熟成アンドロイド 前編
熟成アンドロイド 前編
泣いて……いる……
また…………泣いて……いる…………
泣くな……士郎……
泣かないで……くれ……私の……マスター……
そんなに……自分を…………責めるな……
私は……必ず…………戻る……から……
＊＊＊ ＊＊＊ ＊＊＊
人間の補助的な役割であったロボット。
より人間の言動に近づいた、人工知能搭載のあらゆる機器。
そして、科学技術の粋を極めたアンドロイド。
人間の作った機械という物が、人とともに人間のように当たり前に暮らし、存在するようになって数年。
アンドロイド製作においては中堅企業であったカリス技研工業は、一人の天才技師が陣頭指揮をとって造り出した、第五世代アンドロイドの完成により一躍業界トップに躍り出ることになる。
その天才が造り出したアンドロイドは、今までの概念を一切覆した。
卓越したその機能は、人間の動きはもちろん、感情まで育つという代物であり、その容姿の隅々にまで拘った造形をしている。
見た目は人間と変わらない、その、超がつくほどの最新型アンドロイドに世界が度肝を抜かれたのは、十年近く前のこと。
このカリス技研工業の一技師であった衛宮切嗣という天才は、自身の息子のために、という、ひどく身勝手な理由でそのアンドロイドを造ってしまった。
製造ナンバー ＣＬＣ５―ＧＴＳ ＳＶ―００
このナンバーは、カリス技研工業の中で語り継がれることとなる。
後に大流行となる第五世代のアンドロイド、『超高性能人型家事手伝いアンドロイド サーヴァントシリーズ』の記念すべきプロトタイプであった。
＊＊＊ ＊＊＊ ＊＊＊
「君は、いつまで士郎を放っておくのかな……」
濁った液体で満たされた水槽に触れ、小さくため息をついたのは、少し頬の痩けた病み上がりのような男だ。
目つきの鋭さは暗殺者のようで、その全身には暗い雰囲気を纏っているというのに、羽織った白衣は純白で、糊がきいている。
『じーさん、そろそろ時間だぞ』
通信機越しの愛息子の声に、白衣を翻し、男は薄暗い部屋を後にした。
静まりかえった室内には、空調や機器の小さな動作音しかない。
ボゴ…………。
静かな部屋に液体の中から音がする。気泡が濁った液体の中を上方へと揺れながらあがっていく。
それきりまた、室内は静寂に戻った。
SERIAL.1
技術者として暇の取れない衛宮切嗣には、小学校に上がってすぐの養子がいた。
その子に寂しい思いをさせないためにと、自身の持てる技術と知識と情熱を注ぎ込んだ一体のアンドロイドは、アンドロイドというには生々しく、人というには何か足りない、というアンバランスさを持ってはいたが、子守りをするには十分な機能を備えていた。
「一緒に学んでいけばいいよ」
切嗣は自らの創り上げたアンドロイドに言う。
知識も感情も真っ新な、［製造ナンバー ＣＬＣ５―ＧＴＳ ＳＶ―００］は、琥珀色の瞳で、真っ直ぐに製作者である切嗣を見ていた。
「あなたが、私のマスターか？」
人工知能には学習機能が備えられているため、起動して間もないアンドロイドは情報を得ようと様々な質問を周囲に投げかけてくる。人間の生活習慣など、一通りの知識は網羅していても、アンドロイドは一つ一つ人間との関わりを学んでいかなければならないのだ。
「いや、僕ではないよ。君の主はね、」
そこで言葉を切った切嗣は、送迎車の運転を担ってくれたカリス技研工業総務課の若者に礼を言い、社用車から降り、立派な武家屋敷の門を潜った。
「じーさぁん！」
玄関の戸を勢いよく開けた子供が、もつれる足で駆けてくる。
「ただいま、士郎！」
飛びついてきたその子供・士郎を抱き上げて、切嗣はＳＶ―００を振り返った。
「この子だよ」
きょとん、と琥珀色を宿したくるりと丸い目を瞬かせて、ＳＶ―００を見遣った士郎は、そっと地に下ろされる。
「えっと……？」
切嗣を見上げて、不安そうに士郎は窺うが、切嗣はニコニコとしているだけで何も言わない。
士郎がＳＶ―００を再び見上げると、ＳＶ―００は、士郎の目の前で片膝をつき、胸元に片手を当て、頭を垂れた。
「え？」
「我が主に忠誠を」
「え？ え？」
どこからその知識を引っ張り出してきたのか、現代にはそぐわない、まるで物語の騎士のような振る舞いに、士郎は戸惑うばかりだ。
「ほらほら、士郎。なんて言うんだい？」
ＳＶ―００の行動には触れず、切嗣は、にこり、と笑って士郎を促す。士郎は少し考えていたが、何も思いつかなかったようだ。
