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長き戦いの果てに…(改訂版)【6】

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「もう決めている」

──言ったろう、言葉だけでは駄目だと

「では、どうすればいいんだ!」

──考えるんだ。他の誰もお前に変わって選択することはできない。それが出来なければ、お前は時間切れでそのままあそこに戻ることになる。もうここへは来られない。これは一度限りの選択だ。

「そんな馬鹿な!どういうことだ、俺は迷ってなんかいない!今すぐ願いを叶えてくれ、俺を生まれ変わらせてくれ、頼む──!」
答えはない。
ルートヴィッヒは己の声だけがむなしく木霊する虚ろな世界に、ひとり残された。


* * *


「お前、ヨハン!こんなところで何やってるんだ!」
背後から突然、怒声が聞こえた。
油断なく構えながら振り向くと、そこには見慣れた顔があった。
「……なんだ、テオか。びっくりさせるなよ」
ヨハンは緊張を解いた。
「こんな知らない場所で、いきなり怒鳴りつけられたら誰だって驚くだろ。何だって、いったい──」
はたとヨハンの思考が止まった。
──ここは……どこだ?
あたりは薄暗い。真っ暗ではないのに光源とおぼしきものが何も見あたらない。周囲には空も地面も、床も壁も、もちろん天井もない。何も見あたらないのだ。
こんなことってあるか?こんな場所がどこの世界にある?俺はなぜこんなところにいる?何の為に。そして何よりあり得ないのは──

「テオ、お前──死んだはずじゃ──」
「そうだ、死んだよ」

即答。
ヨハンは言葉を失った。
死んだ男からの追求はなおも続く。
「だから聞いてる、お前がなぜここにいるのかと。答えろヨハン!」
頭の中が真っ白になった。認めたくない。だが……答えはそれしかないのか?
「俺は……死んだのか、テオ」
苦しい。まるで喉が詰まったみたいで……息ができない。
口の中がカラカラで舌が貼り付いたように動かない。ヨハンは硬直した顎をどうにか動かしてそう問い返した。
「まだだ。だがお前は確実に死に掛かけてる、何をやった?」
「……」
自分でも馬鹿みたいに、口をぱくぱくさせることしかできなかった。
何も思い出せない、何ひとつだ。
──直前に何があった?俺はどうしてここに来た?この生と死の境目の場所に。

今度は別の声が聞えた。
「ねぇヨハン、君はせっかく生き残れたのに、なぜこんなところへ来たんだい?」
「その声は、アルノー……先生?」
いぶかしむより先に懐かしさから、思わず近づこうとすると、慣れ親しんだ顔が悲しげに歪んだ。
「私に触れてはいけない、私は死んだ者だ。だが君は違う」
見る間に額から真っ赤な血が流れ落ちる。見慣れた軍服の胸は、いつの間にか無数の弾痕を刻み、べっとりと血に塗れていた。
「せ……先生──ごめん……俺の為に、し──」
強烈な後悔の念がヨハンを襲った。隊長を助けるためだった。でもアルノーまで死ぬことはなかった。いっそ俺が死ねば良かったのに。
「──違う、君のせいじゃない」
アルノーの声は静かだった。そこには怒りも恨みの念も少しも感じられなかった。
「でっ、でも──俺があの時、あんな事を言わなければ──!」
「違うよ、ヨハン」
穏やかで、どこまでも物静かな声。その目には悲しみとも憐れみとも取れるような表情が見え隠れする。
「お願いだ、もうそんな目で見ないで!」
耐えられずにヨハンは目を逸らした。

「……俺たちは何の為に死んだ?覚えてるかヨハン」
テオもまたアルノーと同じ無数の銃弾の跡と血に覆われた軍服姿でこちらを見ている。
「俺たちはお前を助ける為に死んだ。俺も、アルノーもだ──なのになぜお前がここにいる?まさか、俺たちの死は無駄だったって言うのか?」
テオの顔には何の表情もない。まっすぐこちらを見るのは光のない死者の目。
「ち、違う……そんな、俺は──」
ヨハンは思わず後ずさりした。どうしようもなく足が震えた。
「隊長はどうしたヨハン、まさか隊長も──」
「違うっ!違うんだ、だけど──」
テオの目を見ていられずに、まぶたを固く閉じて激しく首を横に振った。
──俺はどうしたんだ、何があった?どうしてこんなところにいる?
いくつもの疑問が頭の中を掛け巡るが、何も思い出せない。
「俺は……どうしたらいいんだ、教えてくれよ!」
ヨハンの口からほとばしったのは祈るような叫び。
「教えてはあげられない、ヨハン」
アルノーが静かに答えた。
「君は……自分で見つけなくちゃならない」
「そんな……!」
縋るような思いでまた叫んだが、アルノーは悲しげな目でこちらを見るだけで答えはなかった。
するとまた新たな怒声がヨハンに投げつけられた。
「何やってるんだヨハン、この馬鹿!お前まで何しにこんなところへ来た!」
「ハンス!」
懐かしい声に思わず駆け寄ると、突き飛ばされた上に、にべもなく言い捨てられた。
「帰れ!ここはお前の来るところじゃない、早く隊長のところに戻るんだ!」
「で、でもっ」
追いすがるヨハンをハンスは容赦なく突き放した。
「帰れっ!話すことなんか何もない!」
今度は鳩尾にまともに蹴りが入ってヨハンは声も出せずにその場に倒れた。
せっかく会えたのにどうして──ただそう思った。
助けが欲しかっただけなのに。


「……ヨハン、大丈夫?しっかりして」
目が覚めたのは病室だった。白い壁に白いベッド。白一色に囲まれた味気ない部屋。
枕元で呼びかけていたのはフェリシアーノだった。
「ヨハン!目が覚めたの?」
病人みたいに青ざめた顔でこちらを見ている。
「フェリ、お前顔色悪いぞ……大丈夫か?」
「それは俺のセリフだよ、何言ってるんだよ、ヨハンはもうっ!」
「……はあっ?」
何を怒ってるんだろう。
「なあ、お前なんでここに?」
「何でじゃないよ!お前が倒れたって聞いたからずっと心配してたんだよ。容態が良くないからって、中々会わせてもらえないし。やっと許可が出たから来てみたら、ひどくうなされてるし……」
怒っているかと思ったら、今度は急に涙ぐんだ。見る間に大きなとび色の瞳から涙が零れ落ちるのを見て、ヨハンは驚くと同時に不安を感じた。
──ずっと、とは一体いつからだ?どうなってるんだ。
「本気で心配したんだよ、ヨハン!」
「ごめん、フェリ。俺、倒れたのか……知らなかった」
何が何だかさっぱり分からない。頭がぼんやりしている。俺は今の今までどうしていたんだろう?
「ええっ!ほ、ほんとに大丈夫なの、ヨハン?俺、先生を呼んで──」
「そんなことどうでもいいんだ!俺は行かなきゃ──」
いきなり起き上がってそう叫ぶと、ヨハンはぐらりと身体を揺らがせた。
フェリシアーノは医師を呼びに行こうと立ち上がりかけていたが、慌てて倒れかけたヨハンの身体を支えてやった。
「何言ってるのヨハン、本当にどうしちゃったんだよ!そんな身体でどこへ行くつもりなんだ!」
「どこって……」
ヨハンは口ごもった。
なぜそんなことを言い出したのか自分でも分からない。ただ何かに駆り立てられるように身体が動いて、思った事を口にしただけだ。
「分からない……」
うつむいてそう呟いた。
「落ち着いてヨハン、きっと何か悪い夢でも見たんだよ、うなされてたし。横になって、もう少し休んだ方がいい」