D.C.IIIwith4.W.D.
今年も、いや今日もしっかりとその花弁を自慢するかのように咲き誇っていた。
「こんなとこでよかったのか?」
「いいの。あんまりうるさいのは好みじゃないし」
つまりさくらパークに行く気分ではないと。
「それに海へ行くにはもう涼しいし、誰かさんの諸々の事情で行ってもあんまり楽しくないしね」
「そいつは俺のせいだな」
「そうだよ」
うん、完全に俺の体に刻んでいる魔法陣のせいだ。こいつがあるから、おいそれと人前で脱ぐことが出来ない。
「だからここでゆっくりしてるのがいいよ」
「まあ、そうだな」
それに俺もあまりうるさいのは好きじゃない。そもそも研究職のインドア派だったし。
俺は念のために持ってきておいたレジャーシートを広げ、そこに腰掛けた。隣に可憐が座り、これまた持参した魔法瓶から紙コップへ紅茶を注ぐ。
「今日はダージリンか」
「私の我儘聞いてもらったしね」
「別に我儘ってほどじゃないだろ」
「私の気が済まなかっただけ」
「そういうことにしておこう」
俺の分を手渡され、可憐も自身の分を紙コップへ注ぐ。
二人揃って、ほっと一息。
俺達の間にゆっくりと流れるこの時間が好きだ。何もない、ただボーっとするだけ。でもそれが、隣にいる人を一層感じさせる。
――不意に、可憐が俺の肩に体重を預ける。俺も倣って可憐へ寄り添う。
昔はこんなことをする暇もなかったな。
なんて考えていると。
「あら、こんなところでいちゃつく夫婦が一組」
「先客ですか?」
「ええ。知り合いだけど」
聞き覚えしかない声が聞こえてきた。
「知り合いって、ユーリさん達じゃないですか」
「よお。金曜日ぶりだな、お二人さん」
「久し振りー。元気にしてた?」
やってきたのは森園立夏と芳野清隆。俺の勤務する風見学園の生徒だ。尤も教師と生徒、なんて間柄じゃないんだけど。
風見鶏にいた頃の後輩、リッカ・グリーンウッドと葛木清隆が転生した存在。
この枯れない桜が再び咲き出した直接の要因でもある。
「珍しいわね、ユーリ。インドアな貴方がこんな風に外にいるなんて」
「ほっとけ」
「私が連れ出したんだよ。ほっとくとホントにお仕事以外で外に出ないしね」
「ああ、納得です」
「納得すな」
「そういう貴方達こそデート?」
「ええ、そんなところです」
本当は違うくせに。
なんて、口が裂けても言えなかった。
「お邪魔なら退こうか?」
「そんなこと言ってないじゃないですか……」
「ジョークだよ」
「じゃあ一緒にお茶にする?」
「え、良いんですか?」
可憐の提案に、立夏の目が輝く。
「良いでしょ?」
「俺は構わんよ」
「むしろ俺達がお邪魔していいんでしょうか」
「大歓迎!久しぶりに立夏ちゃん達とお話したいし」
「じゃあ、お言葉に甘えましょうか」
「そうですね。少し休憩も兼ねて」
そういうことなら。
俺は立ち上がり、もう一枚レジャーシートを用意して目の前に敷く。
そして可憐は持ってきた荷物を漁る。
「こんなこともあろうかと、お弁当用意してきたんだよねー」
「え、頂いちゃっていいんですか?」
「勿論。ユーリさんが張り切って作っちゃうもんだからさ」
「悪かったな」
「ユーリって、お台所に立たせちゃいけないタイプなのね……」
「るる姉とは別の意味ですけどね」
「久し振り過ぎて加減が分からなかったんだよ」
「とか言って、『なんか変な予感がする』なんて言ってたじゃん」
「言うんじゃねぇ」
「で、私達と出会ったと?」
「そういうことにしておいてくれ」
目の前に出される重箱。無論俺が作りすぎてしまった弁当。
俺は紅茶を二つ用意して立夏達に配る。
「ありがと」
「ありがとうございます」
「どうも。……こう考えると、季節外れの花見みたいだな」
「年中咲いてるから、季節外れも何もないわよ」
作ったサンドイッチを手に取り、口へ。
うん、おいしい。久し振りにしてはよくできた方だ。
「そういえば、公式新聞部は新体制に移行したんだっけ?ユーリさんから聞いてるよ」
「はい。姫乃を筆頭に、俺が対外業務、さらがそのサポートといった感じで」
「暫く経つけど、よくやってるよ」
「今まで立夏さんとるる姉がどれだけ大変なことをしていたのかを身に染みて理解してます」
「そうよ。それに私達には、生徒会の仕事まであったんだもの」
「なかなかハードだったんだねぇ。それで、引退した立夏ちゃんは受験勉強に本腰入れてるわけだ」
――ピシリ。
と、空気が割れるような音が聞こえた……気がした。
「あの、えーっと……」
「あはははは」
「あれ、もしかして触れちゃいけなかった?」
ああ、ものすごい地雷踏んだな。
なんて言おうとした時。
「実は、進学も就職もする気ないんです、私」
「わお。これはまたどうして」
……俺と清隆は知っている。
立夏がどうしてこのような決断をしたのかを。
今年の春前に起こった出来事。それが原因だった。
◆ ◆ ◆
「ユーリさん!」
半年以上前。
校内で俺を呼ぶ声。
清隆のものだ。
「学園内では"先生"と呼ぶように言っているはずだが?」
俺達が再会して、初めて決めた取り決め。
公私は分ける。
だが相当焦っているのだろう。その取り決めを忘れて俺を呼んでいることからそれが読み取れる。
急いで俺を探していたのか、肩で息をする清隆が俺の目の前で止まった。
「す、すみません。ちょっとお願いがあって……」
「とりあえず、息を整えろ。話にならんぞ」
「すみません……」
深呼吸3回。
徐々に清隆は落ち着きを取り戻していった。
「えっとですね、お願いというのが……ちょっとここでは言いづらくて……」
「は?」
思い切り俺の眉に皺が寄っていたのだろう。
少しぎょっとした清隆が手招き。
それに応じて顔を近づける。
そんな俺に、彼は囁いた。
「魔法関連でお願いしたいことが……」
なるほど。確かにこれは大っぴらには出来ないな。
「思い切りプライベートじゃねぇか」
清隆から少し離れ、普通のトーンで話す。
「わかった。今度の日曜日開けておくから、俺の家に来い。ちょうど嫁さんもいないから、ゆっくり話できるだろ」
「お願いします」
こうして俺達はいったん別れた。
その後、教師と生徒の禁断の同性愛、なんて噂が流れたのは言うまでもない。
数日後。
所用で可憐が1日家を出ている今日。
俺は紅茶を用意しながら清隆を待っていた。
いつ来るだろう、なんて考えているとインターホンが鳴る。時刻にして、午前10時ごろだった。
「早かったじゃないか。ところで、もう一人いるとは聞いてなかったな」
「すみません。それを言うのを忘れていました」
玄関へ向かい、扉を開けるとそこには、清隆とその恋人の姿があった。
「お邪魔するわよ、ユーリ」
「ああ。……その様子を見るに、用があるのは立夏と言ったところか」
「お察しの通りよ」
そんな様子の二人を客間へ招き入れ、紅茶を出した。
「そんで、早速本題に入りたいわけだが」
「そうね、と言いたいところだけど」
様子がすごくおかしい。
立夏って、こんなに焦るような奴だっけ。
作品名:D.C.IIIwith4.W.D. 作家名:無未河 大智/TTjr