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長き戦いの果てに…(改訂版)【4】

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9.ギルベルト




ギルベルトは屋敷を出てからずっと考えていた。
ローデリヒへの凶行は危ういところで食い止められたが、恐らくあれだけでは終わるまい。これを解決するには、あいつがおかしくなった原因の根本を突き止めなきゃならない。
現時点で一番考えられるのは戦場で重傷を負ったあの一件だろうが、軍で下手に調査なんぞ命じて兵たちに不安を与えたくはないし、あの不愉快な上司に足元を見られるのも旨くない。
一報が入った時にはさすがに驚いたが、俺たち国はよほどのことがなければ死にやしない。その後の経過も順調で隊にも早々に復帰したってんで、あの時はそれほど心配もしなかった。後から考えてみれば引っ掛かる点が無くもなかったが、もう後の祭りだ。
ローデリヒにも後で聞かせろとは言っておいたが、恐らくそう簡単には口を割らないだろう。ヴェストのヤツに口止めされてるだろうからな。

ならば後は……


* * *


「……部屋に戻る」
ルートヴィッヒは話し終わるとしばらく黙って天井を見ていたが突然起きあがり、ローデリヒにそう告げた。
「聞いてくれてありがたく思っている。今日は……本当にすまなかった」
「いいえ、私なら大丈夫ですよルート。ただこれだけは覚えておいてください。私は、いつでもあなたの側にいますよ」
「……ああ」
形ばかりこちらを見たものの青い瞳は精気もなく淀んでおり、気のない生返事でそそくさと身仕舞いをすると、振り向きもせずに出て行ってしまった。
扉が閉まるのを見送って、ローデリヒは改めて壁に掛けられた姿見に目を向けた。
鏡の中には、白い裸身にしどけなくガウンをまとった男がぼんやりと立ってこちらを見ている。
乱れた黒髪。青白く不安に曇った表情……そして首にくっきりと浮かぶ赤黒い指の跡。はっとして思わずそこに触れた。
彼の指が首の肉にきつく食い込む感触を思い出す。
彼は……本気だった。本気で私を殺そうとしたのだ。
いつもは清々しい水色の瞳はまるで死者のようにどんよりと曇っていた。あの変容を目の当たりにしていなければ、とても同じ人間とは思えないほど。
悪鬼のような憎しみの表情でも浮かべたならまだしも、どろりと濁った目は底なし沼のように暗く何の表情もなかった。あんな恐ろしいものは見たことがない。
白い首すじに巻き付く紫色の蛇のような痣。彼はそれを目にしながらどんな思いで自分を抱いたのだろうか……ローデリヒは溜息をついた。
自分にとっては本望だとしても今後、彼にこれ以上の重荷を負わせるようなことは決してあってはならない、何があってもだ。今後はもっと気をつけなくては──
ローデリヒは鏡の中の自分にそう言い聞かせた。

その夜はローデリヒ一人きりの食卓となった。
使用人達もただならぬ気配を感じ取ったのか一様に口数が少なく、屋敷内はいつもよりひっそりしている。
ルートヴィッヒはあれから一度も部屋から出てこない。ギルベルトもこの時間になってもまだ帰宅しない。
彼が部屋でどうしているのか気にはなったが、あえて声は掛けなかった。今はこれ以上追い込むようなことをしたくない。
家令のマテウスにも、誰も部屋へ近づけないように言い渡してある。忠実な男だからその点、抜かりはないはずだ。
ただあれは主の為ならどんなことでもやりかねない。果たして今回の事件をどう思っているのか……ローデリヒはしばし考え込んだが、今はそんな事を気にしても始まらないと思い直した。それよりもギルベルトだ。
あの騒ぎの後、屋敷を出たきりで、どこでどうしているのか連絡ひとつよこさない。自分たちに気を遣ってくれたのかとも思ったが、考えてみればそんなタイプではない。最後の捨てゼリフからして彼は彼で動いているに違いない。ルートヴィッヒの兄譲りのプライドの高さはその兄こそが誰よりも知っている。弟がそう簡単に兄に頭を下げて助けを乞うなどとは思っていないだろう。
締め殺されそうになったにも係わらず、見え透いたウソまでついて弟を庇った男からも、たやすく事情を聞き出せるとは思ってはいまい。果たしてどう出るつもりなのか。
一番心配なのは帰ったとたんに無茶な行動に出られる事だ。今のルートヴィッヒは普段の彼からは想像もつかないほど脆くなってしまっている。
たとえは悪いが病に冒されて中が空洞になった木のようなものだ。乱暴に扱えば、ぽっきりと折れてしまいかねない。以前から薄々その危うさを感じていたが、こんな姿を実際目にするのは初めてだった。自信過剰ではないかと思うほど強く出るかと思うと、ちょっとしたきっかけでひどく落ち込んでしまう。その両極端な性格は彼の魅力であると同時に大きな弱点でもある。
良かれと思ってであろうと、今荒療治など施されてはたまったものではない。ルートヴィッヒは兄のような柔軟性は持ち合わせてはいないのだから。


深更。
ローデリヒが寝衣に着替えてベッドに入ろうとしていたところ、扉を叩く者がいた。
「……誰です?こんな時間に──」
不審そうな声を隠しもせず、ドアの向こうに問いかける。
「俺だ」
鋭く遮るような声。ギルベルトだ。有無を言わせない口調で畳みかけてくる。
「入れてくれるよな、坊ちゃん」
「……断っても、どうせ入るのでしょう?」
そっとドアを開くと、不穏な煌めきを帯びたルビーの瞳が覗いた。
「わかってるじゃねぇか、さすが坊ちゃんだな」
人に気づかれないよう急いで部屋に入れると、そっとドアを閉じた。
「こんな時間に何を考えてるんです?」
「さあ~てな……おまえを襲いに来た──かもな」
「心にも無いことを」
「……返答次第ではわからねぇぜ」
ルビーの瞳が一段と凄みを増した。
「約束通り、聞かせてもらおうじゃねぇか」
「あなたと約束などした覚えはありませんよ」
その瞬間ギルベルトが身を閃かせた。一瞬のできごとだった。
「……なっ、何を──!」
気がつくとローデリヒはベッドの上に仰向けに押し倒されていた。
ギルベルトは馬乗りになって声が出ないように片手でしっかりと口をふさぐと、もう片方の手に握った抜き身の刃を白い喉に──紫色の蛇の巻き付いた──ぴたりと押しつけた。
「言いたくないなら言わなくてもいい……二度とモノが言えないようにしてやるよ」
首に当てられた刃がすうっと皮膚を切り裂き、一筋の血が滲む。
「今のお前がいなくなったところで誰も困りゃしない。果たしてこの状況で、お前は国として戻って来れるかな……?」
煌めく紅玉の双眸に一点の迷いもないのを見て取るとローデリヒは目を閉じ、無抵抗のままその身をギルベルトに委ねた。
「……チッ!つまらねぇ」
ギルベルトはローデリヒの上から降りると、短剣をかちりと鞘に納めた。
「私を……襲うのではないのですか?」
静かに目を開くとローデリヒはギルベルトにそう告げた。紫水晶の瞳はかすかに湿り気を帯び、口元にはうっすらと笑みを浮かべている。
ギルベルトは背筋に薄ら寒いものを感じた。
「そっちは遠慮しとくぜ。そんなことをしたって、どうせお前にゃ堪えないだろう」
「どうでしょう……案外落ちるかもしれませんよ」
「ケッ!冗談じゃねぇ、そんなのはこっちから願い下げだ」
捨てぜりふを残すとギルベルトは早々に退散した。