「えっと、よろしくお願いします」
ぺこり、と頭を下げた士郎を、ぷふ、と声を抑えて笑う切嗣に、士郎は、むぅ、と唸って顔を赤くする。
「マスター、それは答えではない」
すかさずＳＶ―００にも指摘されてしまい、ぷく、と頬を膨らませた士郎は、ＳＶ―００に背を向けて玄関へ舞い戻ってしまった。
「あ、士郎？」
「切嗣、私は何か間違ったことを言ったか？」
立ち上がったＳＶ―００は問う。
「うーん、そうだねー、それは、士郎と相談してくれるかな。僕は戻らないといけないから」
「了解した」
スタスタと士郎を追いかけるように玄関へ向かうＳＶ―００の背を見送って、切嗣は先ほど潜った門を出る。
「じーさん！」
家に入っていった士郎が、慌てた様子で駆け戻ってくる。靴を履く間も惜しんだのか、裸足のまま瓦屋根の門まで出てきた。
「士郎、足が汚れるよ」
「じーさん、ま、また、行っちゃうの？ 今、帰ってきたところだろ？」
「うん、ごめんね。忙しくて」
なでなでと頭を撫でる切嗣を見上げ、士郎は口を真一文字に引き結ぶ。
「悪いね、士郎。仕事が片付かないんだ。だけど、士郎のことが心配で僕の代わりに、彼を連れてきたんだ。彼はね、なんにも知らないんだよ。だから、いろいろ教えてあげてくれるかい？」
「やだ。あいつ、顔、怖い」
「怖くなんかないさ。だって、彼のモデルは士郎なんだから」
「俺、あんな怖い顔じゃない！」
不貞腐れる士郎に切嗣は困ったな、と笑う。
「士郎、彼もね、怖がっているんだよ」
「え？ なんで？ あいつ、大人じゃないか」
「身体はね。だけど、中身は……」
言いながら切嗣は自身の胸に手を当てる。
「ここはね、士郎よりも小さな子なんだよ」
驚いた顔で見上げてくる士郎に、切嗣はにっこりと笑う。
「士郎の方がお兄ちゃんなんだから、ちゃんと守ってあげないと」
「う……、ん、うん、わかった。俺、あいつのこと、守るよ」
「じゃあ、よろしく頼んだよ、士郎お兄ちゃん」
最後に頭をひと撫でした切嗣に、照れ臭そうな顔を上げ、
「行ってらっしゃい、じーさっ――」
士郎が手を振ろうとすれば、身体がふわりと浮いた。
「わ！ なんっ、」
「足が汚れている」
明らかに不機嫌だとわかる声に士郎が振り返ると、ＳＶ―００が士郎を持ち上げている。
「きゅ、急に、抱っことか、するなよ！」
「ダッコ」
ＳＶ―００は士郎の言葉をおうむ返しに繰り返す。理解できない言葉を拾って学習機能を発揮させようとしているのだろう。
「士郎、教えてあげないと」
「え？」
泣いて……いる……
また…………泣いて……いる…………
泣くな……士郎……
泣かないで……くれ……私の……マスター……
そんなに……自分を…………責めるな……
私は……必ず…………戻る……から……
＊＊＊ ＊＊＊ ＊＊＊
人間の補助的な役割であったロボット。
より人間の言動に近づいた、人工知能搭載のあらゆる機器。
そして、科学技術の粋を極めたアンドロイド。
人間の作った機械という物が、人とともに人間のように当たり前に暮らし、存在するようになって数年。
アンドロイド製作においては中堅企業であったカリス技研工業は、一人の天才技師が陣頭指揮をとって造り出した、第五世代アンドロイドの完成により一躍業界トップに躍り出ることになる。
その天才が造り出したアンドロイドは、今までの概念を一切覆した。
卓越したその機能は、人間の動きはもちろん、感情まで育つという代物であり、その容姿の隅々にまで拘った造形をしている。
見た目は人間と変わらない、その、超がつくほどの最新型アンドロイドに世界が度肝を抜かれたのは、十年近く前のこと。
このカリス技研工業の一技師であった衛宮切嗣という天才は、自身の息子のために、という、ひどく身勝手な理由でそのアンドロイドを造ってしまった。
製造ナンバー ＣＬＣ５―ＧＴＳ ＳＶ―００
このナンバーは、カリス技研工業の中で語り継がれることとなる。
後に大流行となる第五世代のアンドロイド、『超高性能人型家事手伝いアンドロイド サーヴァントシリーズ』の記念すべきプロトタイプであった。
＊＊＊ ＊＊＊ ＊＊＊
「君は、いつまで士郎を放っておくのかな……」
濁った液体で満たされた水槽に触れ、小さくため息をついたのは、少し頬の痩けた病み上がりのような男だ。
目つきの鋭さは暗殺者のようで、その全身には暗い雰囲気を纏っているというのに、羽織った白衣は純白で、糊がきいている。
