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長き戦いの果てに…(改訂版)【1】※年齢制限なしver

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 一人の犠牲を気にするな、より多くの部下の命を守れ、そして可能な限り一人でも多くの敵を倒せ。甘ったれた感情は要らない。むしろ邪魔だ。戦場で必要なものはどんな時でも冷静な判断を下せる強い精神力と冷静な判断力だ。冷酷だ悪魔だと罵られても上に立つ者に心は要らない、生き延びるために鬼になれと。
 冷静な自分の声が心の中で「そいつの回収は無理だ、死人など放っておいて早く離脱しろ」と叫ぶのが聞こえる。
 ハンスは穴のあいた血袋となって地べたに転がっていた。

「俺は馬鹿だった。死人はそれ以上死にはしないのに」
 ルートヴィッヒは自嘲の笑いを洩らす。
「あの状態でハンスが助かる可能性なんかこれっぽっちもなかった。なのに俺は迷った。退却の指示が遅れたせいで死ななくていい多くの部下が死んだ。
俺が……殺したんだ」
彼自身もその際に重傷を負った。部下の手で辛くも救い出されたことを知ったのは、ようやく意識を取り戻した三日後のことだった。
「建物が爆破された時に飛んできた金属の破片が心臓の近くに突き刺さったらしい。俺は三日三晩生死の境をさまよった」
 青い瞳から涙が溢れて頬に滴り落ちた。
「いっそあの時死んだ方が良かった。俺は馬鹿だった、兄さんの教えも守れず、部下の裏切りも見抜けないなんて……何が隊長だ、聞いてあきれる間抜け野郎だ!」
「やめてください!」
ローデリヒは思わずルートヴィッヒを抱きしめて叫んだ。
「そんなに自分を責めないで……もう済んだ事です」
「そう、全て済んだ事だな……ハンスもアルノーもテオももう戻って来ない」
 ルートヴィッヒは自嘲した。虚ろな目つき。顔には後悔の影が差していた。
「みんな死んだ。俺が殺した。俺が馬鹿だったからだ」
ルートヴィッヒは暗い記憶の闇に立ち尽くしていた。
「みんな……ただの人間だから、二度と戻っては来られない。俺と違って……」
ローデリヒは不安に駆られた。
「何が言いたいんですか、ルート」
「そう……みんな……ただの、人間だから……」
聞いているのか、いないのか。彼の口からは同じ言葉が繰り返される。
「あなたのせいじゃありません、これは戦争なんです。人間なら誰だって過ちを犯す。それは責められるべきではありません」
 ローデリヒはルートヴィッヒを抱きしめ叫んだ。
これまで幾度となく見てきた戦いの凄惨な場面が脳裏に浮かぶ。
大切な人、大切な仲間、大切な部下、無辜の民が次々と命を落とす姿。充満する血と鉄と火薬の臭い。
「戦争はあなた一人が責任を負うものじゃありません。それ以上自分を傷つけないで」
 自分が口にしている言葉の虚しさは分かっていた。それが何の役に立つ?それでも言わずにはいられない。ただ彼を守りたかった。
だがルートヴィッヒはこちらを見向きもせず、虚ろな瞳で天井に向かって話し続ける。
「俺たちはなぜ、国の化身として生まれてきたんだろうな……限られた寿命でもいい、ただの人間に生まれて来たかった。
ハンス……アルノー…テオ……済まない。お前たちは死ぬ必要などなかったんだ。俺が死ねば良かった」
 それだけ言うと、ルートヴィッヒは再び思いに沈むように瞼を閉じた。憔悴しきった表情にローデリヒは何と言っていいか分からなかった。
 今回彼がミスを犯したのは確かだ。
気の毒だが珍しい事ではないし、部下の凄惨な死も初めて目撃したわけでもないだろう。それが今になって突然どうしたと言うのか。
これまでどんな悲惨な戦場でも冷静さを失ったことがない、どんな時でも冷徹な指揮を執ってきた彼なのに。常に最前線に立ち、恐れを知らぬ戦いの鬼、悪魔と呼ばれ味方にさえ恐れられてきた彼が、初めて本物の戦場を目にした新兵のような事を口走るなんて。
 ローデリヒにしても、ただの人間に生まれれば良かったと思った事が一度もないとは言わない。だが彼が今になってそんな弱音を吐くなんて。
「……俺は今まで死が怖いと思ったことなど、本当に一度もなかったんだ」
 彼が口にした言葉が、古い記憶の中を彷徨っていたローデリヒをいきなり現実に引き戻した。
「ルート……?」
 憔悴しきった表情は変わりないが、青い瞳にはわずかに理性の光が戻ったようにも見える。だがローデリヒに安堵感はなかった。
「たとえこの肉体が死んだとしても、俺たちは国家のある限り何度でも戻って来ることができるだろう。記憶はこの国の歴史そのものだから、消えたりする事もないはずだ」
「ルート、あなた一体何を──?」
 聞いていないのか、それとも聞こえない振りをしているのか。
「だが俺は生まれて初めて死が恐ろしいと思った。本物の死の淵を覗いたんだ。普通の人間の言う『死』の意味を初めて知った。これまで俺は何も分かっていなかったんだ。死とは何だ?何を意味する?俺が見たのは暗闇、終わり、絶望だった。人間はそこへ落ちたら二度と帰っては来られない。だが俺は……」
 ルートヴィッヒは先程までの虚ろな目つきから一転して、今度は何か必死で考えているような表情になった。
「俺は……これまで自分が一人の人間だなどと考えたこともなかった」
その言葉にローデリヒははっとした。
「自分は民を守る剣であり、盾だ。この国を繁栄に導く為に生まれて来た。そのことを疑問に思った事などこれまで一度もなかった」
 ローデリヒの事も忘れたのか、ひとり言は淡々と続く。
「だから死は恐ろしくなかった。俺たちはたとえ死んでも、またすぐに戻って来ることができる。そしてまた戦う事ができる。国が滅びてしまえばもちろんそれまでだが、その時は俺の役割も終わる。俺の気持ちや心など意味はないし、戦場ではむしろ邪魔ですらある。だから俺は自分の役割を果たしさえすればいいのだと思っていたし、生きる事にそれ以外上の意味などないと思っていた」
ルートヴィッヒは一気にそうまくし立てた。
何を言おうとしているのかローデリヒが量りかねていると、彼は突然こちらを見た。先ほどとは人が変わったように青い瞳は底知れぬ淵に変わり、何やら達観したような表情にも見える。
「一度死んで再生した時、俺たちは同じ人間と言えるのか?魂というのか、心というのか、個人的な経験や記憶はどうなる?元のままでいられるのか?
もしそうではないとしたら……一人の人間としては死んだ、と言うべきではないのか」