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大ちゃんの夏休み

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トン、トン、トンと足下にバスケットボールが転がってくる。
 横を歩く幼馴染の青峰大輝が、そのボールを拾い上げた。桃井さつきはバスケのコートのほうを見遣り、ボールの持ち主を探す。
「あの子のボールみたいだよ」
 こちらに向かって走ってくる少年を指して、さつきは大輝に告げた。大輝が少年に近づいていき、ふわりとボールを投げる。
「ほらよ。……一人で練習してんのか?」
 大輝が少年に尋ねる。
 ボールを受け取った少年は、うん、と小さく頷いてみせた。さつきは改めてコート全体を見たが、そこに彼以外の人影はなかった。
「オレが練習に付き合ってやろうか」
「ちょっと、大ちゃん!? そんな暇ないでしょ!」
「いいだろ、ちょっとくらい」
 さつきが止めるのも聞かず、大輝はコート内のゴールへ足を向ける。軽く駆けながら、少年のほうを向いて片手を挙げた。
 少年が手の中のボールを大輝に投げる。ボールを受け取った大輝が、放り投げるようにしてボールを高く上げる。大輝の投げたボールは、吸い寄せられるようにしてゴールに入った。少年が、わっ、と歓声を上げる。
「すげー! なんで今ので入るの!? お兄ちゃん、上手いんだね!」少年が、きらきらと目を輝かせる。
「おう。ワン・オン・ワンやらせたら、高校でオレに勝てる奴なんかいねえよ」
 自信たっぷりの笑みで大輝は返した。
 この発言が自信過剰なものでないことも、むしろ謙遜が含まれていることもさつきは知っている。事実、一対一で戦わせたら、高校で大輝の右に出る者はいない。ただ、チーム戦となれば話は別だ。前年の冬、大輝とさつきが在籍する桐皇学園バスケ部は、大輝の元相棒の黒子テツヤが在籍する誠凛高校に全国大会で負けている。
「来いよ。シュート教えてやる」
 そう言った大輝に、少年が嬉しそうに駆け寄っていく。
「もう。本当に自分勝手なんだから」微かに笑みを浮かべて、さつきは一人呟いた。
「相変わらず振り回されとるようやな、桃井」
「!」
 聞き覚えのある声に、さつきは振り返る。「今吉さん!」
「よっ」
 眼鏡の奥の細い目を笑わせて、今吉が応えた。
 今吉はさつき達の高校の二つ上の先輩で、かつてはバスケ部で主将を務めていた人だ。この春からは、都内の難関大学に通っている。
「びっくりした! どうしたんですか、こんなところで」
「たまたま通りかかっただけや。……にしても、子供相手に、楽しそうにバスケしとるやん。あんなふてくされてバスケしとった奴が」
 大輝を見て、今吉は言う。大輝は少年にバスケを教えるのに夢中で、今吉には気づいていない様子だ。
「大ちゃ……青峰君は、小さい時は大人に混じってストリートでバスケをしていたんです」さつきも大輝のほうを見る。「だから、昔、自分が大人に練習に付き合ってもらってたみたいに、ああして小さい子の練習に付き合ってやりたくなるんだと思います」
「ほぉ~。そういや、青峰はストバス育ちやっちゅう話やったな」
「はい」
 視線の先で、少年がボールをゴールに入れた。彼のそばで、大輝が自分ごとのように喜んでいる。
「――見とったで。インターハイ」今吉が話題を変えた。「緑間のおる秀徳に勝つとか流石やなぁ。ワシらん時は、緑間がおらん秀徳にも勝てんかったのに」
 いくらか自嘲を込めて、今吉は笑う。
 大輝が加入する前の桐皇は、秀徳を含む東京三大王者に敵わなかった、と聞かされたことを、さつきは思い出した。
