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長き戦いの果てに…(改訂版)【7】

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この国=ルートヴィッヒが不安定になっていると知れば、つけ込もうとする輩はいくらでもいる。手でも足でも引っ張って、あわよくば、わずかずつでも切り取って、我が物にしようと企む輩ども。強欲からライヒを私物化しようとしている上司も、残念ながらその一人だ。
長年の宿願を果たすため、長い時間を掛けて、帝国の血を分けた多くの兄弟たちをひとり一人説き伏せて、ようやくこの国を生み出したのだ。
幾多の苦難を乗り越えて、我がライヒ──愛する弟ルートヴィッヒなるこの国はようやく軌道に乗ってきた。ここまで育て上げた弟が、みすみすそんなやつらの毒牙にかかるのを見過ごすことはできない。
それ故に他国(フランスだの、イギリスだの、ロシアだの……この国を虎視眈々と狙う輩には、とにかく事欠かない)はもちろん、我が国民にもこのような失態を知られるわけには行かない。
あくまで何事もなかったかのように、誰にも知られずに連れ戻す必要がある。戦場での負傷騒ぎだけでも、やつらには充分過ぎるほどエサを撒いてしまった。これ以上わずかでも隙を見せるわけにはいかない。
「じじいのやつ……何考えてやがる……」
食いしばった歯の間から、うなりにも似たつぶやきが漏れた。

飛行機が離陸してしまえば目的地までは大した距離ではない。
さしたる時間もかからず予定通りに空港に到着すると、眠らせておいたヨハンを起こしてすぐに移動に掛かる。ここまでは特に問題なく進んだ。
ギルベルトがあらかじめ手配しておいた車に乗り換え、四人はデトモルトへと向かう。
秋の日は短い。西の空はまだオレンジ色に燃えていたが、東側にはもう夕闇が忍び寄っている。いくらも経たないうちにあたりは真っ暗になるだろう。急がなくては。
ようやく目的地に着き、問題のヘルマン像のある記念公園に向かおうとした時、ヨハンがふらついて足をもつれさせた。
倒れかけたヨハンの身体をフェリシアーノがあわてて抱き止めると、ゲルマンがこぼした。
「……おっと、こいつはまずいな」
顔色が青白くなり、額に脂汗がにじんでいる。
「だ、大丈夫、ヨハン!」
ヨハンの顔をしたゲルマンが答えた。
「大丈夫だ……と言いたいところだが、少々時間がなくなってきたようだ。急がないと、この身体はあまり持ちそうもない」
「やめてよ!もうヨハンを放して、ほんとに死んじゃう!」
フェリシアーノが泣きそうな声を出した。
「もうほんのそこだ。諦めるのか、あいつを?」
「で、でも……っ」
なおも言い募ろうとするフェリシアーノを止めたのは、ヨハン本人だった。
「だめだ…っ、行かなきゃ……時間が…ないんだ……早…く」
ヨハンがかすれた声を出した。
「ヨハン、きみなの?!」
苦しそうに細められた黒い目がちらりとフェリシアーノを見る。
「お願いだからもうこんなことはやめてよ、ルートは俺たちで探し出すから──」
一瞬で表情が変わり、ゲルマンが再びヨハンにとって変わった。
「この状態でよく出てきたもんだな。お前の執念には驚くばかりだが、本当に時間がない。黙ってろ、ヨハン」
場の空気が凍りつく。三人の視線が一斉に集中したがゲルマンは意に介さなかった。
「言ったろう、時間がない、行くぞ」
何事もなかったように再び歩きだそうとしたが、足取りがややおぼつかない。
操り人形のように無理な動きに、ギルベルトが黙っていられず声を上げた。
「おい!待てよ、爺さん!」
「何だ」
「そいつの身体を動かすのが無理だってんなら、ホテルに寝かせといて、俺たちだけで探せばいいだろう。必要ならあいつが見つかってから連れていけばいい。このままじゃ足手まといだ。それにもう暗くなる。明るい町中じゃねぇんだ、暗闇の森の中でどうやって探すんだ」
「時間がないのは、こいつだけじゃない。あいつもだ」
「そ、それはどういう意味ですか!」
それまで黙って二人のやりとりを聞いていたローデリヒが、我慢できずに口を挟んだ。
「やつに危険が迫ってる」
「危険とは何なのですか?」
「はっきりとは言えないが、危険な兆候を感じる。だから余計急がなきゃならん。のんきに待ってる暇はない」
言うだけ言うと、さっさと歩きだそうとしたが、ヨハンの体がまたもよろめく。
「ヨハンッ!」
フェリシアーノがまた倒れかけた身体を急いで支えた。
「も、もう無理だよ!お願いだから無茶しないで……」
≪ヨハン≫の目がほんの一瞬だが、こちらを見たのをフェリシアーノは見逃さなかった。
何か言いたかったのか、干からびた唇をわずかに開いたが声は出なかった。
閉じたまぶたが再び開いた時、それはもうヨハンではなかった。
「分かったろう、フェリシアーノ」
先程と同じ黒い瞳が、今は鋭く尖った視線を送りつけてくる。
「……うん、じゃあ俺が負ぶって──」
渋々うなずいたフェリシアーノがそう言い終わらないうちに、ギルベルトがすばやくヨハンを引き寄せて背負った。
「お前じゃ無理だ、すぐに潰れちまう。俺が連れていく」
ギルベルトの背中でゲルマンの声がした。
「お前ならそう言うと思ったよ」
「チッ」
舌打ちするとギルベルトは立ち上がった。
「無駄口叩いてんじゃねぇ、さっさと案内しろよ、この子泣きじじい!」
「何ですか、そのコナキジジイとは?」
ローデリヒが面食らってそう聞くと、
「本田のやつから聞いた。日本のモンスターだとさ。この怪物ジジイにゃ、ぴったりだ」
ギルベルトの背でゲルマンがニヤリと笑った。
「お前にユーモアのセンスがあるとは思わなかったぞ」
「言ってろ、ジジイ」
「……口の悪いやつだ」
「あいにくと、ジジイ譲りでね」
四人は街を背に、沈みゆく夕日の下をヘルマン像のある記念公園へ向かった。

記念公園の巨大像はすぐに見つかった。巨大像というくらいだけあって、ちょっとした塔位の大きさがある。建造物といっても差し支えないだろう。
「すっごい…俺初めて見たよ。これがじいちゃんの言ってたアルミニウス……」
「本当に戦ったのはここではないがな」
フェリシアーノが残照に浮かぶ巨大な像を見上げていると、ゲルマンがそう答えた。
「この近くに彼がいるんですか、早く見つけないと。私たちは観光に来たわけじゃないんです」
ローデリヒは苛立ちを隠せず、早口でまくし立てた。
「ごめん、ローデリヒさん、俺つい……」
「謝らなくていいんですよ、フェリシアーノ。あなたにじゃない、お爺様に言ったんです」
しゅんとなったフェリシアーノに、あわててローデリヒはそう言い足した。
気が急いて周りに気を配る余裕がなく思わずそう言ってしまったが、フェリシアーノを傷つけるつもりはなかったのだ。
『危険な兆候』だの『時間がない』だの言って急かした割にゲルマンはのんきすぎる。
ここにはルートヴィッヒの影も形もない。本当にここにいるのかとローデリヒは不安になった。
ゲルマンは一体何を考えているのか、ギルベルトの背で黙ってヘルマン像を見上げている。
「おい、どんどん暗くなって来たぞ。こんなんで本当に見つかるのか?」