D.C.IIIwith4.W.D.
「もちろん。かったるいし、それにあなたはともかく家族を置いて行ったり連れて行くなんて考えないわよ」
「だよなぁ……」
さりげなく俺をディスった件についてはともかく。
「どうした清隆。あからさまにほっとしたような顔をして」
――ギクリ。
そんな声が聞こえたような気がした。
「そりゃ、リッカが行くというならついていきますけど……」
「けど?何よ」
「……俺だって、この島から離れたくないよ。せっかく家族と一緒に暮らしているんだから」
そう言って清隆は、隣に座る長女の頭を撫でる。
一連の話を不安そうに聞いていたが、リッカの答えを聞いてその顔には笑顔が咲いている。
「まあ、そうだよな」
家族……か……。俺には無縁の存在になってしまったわけだしな。
今はここにいる芳野一家とエリザベスが家族と呼んで差し支えない存在だ。こうして週に一回夕食に呼んでもらえる程度には。
「じゃあリッカは戻らないって返事するんだな」
「そうね。それで、エリザベスはどうするの?」
話を振られる元女王。彼女もいつの間にか器用に箸を使うようになっている。
いや今はそんなことはどうでもいい。
「私は戻ろうと思うわ」
「その心は?」
俺はエリザベスに聞いた。
「私の勝手で国を離れて、それで国民が困っているのでしょう?なら戻るのが筋です」
だろうなぁ。
いくら周りを振り回すといっても、筋はきちんと通す奴だ。こういうのはある意味予定調和であり。
「ただ、さすがに王位は譲ってしまっているので、基本は学園の運営と、現クイーンを裏から支えることになりそうですが」
「まあ、そうだろうなぁ」
エリザベスがこういうのは当たり前だった。
「で、よ」
リッカは箸と茶碗を食卓に置き、俺を芯から見据える。
「なんだよリッカ。改まって」
「あなたはどうするのよ」
「俺?」
「そうよ。この話に関係あるの、私とエリザベスだけじゃないでしょ?」
そんなことはわかっている。
ただ……。
「……少し考えさせてくれ。自分でもどうしたらいいのかわかんない」
「……ハァ」
溜息を吐かれた。
俺の目の前に座る妙齢の女性は、頬杖を突き。
「ほんと、あなたって昔から変わらないのね」
旧友らしく、そんなことを言ってのけるのだった。
「そんな急に変わるわけないだろ。昔からこういう人間なんだから」
俺も短く溜息を吐いた。そして一言。
「とりあえず、頬杖突くのはやめようか。行儀が悪い」
食卓でのマナーを口出しするのだった。
◆ ◆ ◆
夕食後。
「お邪魔しますよ、ユーリさん」
ノック3回。
相変わらず律儀な奴だ。
「ああ、入ってくれ、清隆」
俺は敢えて扉に顔を向けることはせず、声の主へ入室を促した。扉の開く音と閉じる音が聞こえ、彼が中へ入ってきたことを知覚する。
「で、何の用だ」
俺は本を閉じると、改めて入ってきた奴へ顔を向けた。
「まあ、少し休憩でもどうですか?こちらがお願いしてる立場ではありますが、あまり根を詰めすぎるのはどうかと」
そこにはカップを二つお盆に載せて持った清隆がいた。
香りから察するに、両方コーヒーなのだろう。癖のある香りが漂ってくる。
「ああ、そうだな。せっかく清隆が淹れてくれたんだ。頂くとしよう」
俺は清隆からカップを預かると、すぐに口を付けた。
コーヒーは嫌いじゃない。程好い苦みと香りが俺を目覚めさせてくれる。特にこういう集中する作業をしている時は重宝する。紅茶よりも優先して。
「進捗はどうですか?」
「全然だ。お前たちには申し訳ないけどな」
「そうですか……。やはりユーリさんでも一筋縄では」
「まったくだな。禁呪の専門家が聞いて呆れる」
「それ、皮肉ですか?」
苦笑交じりに清隆が聞く。
「そうだな。あまつさえ禁呪に手を出して、それからいやというほど禁呪に関して調べまくって、数多くの魔導書を解読してきたはずなのに、な」
言葉を区切って再度カップに口をつける。デスクワークで固まった体にコーヒーが沁みる。
「やっぱり、日本語というのがネックなのでしょうか」
「いやそこは関係ないな。書いてある文章は、言葉も文法も、何もかもがてんでバラバラ。こいつを一朝一夕で解読しようとすると別の何かになってしまうから、時間をかけるのは間違ってない。ただ……」
そこまで話して、ハッとする。目の前の清隆の表情だ。何でもない風に装っている。しかし一瞬眉間に皺が寄ったことがわからない俺ではない。
一体何年の付き合いだと思っているんだか。
「……ただ、時間がないのはわかっている。出来れば姫乃の代で終わらせてやりたいもんな」
葛木姫乃。
清隆の義理の妹だ。葛木の家を出て元の姓を名乗っている今でも関係は良好らしく、偶に遊びに来たり季節の贈り物を寄越したりする。それは俺に対しても同じなのだが、家族ということもありそれは顕著だ。
「そうですね……」
清隆が俯く。
当然と言えば当然か。清隆が初音島で親を失い、親戚の家を転々としていた時に引き取られた葛木家。その一人娘であり。同時に葛木家のお役目の継承者。風見鶏を卒業して日本に戻ってきたと同時に、力を封じ込めていた依り代が限界を迎え、その力が姫乃の中に宿った。
……と聞いている。
すなわち、姫乃にタイムリミットが与えられたということ。
魔法とは思いの力だ。それは恋をすると、その為に思いの力のリソースを使ってしまい、次第に魔法が使えなくなってしまうということでもある。恋が愛に変わり、子を成して愛する対象が増えたりすることでそれに割かれるリソースが増えることで反比例的に魔法が使えなくなってしまう。
それが問題であって。
"鬼"と呼ばれるその力は、依り代とする術者に莫大な力を与える代わりに、徐々にその体を蝕んでいく。恋をしたり、愛する者が増えたりするとなおさらだ。抑え込む為に思いの力――魔力を使うのに、それが減ってしまうと加速度的に体を蝕む速度は増えていく。それが今葛木家の、清隆達の抱えている問題だった。
「これこそ皮肉だよな。恋をしないと子孫繁栄が出来ないっていうのに、恋をすると魔法が使えなくなるなんて」
魔法使いの力は血が物を言う。科学的に言えば、遺伝といったところか。そんな感じで魔法は受け継がれていく。
しかしそれを成そうと思うと、恋や愛というものは必須であって。
いや、必ずしも必要ではないが。
「これまでそのせいで、葛木の娘たちが何人も涙を呑んできました。母さんだってそうです。俺はそれをここで断ち切りたい。姫乃にはそんな涙を流してほしくないんです。これは亡き父さんも同じ思いでした」
葛木の御屋形様――正確には代理だが――は俺とエリザベスが初音島へ訪れたとほぼ同時期に亡くなっている。これは姫乃から連絡を受けて清隆達と共に看取ったのだからよく覚えている。
最期は穏やかだったが、それでも葛木の宿命については晩年も悔やんでいた。
清隆はその想いを継ぎ、こうして俺を頼ってくれているのだ。俺はそれに応える義務がある。それが俺の手に持つ魔導書として形になっている。
作品名:D.C.IIIwith4.W.D. 作家名:無未河 大智/TTjr