ココロのほんのひとかけら
「―――お待たせ。もういいよ」
『ああ』
同じように今度は悪いけれど机を踏み台に、廊下へ。(流石に悪いので靴は脱いだけど)
行きと同じく半身に手を引かれながら、ふ、と顔を上げた階段の途中。
その踊り場には、行きには目に入らなかった、大きな姿見の鏡があることに気付いた。
薄闇の中に浮かぶ、僅かに右手を浮かせた自分の姿と目が合う。
通り過ぎた一瞬きりで、すぐ目を逸らしたけれど。
暗闇の中に一人きりの自分の姿。
一人きり、だ。
…その画はしっかりと頭に残った。
右手に目線を落とし、そこから重ねられるように触れている手を、腕を辿る。
視線に気付いたのか、彼は振り返って問い掛けてきた。
『どうした?相棒』
間違いなく自分の前にあるその姿を目で追って、一つ、安堵したように息を付く。
それから喉元まで出かかった言葉を無理矢理飲み込んで、淡く笑ってみせた。
この薄闇で、キミに表情が判らなければいい。そう思いながら。
「…何でもないよ。帰ろう?もう一人のボク」
今度は最初、キミが自転車こいでね。
甘えてるかなぁ、と自分でも思いながら、そうお願いしてみると、彼は今度も何も聞かずに、ゆるりと笑った。
『じゃ、交替だな』
目を閉じて、耳を澄ますように。
自分の中に深く潜るように。
意識を沈ませるような感じと、すぐ傍らをするりと何かがすり抜けて、浮上していくようなそんな感覚と。
…次に目を開けた時には、真っ直ぐにこちらを見上げている赤い瞳とかち合った。
心の奥まで見透かされるような酷く強い光を宿すもう一人の遊戯の紅は、こんな夜でもなお鮮やかで。
引き込まれるような確かな力を感じて、遊戯は無意識に息を詰めた。
実際は、ほんの僅かな時間でしかなかったかもしれない。
視線をそらせないまま、どのくらいの時間が経ったのかは判らないが。
ふ、ともう一人の遊戯の気配が緩む。
視線を合わせたまま、静かに。花が開くような透明な笑みを浮かべて、小さく、彼は呟いた。
「・・・キレイだな」
さっき、どうしてお前がそんな事を言ったのか、よく判った。
金色だ。――――そう言って。綺麗に笑って、言葉をくれた。
コトン、と。
心の何処かで、何かが倒れるような音が。
作品名:ココロのほんのひとかけら 作家名:みとなんこ@紺