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無未河 大智/TTjr
無未河 大智/TTjr
novelistID. 26082
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D.C.IIIwith4.W.D.

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「悪い、ちょっと俺が取り乱してしまってな」
 正直に話す。こればっかりは隠しても仕方ない。
「私もすべてを把握しているわけではありません。ですが、原因はこれでしょう、ユーリさん?」
 すかさずエリザベスがフォローしてくれる。
 その指差す先には、清隆から預かった魔導書があった。
「あっ……」
 まったく、察しのいい夫婦だ。どうやら俺の言いたかったこと、理解したことがわかったらしい。
「……まあ、そういうことだ。ただ、今の俺はまともに話せるような状態じゃない」
「そうでしょうね」
 うつむき気味の清隆をフォローしながら、リッカが返事をする。
「だから、改めてちゃんと話す。それと、頼みがある」
「何よ」
「姫乃を呼んでほしい。あいつにもちゃんと話してやらないと」
 掛けた眼鏡を外しながら、俺はリッカを見据えた。同時に顔を上げた清隆にも目線を向ける。
 恐らく俺の眼差しは真剣そのものだったのだろう。
 少しの間の後。
「分かりました、俺から連絡してみます。姫乃がこちらに来れるかどうか」
「悪いが、頼む」
「はい」
 清隆は細い声で俺に返事した。そしてリッカに連れられ、自宅へと戻っていった。
「悪いなエリー、世話になってしまって」
「いいえ、ロンドンにいた頃から貴方のフォローにはお世話になっていました。これくらいどうということはありません」
 恐らく、周囲に何らかの魔法をかけて騒ぎが起きないようにしてくれていたのだろう。
 リッカ達以外が騒ぎ立てている様な声が聞こえてこないのはありがたかった。
「今日はもう休んでください。いろいろ思うところはあるでしょうけど」
「ああ、そうする」
 エリーはそれだけ言い残すと俺の部屋から去っていった。
 俺は座椅子に腰を落とし俯く。
 ……参ったな。こんなに参ってしまうとは。
 だが、こう引き摺ってばかりいるわけではない。
 清隆に頼まれたのは、この魔導書の解読。その結果を伝えるまでが、任務だ。俺はそれを成し遂げなければならない。
 それがどんなに残酷な真実でも。



