D.C.IIIwith4.W.D.
After da capo[III]:The"HATSUNE" Island 俺の、彼の、彼女の記憶[前編]
「……なんともまあ、退屈のしないこと」
清隆から預かっている魔導書とにらめっこしながら、大好きなダージリンを一口。
この島、初音島に引っ越してきて、この本を預かってから5年ほど経った。
相変わらず解読作業は難航し、自分の後ろには丸めた紙が山のように……。
「ちょっとユーリ。退屈しないとか言うのはいいけど、ちょっとは片づけなさいよ」
声のする方へ顔を向ける。そこには腕組みして、若干ひきつった笑顔を顔面に張り付けた金髪の女性が仁王立ちしていた。
「よー、リッカ。悪いな、散らかしっぱなしで」
彼女は芳野リッカ。
イギリスにいた頃からの旧い旧い友人の一人で、カテゴリー5の<孤高のカトレア>と呼ばれる大魔法使い。旧姓グリーンウッド、今は結婚し姓を改めている。
そういえば、少し大人びて見えるな。いや、風見鶏時代に清隆と交際するにあたって加齢を抑制する魔法を解いたから当然か。
俺は首を鳴らしながら立ち上がり、散らかしてしまった紙切れを拾いゴミ箱へ放り込む。それを見てリッカも周りのゴミを拾う。
「ん、悪いな」
「今更でしょ。……それで、進んでるの?」
「いや、今日はダメだな。集中はできてたけど、正解には辿り着けてない」
嘘は言わない。それは頼まれた清隆や、今も力に苦しむ姫乃の為にならないからな。
「そう……。でも、いくら葛木のお役目のことがかかってるからって、焦っちゃだめよ」
「それはわかってるんだけどなぁ……」
……そう。
清隆から頼まれたこの魔導書の解読。もしかしたらこれが、葛木の家に受け継がれる力を何とかできるかもしれない。それに、今まさに俺にかかっている<最後の贈り物(ラスト・クリスマス)>を解呪するヒントに繋がるかもしれないとあり、俺は必死で解読作業を急いでいた。一応、今のお役目を継ぐ姫乃に与えられた時間がないわけではないとはいえ、時間は有限だ。出来れば姫乃の代ですべてを終わらせてやりたい。これは俺を含め、関係者全員の悲願でもあった。
「あんたでも、この本1冊を解読するのにこんなに時間がかかるなんてね」
「ああ、俺もびっくりだ。今まで色んな国の魔導書なりを解読してきたが、ここまで難航してるのは初めてだよ」
「そうよねぇ……」
俺とリッカは嘆息する。
リッカも姫乃を実の妹のように接している。当然と言えば当然か。
「……まあ、ここでこうして唸ってても仕方ない。晩飯に呼びに来たんだろう?」
「あ、あーそうだったわね」
さてはリッカ、忘れてたな?
「さて、早く行くわよ!今日は清隆が腕によりをかけて作ってくれてるんだから!リズも先に行ってるわよ!」
あ、ごまかした。
俺は小さく溜息を吐き。
「まあ、飯が冷めたら作ってくれた人に申し訳ないわな」
そう言いながら隣の家へと向かうのだった。
◆ ◆ ◆
なんてことのない日常が終わりを告げることがある。
その警鐘は本当に突然で。予想のできないところから飛んでくることがあって。それ故に悩むこともあって。
「かったるいなぁ……」
とある日の昼過ぎ。
ポストに何かが放り込まれる音と自転車の走り去る音を確認し、何が来たかと確認しに玄関へ。
隣の家なら別に構わんが、自分の家ならそこそこ問題だ。故に、面倒くさくても確認しなくてはいけない大事な事象であって。
俺は外に出てポストの中身を確認する。
「……手紙」
しかも赤と青で縁取られたこの封筒と言えば。
「エアメール……。いやまさかな……」
心当たりがないわけではない。
というか、わざわざ俺達の家にエアメールを寄越すなんて心当たりは一つしかなくて。
「そこはかとなく嫌な予感がする」
魔法使い特有の勘というか、そもそもの心当たりから推察される事象というか。ぽつりと口に出されたそれは、どうやら事実だったらしく。
裏面に記載された差出人を確認すると。
「……王立ロンドン魔法学校、ルイス・ローランド」
そこには風見鶏の副学園長の名前が記載されていた。
「……というわけで」
その日の夜。
俺とエリザベスは清隆達の家にお邪魔していた。夕食を一緒にしながら、昼間にあったことを話す為に。
「こんな手紙が届いたわけなんだが」
その中身はこうだった。
風見鶏の運営するにあたって、暫定的にルイスは学園長の椅子に座っていた。しかしその仕事量は自分の手に負えず。前任者であるエリザベスに戻ってきてほしい。それで、あわよくば俺にも教師という形で赴任してほしいという内容だった。
「ああ、それならうちにも届いたわよ」
そこまで説明して、口を開いたのはリッカ。
同じようなエアメールの封筒を取り出し、俺達の目の前に出してきた。
中身を確認するまでもないだろう。だって――。
「私にも風見鶏に教師として赴任してほしいって」
「ああ、やっぱりか」
薄々感づいてはいたが、そういうことらしい。
しかし俺とリッカまで揃って風見鶏へ召集されようとは。
「でも、なんでリッカとユーリさんが?エリザベスさんはわかりますけど……」
そう言って頬杖をつくのは芳野清隆。
カテゴリー4の夢見の魔法使いであり、リッカの旦那。旧家の魔法使いで、代々魔法使いの監視のお役目を担ってきた葛木家の養子であり、今は葛木の家を出てリッカを娶っていた。
「清隆、あなた本当にわからないの?」
「うん。わからないんだけど……」
茶碗を手に持ち、器用に箸で白米を食すリッカが清隆を呆れた目で見る。
いや、当然と言えば当然かもしれない。
「清隆よ、俺とリッカの共通点と言えばなんだ」
「え、えーっと……」
清隆は腕組みをして考える素振りを見せる。
しかし数瞬の後。
「すみません、ギブアップです」
俺とリッカはほぼ同時に嘆息する。
「清隆さん。"灯台下暗し"ではなくて?」
そう話すのはエリザベス。
元王立ロンドン魔法学校の学園長であり、先代のイギリス女王。そして現在は俺の同居人である。
「えっ、灯台下暗しですか……?」
そう言って清隆はさらに眉間に皺を寄せる。その様子を見てエリザベスはくすくすと笑っていた。
相変わらず人が悪い。そろそろ助け舟を出してやるか。
「清隆、俺とリッカはどこ出身だ?」
「えっと、イギリスですよね」
「そうだな」
俺はうんうんと頷く。それを見たリッカは同じように。
「で、私とユーリには魔法使いとしての共通点があるでしょ?」
「魔法使いとしての共通点……カテゴリー5……あっ!」
ようやく気付いたらしい。
そう。
リッカと俺――ユーリ・スタヴフィードは共にカテゴリー5。俺は<失った魔術師(ロスト・ウィザード)>と別に有り難くもない通り名を頂戴している。
それはさておき。
「イギリス王室としては、自国出身の優秀な魔法使いである二人を抱え込んでおきたい……と」
「そういうこと」
俺とリッカは同時に頷く。
おそらくそう遠くは外れていないはずだ。
それはリッカも同じように考えているようで。
「まあ、王室や政府の考えはわかるんだけどね」
リッカは額に手を当てて悩んでいた。
「でも流石にリッカはここを離れるつもりはないだろう?」
作品名:D.C.IIIwith4.W.D. 作家名:無未河 大智/TTjr