「あいつが試合で強敵を倒すの見とると、つくづく凄いプレイヤーやと思わされるわ。最強の名をほしいままにするには、些か繊細すぎるけどな」
「青峰君が繊細だなんて言うの、今吉さんくらいですよ」さつきは小さく噴き出す。
「けど、自分やってそう思うやろ?」という今吉の問いに、さつきは無言で微苦笑することで肯定した。今でこそバスケ部では偉そうに振る舞っている大輝だが、小さい頃は泣き虫だったことをさつきは知っている。
「今吉さんは、青峰君に会ってすぐに、青峰君の心情を見抜いたんですよね。……青峰君は、今吉さんがいるから桐皇に行くと決めたって言ってました」
「そうみたいやねぇ。まさかホンマに来てくれるとは、ワシも思わんかったけど。ラッキーやったわ」
 ニヤニヤと笑う今吉に、さつきは心の中で「ご冗談を」と答える。この人のことだから、大輝が桐皇に――自分のいるチームに入りたくなるような言葉を的確に伝えたに違いない。
「多分、あの頃の青峰君に必要だったのは、今吉さんみたいなキャプテンが率いるチームがだったんですよ」
「えー。ワシは自由にさせとっただけやで?」
「それが良かったんです」
 あまりに強くなりすぎて、本気で戦ってくれるライバルを失くし、共に戦ってきた相棒とも疎遠になってしまった大輝。最強の孤独に耐えられず、それでもバスケを捨てることもできずに苦しんでいた。
 その頃の大輝にとって、良い意味で放任主義の今吉の下でプレーできたことは幸いだった、とさつきは思う。お陰で彼は、バスケに情熱を傾けることを、少しだけ休んでいられた。
「自由にやらせてもらえて良かったのは、青峰君だけじゃなくて、私もです」さつきは続ける。
 今吉が、不可解そうに首を傾げた。
「何言っとんの。サボってばっかやった青峰と違って、桃井は忙しゅう働いとったやん。敵チームの偵察に行ったり、敵さんのデータ分析してチームに貢献したり」
「そのどちらも、主将と監督の理解がなければできないことですよ」言いながら、さつきは地面に目を落とした。
 マネージャーであるさつきが諜報部員として活動するためには、時にはマネージャーとしての本業を休んで敵の偵察に行ったり、時には分析結果を活用してもらうため監督に口出ししたりする必要がある。
 マネージャーはマネージャーらしく、言われたことだけやっていろ、などと言ってくるようなチームでは、さつきは真の力を発揮できないのだ。
「私にとっても青峰君にとっても、高校で最初のキャプテンが今吉さんで良かったと思います。……あ、私は青峰君と違って誘われたわけじゃないけど」さつきは、はにかむ。
「そうやなぁ。青峰に桃井がついて来たんは、こっちとしてもラッキーやったな」
 ニヤリ、と今吉は口の端を上げた。
 今度の『ラッキー』は、ちょっとでも本気だったらいいな、とさつきは少し自惚れてみる。
「ほな、ワシはそろそろ行くわ。青峰によろしゅう」
 突然片手を挙げて、今吉は去っていく。
「え! 青峰君と話していかないんですか?」
 さつきは今吉の背中に問いかけた。
「別に話すようなこともないやろ」
 今吉は立ち止まり振り返ったが、答えは素っ気ない。
「でも、じゃあ、一緒にバスケするとか……。今吉さん、今でもバスケ続けてるんですよね? だったら――」
「そういう仲良しこよしは中学ん時のチームメイトとでもやってや。個人主義のワシらには似合わんやろ」
 困ったような笑みを浮かべて今吉は言う。
「……そうですよね」と、さつきは引き下がった。
 さつきが意気消沈して俯くと、「まぁ、でも」と今吉が口を開く。
「次のウィンターカップも、可能な限り観戦には行かせてもらうで。個人的に、青峰がどんな最強伝説つくってくれるんか見届けたいからな」
作品名:大ちゃんの夏休み 作家名:CITRON