     ◆     ◆     ◆



 一週間後。
 俺は芳野家の客間にいた。
 俺の隣には清隆。机の角を挟んで清隆の隣にエリザベスが。そして俺の正面にはリッカ。
「改めて、お久しぶりです。兄さん、皆さん」
 その隣には姫乃がいた。
 葛木姫乃。
 清隆の義理の妹であり、現在の葛木のお役目の継承者。自らを正義の魔法使いと名乗り、"鬼"と呼ばれる力を体に宿す魔法使い。
「ああ、久し振りだな姫乃。元気にしてたか?」
「いつも手紙を送っているじゃないですか。ちゃんと読んでいないんですか?」
「そんなわけないだろ。けど、近況報告はあんまりしないじゃないか」
「あー……。確かに」
 どこか遠い目をする姫乃。
 まったく、この兄妹の会話は面白いな
 ……と、そんなことを考えているわけにはいかんか。
「すまん、姫乃。お呼び立てして済まない。体調は大丈夫か?」
「はい。今はまだ」
 実は姫乃は、すでに結婚している。どうやら見合いで結婚して、婿を迎えたようだ。見合いって言うのは、清隆からの伝聞だが。
 ただ、見合いが事実ならそれはつまり。
「そうか、それならよかったよ」
 彼女が恋を捨てたということ。
 俺はこのやりきれない思いを胸に隠し、目の前の姫乃に顔を向けた。
 そして本題に入る。
「……清隆から聞いていると思うが、俺はとある魔導書の解読を進めていた」
「はい。呪いを打ち消すことに関する魔導書、ですよね」
「ああ、そうだ」
 理解が早くて助かる。
「で、それがやっと解読できた。その結果を伝える為に姫乃を呼ばせてもらった。ここまではいいか?」
「はい」
 静かに頷く姫乃。
 どうやら清隆はしっかりと伝えてくれていたらしい。
 これは清隆には感謝だな。
「じゃあ本題に入る。勿論この本の事だ」
 俺は目の前に清隆から預かった魔導書を取り出し、話を進めた。
「この魔導書に書かれていたのは、<逆転の魔法>と呼ばれるものだ。確かに、最初に清隆から預かったときに聞いた通り、呪いみたいな魔法的異常を取り除く為の魔法や、その為の儀式に関することが書かれていた」
「じゃあ、俺の見立ては間違っていなかったってことですね」
「ああ」
 俺は頷いた。だが真実を話してやらないといけない。
 俺は改めて周囲を見回し、口を開いた。
「単刀直入に言おう。この<逆転の魔法>では、姫乃の"鬼"の力を取り除くことは出来ない」
 絶句。いや、この前の俺の反応を見ていただけあって、覚悟はしていただろう。それでも言葉が見当たらないといった様子だった。
「どういうことなのでしょうか、ユーリさん。その<逆転の魔法>を使えば、魔法的異常を取り除けるんじゃないんですか?」
 当人たる姫乃が聞く。
「勿論。けど、これを使うには条件がある」
「条件、ですか?」
「ああ。それは、掛かっている異常が正当なものかどうかだ」
「正当なもの?」
「例えば、俺の体に掛かっている禁呪、<最後の贈り物>。これは正真正銘の禁呪であって、完全に負の想いの力から成るものだ。こういった呪いであれば、この儀式を行うことで打ち消すことが出来る。だが、問題は葛木家の"鬼"の力だ」
「……あっ」
 ハッとしたような顔をして声を漏らした清隆。どうやら、自力で葛木家の呪いを研究していた清隆は気づいたらしい。
 俺は頷き、話を続けた。
「葛木の"鬼"の力は、由緒正しく受け継がれる正の力だ。力が強すぎて術者を蝕むという欠点を除いてな。だから、正の魔力の塊である"鬼"の力をこの儀式で打ち消すことは不可能なんだ」
 大雑把に、だがわかりやすく。俺はそれだけを注意して説明した。
 これが、清隆から預かった魔導書に書かれていたことだった。
「だから姫乃を"鬼"の力から解放することは出来ないということね」
「そういうことになる。すまない清隆、姫乃。期待に添えなくて……」
 目の前の茶に口を付け、一息。
 解読し終えた時から胸に留まり続けたこの思いは消えない。だが吐き出したおかげで幾分かはマシになった。
 それでも清隆と姫乃に与えた影響は計り知れないだろう。
「そう……ですか……」
 事実、目の前の姫乃は俯き加減で言葉を紡いでいた。同じく清隆も言葉を失っていたようだ。
「……ありがとうございます、ユーリさん。私の為に、時間をかけてこの魔導書を解読してくださって」
 しかし数瞬の後、姫乃は顔を上げて言葉を口にしていた。
「兄さんから逐一話は伺っています。こちらにいらしてからずっと、この魔導書の解読を行っていただいていたんですよね」
「それは、そうだが……」
「結果が振るわなかったことは、確かに残念です。しかしこの魔導書があれば、救える命があるのではないでしょうか。貴方みたいに」
 俺はハッとする。
 なるほど、確かに。この魔導書があれば、俺のように禁呪で苦しむ魔法使いを救えるかもしれない。カレンのように、望まぬ形で禁呪に犯された魔法使いを救えるかもしれない。
 姫乃の言葉にはそういう意味が込められていたのだろう。
 彼女はおもむろに立ち上がり、頭を下げた。
作品名:D.C.IIIwith4.W.D. 作家名:無未河 大智/TTjr