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長き戦いの果てに…(改訂版)【4】

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しどけなく着乱れた寝衣。ほのかに紅潮した頬。白い額に乱れて垂れ落ちる絹糸のような黒髪。ベッドの上に半身を起こしてこちらを見ているローデリヒの瞳は見たことのないような怪しい光を湛えていた。
うっかりすると、こちらの方が喰われてしまいかねない──生まれて初めてそんな恐怖を覚えた。果たしてあれがローデリヒの本質なのか、それとも後天的に身につけたある種の処世術なのか、そこまではギルベルトにも測りかねたが。

「喰えない奴だぜ、まったく!」
あの坊ちゃんと来たら──ギルベルトは心の中で毒づいた。
ルートヴィッヒに直接問いただしてみたところで、あの有り様では追いつめられてまたパニックになりかねない。それだけは避けたかったのであんな手段を取ったのに、それも失敗した。認めたくはないがこちらの完敗だ。
ギルベルトにも言い分はある。あんな反応が返ってくるとは予想外だった。
ちょっと脅した位で言うことを聞くとは思ってはいなかったが、もう少し抵抗があると思っていた。そこに交渉の余地が生まれるはずだったのだ。なのに全くの無抵抗とは、どうせ命までは取るまいと思ったのか?俺もなめられたもんだ──
「……いいや、違うな」
つぶやいて、ギルベルトは思い直した。
俺は本気だった、そしてあいつもだ。あいつはヴェストの為に死ぬ気だったのだ。
そこまでして隠そうとすることは何だ?あいつを助けたいなら俺に話して協力を求めた方が早いんじゃないのか?
あいつが口止めしてるのは分かってるが、無条件に飲むってのはどういうことだ?何かウラがあるのか?あいつはわざわざ面倒事に巻き込まれるようなタマじゃない。
考えたくもないが……そこまで本気って事なのか?
あの、ローデリヒが?
社交界で花から花へと飛び回り、男はおろか女の嫉妬と羨望のまなざしまでも集めるあの夜の貴公子がか?
ギルベルトは思わずううっ…と小さなうめき声を漏らして頭を抱えた。
あの朴念仁がたらし込まれるのは不思議でも何でもない。それもひとつの経験だと思って黙認していたが、まさか坊ちゃんがそこまで本気になるとは──
何とも面倒なことになった……ギルベルトは彼らしくもなく溜息をついた。
だがもう別の手も打ってある。帰宅がこんな深夜になったのは伊達でも酔狂でもない。朝からわざわざ屋敷を出て、気まぐれで1日を潰した訳ではないのだ。
今日は非番だが、時間を持て余したふりをして基地へ顔を出し、それとなく情報収集してきた。あからさまに聞き回る訳にもいかないので、回りくどい事この上もなかったが多少の情報を収集することはできた。
その中からあえて不自然な点を挙げれば、最初に意識が戻ってから完全に回復するまで異常なほど人目を避けていること。ヨハン以外、誰ひとり部屋に近づけなかったこと。
現地で見舞いに行ったフェリシアーノと一度顔を会わせているが、その後は前線に復帰するまで全く会っていない。面会謝絶が解けても、全ての面会を断り引きこもり続けている。リハビリの為とか休んでいた間の公務が溜まって多忙だとか、言い訳は誰でも考えつく程度のものだ。気持ちは分からなくもない。
裏切り者に気づかずに作戦に失敗、腹心の部下を失い、更に自身が命に関わる深傷を負うという、この上もなく無様でみじめとしか言いようのない有様だ。
生まれて初めての大きな失敗に落ち込むってのは分かるが、それだけでは、あそこまで異常な反応を示す理由にはならないだろう。最初に反応したのはヨハンの名を出した時だ。
例の作戦から生還した部下の一人で、ヤツの救出劇に一役買って、一部始終を目撃した唯一の生き残り。ルートヴィッヒが回復して人前に姿を現すまで、ただの一般兵ヨハン一人だけが、副長を始めとする全ての隊員を差し置いてずっと側に着くことを許された。いくらお気に入りと言ってもさすがに不自然さが目立つ。
その密着ぶりと、ルートヴィッヒへの行き過ぎとも思える崇拝ぶりから二人が特別な関係にあるという噂が多数飛び交っていた。中にはヨハンはルートヴィッヒのお小姓だと言うものもある。医療関係者が入室することを除けば、あれほどまで他者を遮断しての密室生活ではそう言われても仕方ない。だがあの二人が肉体関係というのはあるまいとギルベルトは踏んでいた。
ヴェストのやつは坊ちゃんにどっぷりだ。あの性格からも気まぐれで部下を喰い散らかすとは考えにくい。ただどちらにせよヨハンは何か知っていると見て間違いないだろう。
ギルベルトは翌日再度基地を訪れると、早々にヨハンを呼び出した。
表向きは働きぶりを誉めてやるため。
裏はもちろん言うまでもない、何があろうと本当の事を喋らせる、ただそれだけだ。


「ヨハン・ハイネマン伍長参りました!」
ヨハンは休暇中の突然の呼び出しに緊張しながら、ギルベルト・バイルシュミット大佐の執務室の扉の前に立った。
おそらくはあの戦闘で隊長の命を助けた功績について、何かお褒めの言葉でもあるんじゃないかと上官は気楽に構えていたが、あんな人がそんなことくらいで自分のような下っ端をわざわざ呼びだすだろうか?上官を通じて通達を出すくらいで充分じゃないのか?
だからといって、中佐殿の呼び出しを断れる理由などありはしない。
休暇中にもかかわらず、いつものように外出もせずに軍の宿舎にいたヨハンは、漠然とした不安を抱えながら急いで出頭した。
緊張の一瞬の後、入れと声が掛かった。
「失礼いたします!」
震えそうになる声を無理やり張って扉を押し開くと、広い執務室には意外にも大佐独りきりだった。通常は当番兵位いるはずだが……
窓を背にした執務机の向こうから声が掛かる。
「おう、よく来たな、伍長」
「ハッ!お呼びにより出頭いたしました」
全身を緊張させて震える靴の踵を打ち合わせ、ばね仕掛けの人形のように敬礼をするヨハンを、ギルベルトは値踏みするようにじっとねめつけた。
「…そう緊張するな、取って喰いやしねえ。まあ、そこへ座れ」
「ハイッ!」
指し示された椅子に恐る恐る腰を下ろす。
「こうして呼び出したのは他でもない、今回の作戦でのお前の働きについてだ」
かしこまって話を聞く。
「ルートヴィッヒが戦場で倒れた時に、お前は体を張ってあいつを助けたと聞いた。副長から全て報告を受けている。実際あの状況では諦めたっておかしくないところだ」
逆光の為に大佐の表情はうかがい知れないが、こちらを見る紅い瞳は一種異様な光を帯びているように感じる。しかし口調はまるで天気の話でもしているように淡々としていて、それがかえって恐ろしい……
「あの戦場からよくヤツを生きて連れ帰ってきた。お前は実に良くやった、俺からも礼を言うぞ。今回の功績に関しては、もちろん特別な報奨なども考えている。昇進も含めてな」
本当にそんなことを思っているのだろうか。不安を覚えながらもヨハンは形通りに答えた。
「身に余る光栄であります」
「ふむ……」
そこまで言うとギルベルトは言葉を切った。紅い瞳は射抜くような光を宿して、こちらを凝視している。
「決死隊は三人だったな、そしてお前だけが生き残り、後の二人は死んだ」
「そうです」
「あの時の事をもっと詳しく聞きたい」
「はッ!その…全て副長に報告した通りでありますが──」