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長き戦いの果てに…(改訂版)【1】※年齢制限なしver

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 首筋をつかんだ指に力が込められ、徐々に喉に食い込んでくる。息が苦しい……だんだん気が遠くなる。
「あなたが……望むなら、私は何だって…惜しくは……でも、こんな…こと……何にも、な……らな……」
 ローデリヒの目に涙が溢れた。
 こんなことをさせてはいけない、そう思ったがもう力が入らなかった。

「何やってんだ!」
 怒号と共にリビングのドアが叩き付けるように開かれた。
ギルベルトは部屋に飛び込むとローデリヒを助けようとした。だが怒鳴りつけても反応はなく、力付くで引き剥がそうとしてもビクともしない。
「クソッ、何て力だ!」
 横面に強烈な平手打ちを喰らわせると、ようやく首を絞める手がゆるんだ。
「どけっ!」
 呆然とするルートヴィッヒを肩で押し除けると、ギルベルトは息も絶え絶えのローデリヒを助けに掛かった。
「おい、大丈夫か坊ちゃん!」
「ええ、な、何とか……」
 ローデリヒは起き上がれず、青い顔をして咳込んだ。
「ギル……なぜあなたがここに?」
「なぜだと?何のんきなことを!お前、殺されるトコだったんだぞ!」
 ギルベルトは振り向きざまに弟をきつく睨みつけた。
「おい、ヴェスト!お前何のつもりだ?いくら腐れ坊ちゃんだからって殺していいって事にはならねぇぜ」
「に、兄さん、お……俺は……そんな……」
 ルートヴィッヒは周章狼狽して歯の根も合わないほど震えていた。
「何となく胸騒ぎがして帰って来てみればこのザマだ!詳しく説明してもらおうか、ルートヴィッヒ」
 ギルベルトは自分より遙かに大柄な弟の肩をつかんで詰め寄ったが、ルートヴィッヒはどちらが殺されそうになったのか分からない程青ざめて視線を彷徨わせるばかりでまともに返事もできずにいた。
「……ま、待って下さい、ギル」
 ようやく顔に赤みがさしてきたローデリヒがギルベルトを制止した。
「何だと?殺されるところだったのはお前──」
 紫色の瞳が普段見せないような光を放ち、深紅の瞳に真っ正面から対峙した。ギルベルトは言いかけた言葉を途中で飲み込んだ。
 しばしの沈黙の後、ローデリヒはコホンとわざとらしく咳払いをして、おもむろに口を開いた。
「大変言いにくいのですが──これは、ある種のプレイなんです」
ふざけているとしか思えない言葉とは裏腹に、目線は小揺るぎもせずギルベルトを見返している。これ以上追い詰めないで欲しい、ローデリヒは目で訴えていた。
「……はあ?…プレイだと?……昼間っからか」
 ギルベルトは虚を突かれたが、すぐにわざとらしい仕草まで付け加えて素っ頓狂な声を出して見せた。
「ですから最初に申し上げたでしょう、大変言いにくいと。私が彼にお願いしたんです、一度試してみたいと」
 どう見ても嘘としか思えない言いわけをしてまでなぜ庇うのか、ギルベルトは理解に苦しんだ。いくら恋人と言っても、本気で殺しにかかって来たのに……
とにかく何らかの罰を与えない訳にはいかないが、どうやら今すぐというわけにはいかないようだ。
──そこまで言うからには何か訳があるんだろうな、この腐れ坊ちゃん!
ギルベルトは心の中で毒づいたが、口に出したのはありきたりな文句だった。
「……ふん、人騒がせにも程があるぜ。今度は暗くなってから、てめえの部屋でやるんだな」
「ええ、そういたしましょう」
 澄ました顔で答えるローデリヒの横をすり抜けながら、ギルベルトは小声で鋭く囁いた。
「今度詳しく聞かしてもらうぜ!」
ローデリヒは黙って頷いた。
 
 ドアが閉まったのを確かめると、ローデリヒはルートヴィッヒに声を掛けた。
「大丈夫ですか、ルート?」
 ルートヴィッヒは先ほど兄に突き飛ばされたままで床にへたり込んでいた。
青ざめて歯の根も合わない程がたがた震えている。誰が被害者なのか分からない様は何とも皮肉だった。
「す……まない、ロ…デリヒ……そ、んな…つもりじゃ、なかった……」
 やっとのことで呟くようにそう答えた。
「いいんですよ、ルート……私には分かっています」
 ローデリヒは彼の前にしゃがむと額にそっとキスをした。
「……仕方がなかったんです。あなたはこんなことをしたくてした訳じゃありません……私には分かっていますとも」
 ルートヴィッヒが落ち着くのを待って、ローデリヒは立ち上がった。
「立てますか、ルート。私の部屋へ行きましょう。ここは離れた方がいい」
「……ああ」
 ルートヴィッヒはよろめきながら立ち上がった。俯いたまま目を合わせようともしない。ローデリヒは抱きかかえるようにして自室へと導いた。
ギルベルトはどうやらまた出かけたらしい。
屋敷の中はしんと静まり返っており、廊下に二人の足音だけが響いた。
 彼を先に部屋へ入れそっとドアを閉じると、突然ルートヴィッヒが抱きついてきた。
「さっきはすまなかった、あんな事をするつもりじゃなかったんだ!本当だ!気がついたらああなっていて……兄さんに殴られるまで自分が何をしているのか全く分からなくて……お前を……手に掛けようだなんて……そんな……どうして……」
 ルートヴィッヒは狼狽えて子供のように泣きながらローデリヒを抱きしめた。
「ま、待って下さいルート、苦しいですよ。少し……ゆるめて下さい」
 抱きしめると言うよりまるで締め上げられているようで、思わずそんな言葉が口をついて出た。
「イヤだ、離したくない!俺を……捨てないでくれ、頼む──」
「そんなことあるはずないでしょう。あなたを愛しているんですよ。何があっても私はあなただけのものです」
 こんなに大きな体をしているのにまるで子供のよう──この男が心の底から愛しく、哀れでもあった。
 国としてはもう立派に一人前。とうてい子供と言うには当たらないが、長い歴史を持つギルベルトや自分と比べれば、まだうんと若い。生まれたばかりと言ってもいいくらいだ。この人は急速に成長する自分に付いて行けないでいるのかもしれない。
「大丈夫です、落ち着いて……私はここにいますよ」
 幼い子供をあやすように、ローデリヒは彼の背をさすって落ち着かせようとした。 きつい抱擁が突然解けると、今度は息付く間もなく貪るようなキスが降ってきた。
「ん……ッ、ま…って、ルート……どうしたんですか?」
「本当に捨てないなら、今ここでその証を見せてくれ、今すぐだ!」
「待って、まだ昼間ですよ」
 無駄とは思ったが、一応そう言ってみた。
 衣服を引きちぎられてはかなわない。ローデリヒは急いで着ているものを脱ぎにかかった。

 ルートヴィッヒはどうして良いか分からなかった。他にどうすることもできなかった。今は休暇中だ、どこで何をするのも自由だとは言え、本当は昼間からこんなことがしたかった訳ではない。日の高い内からこんなことをする人間の気が知れないとばかり思っていた。まさか自分がそれを求める日が来るなんて……
 何も考えられなかった。ローデリヒを抱きしめていないと、足元に開いた暗闇に飲み込まれてしまう気がした。彼と共にある間だけは正気を保っていられた。忍び寄る闇から、足元が崩れ落ちるような恐怖から、逃れることができた。