D.C.IIIwith4.W.D.
「一旦落ち着け。様子がおかしすぎて違和感しかない」
「ごめん。私もどうかしてると思う」
100年前から変わらない仕草で紅茶を飲む立夏。けどその中にも少し焦りが見えた。
「……何をそんなに焦ってる?」
「それが今日の本題なんです」
「焦っていることと今日の話に繋がりがあると?」
黙って頷く清隆。
なら、少し待ってみようか。
やがてリッカに出した紅茶がなくなるころ。
「……ねえ、ユーリ。"正義の魔法使い"って覚えてるかしら」
ゆっくりと、立夏は口を開いて話を始めた。
「ああ。勿論」
俺は立夏のカップに紅茶を注ぎながら相槌を打つ。
「その正義の魔法使いの"鬼"の力が、また問題になってるのよ」
「……なんだと?」
正義の魔法使いと"鬼"の力。
俺の心を揺さぶるには十分な言葉だ。
「現代のお役目人に、死期が近づいていると?」
「察しがよくて助かるわ。その通りよ」
「ここからは、俺が説明します」
そんなリッカを見ていられなかったのか、清隆が後を継いで説明してくれた、
現在でも葛木の家に伝わる"鬼"の力が生きていること。それを受け継いだ現代のお役目人に、その死期が近づいていること。しかもそれは、もう避けられないところまで来ていること。それをお役目人の娘から相談されたこと。
「……どうしてもっと早く相談しなかった」
「私も聞いたのがかなり最近だったのよ。暫くは私達で何とかしようと頑張ってたけど、あまり力の残っていない私では限界が来ちゃってね」
「そういうことか」
仕方ない、と言えば仕方ないか。
恐らく、そのお役目人の娘とやらも、限界まで一人で頑張っていたのだろう。
それに限界がきて立夏に相談した、と言ったところだろうか。
「それで、俺のところに来たわけか」
「ええ。私の昔のコネクションを使って、いろんなところに相談したけど、あんまり芳しくなくてね。最終手段よ」
「俺の立ち位置をよくわかっていてくれて助かるよ」
「貴方が言ったんじゃない」
「そうだったな」
だが、俺にも誓いがある。
その誓いをおいそれと破れるものじゃない。
だが"鬼"の力が根本にあるとなると、黙っていたくない。
だから。
「……ちょっと待ってろ」
俺は席を中座し、書斎を探る。
数分ほど探り、目当ての物を見つけたので客間へ戻った。
「悪いが、直接協力は出来ない」
「だと思ってたわよ」
二人の間に、重い空気が漂う。
まるであの頃のロンドンの霧みたいに。
「まあ、待て。直接は協力できないが、これくらいならできる」
そう言って俺は探してきたものを彼女達の前に出した。
「手帳、ですか?」
「ああ。これは俺がこの300年間で付き合いのあった魔法使い達の連絡先が書いてある」
「……えっ?」
「こいつを使え。お前の名前を出せば、少しくらい話を聞いてもらえるだろう」
「いいの?」
「むしろ、俺の誓いのせいでこんなくらいしかできないんだが」
「十分よ、有難う!」
さっきまでのどんよりした空気はどこへやら。
いつもの調子を取り戻した立夏がそこにいた。
うん、こいつはこうじゃないとな。
「一応念押ししとくが、あんまり大っぴらにするなよ。あと、事が終わったら返せ」
「分かってるわよ。暫く借りるわね」
「ああ。有効に使え」
「さあ清隆、忙しくなるわよ!」
「はい!」
「あと、もう一つだけ。風見鶏はどうやっても頼れないからな。魔法使い以外には厳しくて、関係者の紹介でもなければ話も聞いてくれん」
「私でも駄目かしら」
「難しいだろうな。まあ、最終手段だとでも思っとけ。その時は俺が紹介状でも書いてやる」
「分かったわ。その時はまたお願いしに来る」
「そうしてくれ」
そうして、時間が惜しいとばかりに二人は去っていった。
当然か。人の命がかかっているのだものな。
◆ ◆ ◆
結局、事の顛末を聞いたのは全部が終わってからだった。
思い返せば、あまりに無責任なことをしたと思う。
けど、俺には心に誓ったことがある。
俺はすでに過去の人間だ。だから最低限を除いて世界に干渉しない。
俺がモノクルを掛けた魔法使いから、あの話を聞いた時に決めた事だ。
その話を聞いた時、俺は必要以上に世界に関わるのは良くないと判断していた。
「可憐、あんまり突っ込んでやるな。立夏には立夏なりの決断がある」
そんな誓いもあって、俺はそれを可憐に説明していない。
そもそも言っていいのかどうかわからなかったから。
だから思いっきり言葉を濁した。
「まあ、人の決断に首を突っ込む気はないよ。けど立夏ちゃん」
「なんでしょうか」
「後悔だけは無いようにね」
飛び切りの笑顔で、立夏の手を取って可憐は告げた。
「……はい。私も、後悔したくありませんから」
「なら、よし。この話は終わり」
「お前が言うか、それ」
「私が突っ込んだんだもの。私が区切りを付けないと」
律儀なのかそうじゃないのか。
というより、俺と付き合うようになって、結婚して、いい意味で吹っ切れたのだろう。
今の彼女にはそんな部分が見える。
「ユーリさん、何関係ないこと考えてるの?」
「ここで心を読むの卑怯じゃないか?」
「まったく、何考えてたのよ」
ああ、変なこと考えていたせいで、また可憐と立夏にいじられる……。
まったく、この惚気具合ももう少しなんとかしないとな。
「……100年前から変わりませんね、俺達」
不意に清隆が呟く。
もしかして、今のやり取りを見てそんなことを思ったのだろうか。
それがもし、カレンが亡くなる前の、風見鶏での生徒会でのやり取りを指しているのなら。
「まあ、そうだな。再会して、変わらないやり取りを続ける。そんなのもいいんじゃないか?」
それはとてもいいことなのだろう。
「ええ」
「そうだね」
二人して肯定の言葉を発する。
こんな日常も悪くない。
そう思いながら、突然始まったこの花見を俺達は楽しむのだった。
◆ ◆ ◆
次の日。
風見学園、本校2-Aの教室。俺はここで学生たちに授業をしていた。
「――というわけで、この公式に当てはめてやれば求められるわけだが。ここで演習問題やってみようか」
俺が教えているのは数学。
念願叶って教師となった俺は、数学の教師として風見学園に赴任した。
基本的に本校の学生に教えることになっている。
「よし、誰か前に出て解いてもらおうか。えーっと……」
そう言ってクラスを見渡す。
真面目に授業を聞いてる奴もいれば、内職してる奴もいる。
まあ、内職くらいならいいよ。話は聞いてくれてるだろうし。
……問題は。
「江戸川耕助」
教科書を盾に居眠りする奴が一人。
耳を澄ませば微かに聞こえる寝息。
「耕助、起きろ」
「うーん……」
見かねた清隆が目の前の耕助を起こす。
「……へ?」
「やっと起きたか、耕助。俺の授業を子守歌に眠るなんぞいい度胸してるじゃねぇか」
「ヒィ!?ごめんなさい!!」
「まったく……」
「江戸川君たら……」
周りの学生達も呆れ声を出している。
まあ、起きたことだし、続けよう。
「次はないと思えよ」
作品名:D.C.IIIwith4.W.D. 作家名:無未河 大智/TTjr