がサンドウィッチを完食したのと、二人の唇が重なるのは同時だった。


 一方、臨也にしてやられた親衛隊は。
「ううううううざあああああああやあああああああああっ」
 屋上の扉の前で四つん這いになり、拳を床に叩きつけていた。
 折原臨也が親衛隊に疎まれる原因。
 それは、彼が静雄の傍に居るから。友人ではない。家族では当然ない。きっと恋人とも少し違う。だが、誰よりも静雄の傍に『居る』。
 親衛隊の誰もが望んでいることを――静雄を理解したい――いとも簡単に成し遂げてしまった。そんな彼が憎い。羨ましい。妬ましい。
 だが、本当は何よりも憎いのは折原臨也ではないのだ。

 静雄を理解しようとしても出来ない。出来ても受け止められない自分が何よりも親衛隊は憎かった。



「……負けない」
 一人が呟く。すると、周囲の親衛隊も口々に発する。
「そうよ。まだ負けたわけじゃない」
「あいつがもしも平和島君を泣かせたら」
「そう、私達が許さない」
「うん。だって、私達は」


 『平和島静雄親衛隊』は今日も行く。明日も行く。
 静雄の幸せを守る為に目を光らせるのだ。
 例えその幸せを与えることの出来るのが自分ではなくても、それが憎い相手でも、それでも静雄が幸せならば。
 彼女達はその幸せを守る為に。




 完