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長き戦いの果てに…(改訂版)【6】

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にやりと嫌な感じに口元を歪める。
「……そっちの話はいりません。前にもいったように、あなたが彼に何をしたのかは聞かなくても分かっています」
話したくて仕方なさそうな顔をするのを軽くいなし、先を促す。
「ちっ、つまらねー……じゃあ何が聞きたいんだよ」
ガラスの奥の紫の瞳につかの間、暗い影がよぎった。
「回りくどい事はやめにしましょう、率直に言います。あの二人の……関係です」
「関係だ……?」
それこそ、この件と何の関係があるのかとギルベルトが問い返してきた。
「ヨハンが彼に……ルートに呼ばれたと言っているそうです。ルートはヘルマンのところにいる、とも」
馬鹿馬鹿しい、ギルベルトは一言の元に切り捨てた。
「誰がそんなことを?医者か?だいたい、あいつはヴェストにベタ惚れなんだ、妄想に決まってる」
ローデリヒは、怯まなかった。
「ヨハンは今朝、フェリシアーノが面会するまでルートが失踪した事を知りませんでした」
「そりゃそうだろ」
「まぜっかえさないでください」
すかさず釘を刺すと、鼻白んだのを無視して話を続ける。
「その事を話す前から、しきりにヨハンが繰り返していたのが『行かなくちゃ』という言葉です」
どこへ行くのかと聞けば、分からないと答える。だが隊長はヘルマンのところにいるからそこへ行くのだと繰り返す、自分が隊長を見つけるのだと。
「それでフェリシアーノはどうしていいのか分からず、ここへ相談に訪れたのです」
現状は何の手がかりもない、今は何であろうと少しでも、彼を探す手がかりが欲しい、だから私がヨハンに会いに行くのだと一気に畳み掛ける。
「話を聞く限り、単なるうわごととも思えません。他にも気になることがあります」
ここに至ってギルベルトもようやく身を入れ始めた。
「ヨハンは『自分は呼ばれているから、最後まで責任を果たさなくてはならない』といったそうです」
「呼ばれてる?責任だと?」
真紅の目が鋭い光を帯びる。
「責任とは、なんだ?」
「それを知りたいから、わざわざこうしてあなたに伺っているんです」
明日、ヨハンのいる病院へフェリシアーノと面会に行く。だからその前に出来る限り彼の情報が欲しいのだと伝えた。
「あなたは直接ヨハンと話した。当然ルートとの関係や、戦場で何があったのか詳しく聞いたはず、そのことを教えて欲しいのです」
「……」
 ギルベルトはヨハンに直接、事情聴取をした時のことを思い出していた。
「あいつは強情なヤツで中々口を割らなかった。だからどうしても黙っていられないようにしてやったんだ」
 ローデリヒが眉をひそめるのにもお構いなしに、ギルベルトは話を続けた。
「抱いて、泣かせて喘がせて、何もかも引きずり出した。普通ならあの状態で隠し事なんぞできっこない」
それきり黙り込んで紅い瞳をくるめかせるばかりのギルベルトに堪りかねて、ローデリヒが口を挟もうとした時、ギルベルトは突然独り言のようにこう呟いた。
「あれか……『俺があんなことを言わなけりゃ、隊長はあんな事にならなかった』ってヤツか」
「その話はルートと三人の時にも聞きましたよ、彼も意味が分からないと──」
ローデリヒが息を吞む気配がした。
「ギル……あなた、何を隠しているんですか!」
やにわにギルベルトの胸ぐらをつかみ、金切り声を上げる。
「彼はルートに何をしたんですか!二人の関係は一体何なんです?」
「……分からねぇ、俺も知りたいね」
ギルベルトはすましてそう答えた。
「あんなことをしておいて何も聞き出せないあなたじゃない事くらい、分かっています」
ローデリヒはこれまで見たこともない、押し殺したような声を出した。
「ヨハンに何もしていないなんて嘘でしょう!」
 紫の瞳が狂ったようにぎらつく。
「彼の前を取り繕っただけですね、あなたはもっと何か聞き出しているはずです。本当のことをおっしゃい!」
「いい加減にしろ!」
ギルベルトの堪忍袋の緒が切れた。
胸元をつかむ手を簡単に引きはがす。
「くだらないことをぐだぐだ言うんじゃねぇ!あいつがヴェストと寝たとでも言えば満足なのか?」
今度はローデリヒが鼻白む番だった。
「あいつらにどんなつながりがあるのかなんて俺の知ったこっちゃねえ!そんな秘密でも知ってりゃこんな苦労はしねぇよ。お前だって分かってるはずだ」
もっともヴェストをあれ以上興奮させないために、少しばかり取り繕ったってのは、ご指摘の通りだがな。最後にそう付け加えると、ギルベルトはにやりと笑った。
「……やはりそうでしたか」
ようやく平静を取り戻したローデリヒも、口元に酷薄な笑みを浮かべる。
「どうやら話は振り出しに戻ったようですね」
「そのようだな」
あの状況でもヨハンはうんと言わなかったから、無理やり手籠めにまではしていない。もちろんヴェストにも嘘を吐いたわけじゃないので安心しろ、と言うとローデリヒは急に少女のように頬を赤らめた。
「私は何もそんな……」
今さら言うセリフかよ──喉元まで出かかった言葉を、ギルベルトはぐっと飲み込んだ。

翌日ローデリヒはフェリシアーノと共に、ヨハンのいる病院にやって来た。運転手には後で迎えに来るように命じて、車は屋敷に返した。
 結局、昨夜はこれといった収穫もないまま、ヨハンに会うことになった。
あの事件の日に屋敷で、ギルベルトとルートヴィッヒの三人で話したこと、そして別途ルートヴィッヒが直接話してくれたこと、分かっているのはそれだけだ。
あとはできる限り先入観を持たずにヨハンから話を聞くしかない。そんなことが果たしてどこまで可能か、我ながらはなはだ怪しいものだが……
ローデリヒが思わず眉間をもむと、フェリシアーノが不思議そうな顔をしているのに気が付いた。
「何を見ているんですか」
「だってそれ、ルートみたいだよ。昔はそんな癖なかったのに、いつの間にそんな事するようになったのかと思って」
「……」
虚を突かれて思わず一瞬無言になったが、珍しい癖でもないでしょうと素っ気なく答えるに止めた。
フェリシアーノもしばらくはじっと見ていたが、それ以上は何も追及しなかった。いつの間に彼の癖がうつったのか……
頭の中にルートヴィッヒの顔が浮かぶ。困った顔、笑った顔、真剣な表情、そしてあの悲しそうな顔──抑えられない甘酸っぱい気持ちと同時に、不安や恐怖が溢れだす。
今どこにいるのか、どうしているのか、なぜ自分には何も知らせてくれないのか、まさか私に会いたくないのか、そもそも無事でいるのか、きちんと食事や休息は取れているのか──
「……どうかしたの?」
フェリシアーノの声で、ローデリヒは現実に引き戻された。
「何でもありません。早く行きましょう」
そう答えると、足取りを速めた。

本人に会う前に、担当医ミュラーに面会してヨハンの様子を聞くことにした。
屋敷で顔を会わせていたので、ギルベルトの代わりに様子を見に来たのだと言うと、すんなり話してくれた。
医師の話では、目を離すと夢遊病のようにどこかへ行こうとする、それを止めようとすると手に負えないほど暴れるので、今は薬で落ち着かせているとの事。その際、彼が口にするのはいつも同じ「行かなきゃ」という言葉。
フェリシアーノの話の通りだった。