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長き戦いの果てに…(改訂版)【9】

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調査が行われていたことは知っていたが、その結果が分かったのはほんの数日前だということ。そして昨夜、ホテルでギルベルトたちと合流して初めてその事実を知ったということ。
「エンリコはあの戦いで死んだ。あいつが何を見て、何を信じ、何を求めていたのか、今となってはもう永久に知る術がない。俺たちの手元に残されたのは、捕らえたスパイの証言だけ。真実は……闇の中だ」
淡々とした口ぶりとは裏腹に、その表情には深い苦悩の影が去来していた。
「なぜ、気づいてやれなかったのか……」
今にして思えば、エンリコは不思議なやつだった。
優秀で生真面目で、といっても冗談も通じない程の堅物ではない。だけど、どこか人の間に一線を引いているようなところがあった。非番の日も一人で過ごすことが多かった。本当の彼を知っているものは、隊には誰もいなかったのではないかと、ヨハンはふと思い至った。
隊長の立場を考えれば、部下の中にスパイがいたことに気付かなかったことは不注意のそしりを免れないだろう。だからといって、隊長一人が責められるべきではないはずだ。
「そんなのはあなたのせいじゃない!隊長がいくら国だからって、神さまじゃないんだ、分からないことがあったって当たり前でしょう!」
本当の彼を知らないものはみなルートヴィッヒを鬼と呼ぶ。情け知らずの戦いの鬼と。だが本当はこんなことには向かない優しい人なのだ。いつも部下に厳しいのは誰も死なせたくないからだとヨハンは知っている。
 戦場で甘えは許されない。そこでは誰も助けてはくれないし、助けてもやれない。自分の身は自分で守るしかない。彼は誰よりもそのことをよく知っていた。敵に対して情け容赦ないのも同じ理由からだ。
「泣くな、ヨハン」
ルートヴィッヒの表情がふっと緩む。氷の色をした瞳が温かく溶けると、気付かないうちにヨハンの頬に流れていた涙を指で拭ってやった。
「おっ、俺はっ、泣いてなんか──」
「優しいな……お前は。俺の代わりに、泣いてくれるのか」
ヨハンはぐっと言葉に詰まると、子供のように頬を赤くして口元を歪めた。悔しいのか悲しいのか自分でも分からなかったが、涙がぽろぽろ零れて止まらない。
「だがもう泣かなくていい、全部終わったんだ。もう何も心配することはない、お前にも皆にも心配をかけたが……本当に済まなかった。だが俺はもうどこへも行かない、安心してくれ」
そう言うとルートヴィッヒは笑顔を見せた。それは会心の笑みというにふさわしい表情だ。
あの事件の後、隊長が心から笑うのを見たことは一度もなかった。それどころか常に必要以上に厳しい顔つきをするようになった。
自分たちに気を遣わせまいとしたのか、笑ったふりをすることはあったが、凍り付いた青い瞳は少しも笑っていなかったのを思い出す。
隊長は元々そんな堅苦しい人間ではなかった。自分たちの下らない冗談にも付き合ってくれたし、非番の時は一緒に酒を飲んで、羽目を外して楽しむことだってあった。
 あの時は全ての感情を押し殺して「鬼隊長」の仮面の下に隠していたのだろう。それを見る度に、ヨハンはまるで自分の事のように胸が苦しくなったのを思い出す。
だけど今は隊長にようやく本物の笑顔が戻ってきたのだ。
そんなヨハンの心に気がついているのか、いないのか、ルートヴィッヒは再び表情を引き締めた。
「もう自分を捨てて更新しようなどとは思わない。俺は、今の俺のままで、最後の最後まで責務をまっとうする。それが、俺のために死んだハンス達に──救えなかった全ての仲間たちにも報いる唯一の方法だと俺は信じている」
そういうとまた表情を和らげた。
「今まで済まなかった。お前にはずいぶん負担をかけてしまったな、辛かったろう。だが今日からはもう何も心配は要らない。俺がこうして戻って来れたのは、お前のおかげだ。これはお世辞でも何でもない。だから……もうそんなに自分を責めるな」
ヨハンの頬にまた涙が零れた。本当の俺は泣き虫なんかじゃない──そう思ってヨハンは歯を喰いしばった。
「俺なんか…何の役にも立てなくて……隊長に救ってもらった恩だってまだ返してないのに──」
「いいや、もう充分だとも。お前はそれ以上のことをしてくれたんだ。だから今は体を治すことだけを考えろ。元気になれ、一日も早く。そしてまた隊に戻って来い」
コホン、とルートヴィッヒはおもむろに咳払いをするとこう続けた。
「だがもし、お前がもう俺と一緒に戦うのは嫌だと言うなら、兄さんに頼んで、別の師団へ移してやってもいい」
「そ、そんなこと──」
「冗談に決まってんだろ、このバカ!なに本気にしてやがる」
「大佐!」
ヨハンが驚いて振り向くと、病室の入り口でにやにや笑うギルベルトが目に入った。
「兄さん、いつ戻って来たんだ?立ち聞きとは行儀が悪いな」
「ドアが開けっぱなしだったからな、外まで丸聞こえだったぞ」
ギルベルトはすました顔で答えた。
「一応ノックしたんだが、どうやらお前らには聞こえなかったようだな。それにしても──」
ルートヴィッヒを見て、またにやりと笑う。
「クソ面白くもない冗談をいうのは昔っからの悪いクセだな、ヴェスト」
「兄さんこそ何を言ってる、面白くもない冗談だ」
「はッ、よく言うぜ!こいつが心配だって戻って来て、親鳥みたいにそばを離れなかったのはどこのどいつだ?」
「……余計なことを言うんじゃない」
照れ隠しなのか、ルートヴィッヒは顔をしかめた。
「それにずっと付きっ切りだったわけでもない」
「そりゃそうだよな。ここは病院なのにお前はあまりに汚いって、追い出されたんだからな」
ルートヴィッヒの顔が赤くなった。
「それこそ余計なお世話だ、兄さんはいつも一言多すぎる」
「隊長、まさかそんな……俺なんかの為に申し訳ありませんッ!」
恐縮してあわてて起き上がろうとするヨハンを押し留めると、ルートヴィッヒは気にするな、と小声で言った。
「お前がこんなことになったのも、元はといえば俺が原因だからな。だが」
ルートヴィッヒはじろりと兄をにらんだ。
「兄さんもヨハンに謝ることがあるはずだ」
思いもかけず向けられた矛先にたじろぐでもなく、ギルベルトはすまして答えた。
「謝る?俺が?何を?──ああ、アレのことか!あの時は済まなかったなあ、ヨハンよ」
わざと大げさなジェスチャーを交えながら取ってつけたようにそう言うと、にやりと笑って小声で付け加えた。
「……続きはまた、今度な」
それを聞いた瞬間、今度はヨハンの顔に火がついた。
「兄さん!ふざけるんじゃない、俺は真面目に──」
「ああ、俺も、もちろん大真面目だとも。中途半端のままじゃ、こいつがかわいそうだからな」
ルートヴィッヒはまだ何か言いたげだったが、定時の検診だとかで看護師が入って来ると室内は急に慌ただしい雰囲気になり、別れのあいさつもそこそこに二人は病室を追い出されてしまった。
「顔が赤くなってますね、ヨハンさん。また熱がでたのかしら?脈も速くなってる。大変、早く先生を呼ばないと」
「い、いや大したことないです、大丈夫です」
かすれた声で言い訳をしてもあまり説得力はなく、看護師は慌てて担当医を呼びに行ってしまった。