『じーさん、そろそろ時間だぞ』
通信機越しの愛息子の声に、白衣を翻し、男は薄暗い部屋を後にした。
静まりかえった室内には、空調や機器の小さな動作音しかない。
ボゴ…………。
静かな部屋に液体の中から音がする。気泡が濁った液体の中を上方へと揺れながらあがっていく。
それきりまた、室内は静寂に戻った。
SERIAL.1
技術者として暇の取れない衛宮切嗣には、小学校に上がってすぐの養子がいた。
その子に寂しい思いをさせないためにと、自身の持てる技術と知識と情熱を注ぎ込んだ一体のアンドロイドは、アンドロイドというには生々しく、人というには何か足りない、というアンバランスさを持ってはいたが、子守りをするには十分な機能を備えていた。
「一緒に学んでいけばいいよ」
切嗣は自らの創り上げたアンドロイドに言う。
知識も感情も真っ新な、［製造ナンバー ＣＬＣ５―ＧＴＳ ＳＶ―００］は、琥珀色の瞳で、真っ直ぐに製作者である切嗣を見ていた。
「あなたが、私のマスターか？」
人工知能には学習機能が備えられているため、起動して間もないアンドロイドは情報を得ようと様々な質問を周囲に投げかけてくる。人間の生活習慣など、一通りの知識は網羅していても、アンドロイドは一つ一つ人間との関わりを学んでいかなければならないのだ。
「いや、僕ではないよ。君の主はね、」
そこで言葉を切った切嗣は、送迎車の運転を担ってくれたカリス技研工業総務課の若者に礼を言い、社用車から降り、立派な武家屋敷の門を潜った。
「じーさぁん！」
玄関の戸を勢いよく開けた子供が、もつれる足で駆けてくる。
「ただいま、士郎！」
飛びついてきたその子供・士郎を抱き上げて、切嗣はＳＶ―００を振り返った。
「この子だよ」
きょとん、と琥珀色を宿したくるりと丸い目を瞬かせて、ＳＶ―００を見遣った士郎は、そっと地に下ろされる。
「えっと……？」
切嗣を見上げて、不安そうに士郎は窺うが、切嗣はニコニコとしているだけで何も言わない。
士郎がＳＶ―００を再び見上げると、ＳＶ―００は、士郎の目の前で片膝をつき、胸元に片手を当て、頭を垂れた。
「え？」
「我が主に忠誠を」
「え？ え？」
どこからその知識を引っ張り出してきたのか、現代にはそぐわない、まるで物語の騎士のような振る舞いに、士郎は戸惑うばかりだ。
「ほらほら、士郎。なんて言うんだい？」
ＳＶ―００の行動には触れず、切嗣は、にこり、と笑って士郎を促す。士郎は少し考えていたが、何も思いつかなかったようだ。
「えっと、よろしくお願いします」
ぺこり、と頭を下げた士郎を、ぷふ、と声を抑えて笑う切嗣に、士郎は、むぅ、と唸って顔を赤くする。
「マスター、それは答えではない」
すかさずＳＶ―００にも指摘されてしまい、ぷく、と頬を膨らませた士郎は、ＳＶ―００に背を向けて玄関へ舞い戻ってしまった。
「あ、士郎？」
「切嗣、私は何か間違ったことを言ったか？」
立ち上がったＳＶ―００は問う。
「うーん、そうだねー、それは、士郎と相談してくれるかな。僕は戻らないといけないから」
「了解した」
スタスタと士郎を追いかけるように玄関へ向かうＳＶ―００の背を見送って、切嗣は先ほど潜った門を出る。
「じーさん！」
家に入っていった士郎が、慌てた様子で駆け戻ってくる。靴を履く間も惜しんだのか、裸足のまま瓦屋根の門まで出てきた。
「士郎、足が汚れるよ」
「じーさん、ま、また、行っちゃうの？ 今、帰ってきたところだろ？」
「うん、ごめんね。忙しくて」
なでなでと頭を撫でる切嗣を見上げ、士郎は口を真一文字に引き結ぶ。
「悪いね、士郎。仕事が片付かないんだ。だけど、士郎のことが心配で僕の代わりに、彼を連れてきたんだ。彼はね、なんにも知らないんだよ。だから、いろいろ教えてあげてくれるかい？」
「やだ。あいつ、顔、怖い」
「怖くなんかないさ。だって、彼のモデルは士郎なんだから」
「俺、あんな怖い顔じゃない！」
不貞腐れる士郎に切嗣は困ったな、と笑う。
「士郎、彼もね、怖がっているんだよ」
「え？ なんで？ あいつ、大人じゃないか」
「身体はね。だけど、中身は……」
言いながら切嗣は自身の胸に手を当てる。
「ここはね、士郎よりも小さな子なんだよ」
驚いた顔で見上げてくる士郎に、切嗣はにっこりと笑う。
「士郎の方がお兄ちゃんなんだから、ちゃんと守ってあげないと」
「う……、ん、うん、わかった。俺、あいつのこと、守るよ」
「じゃあ、よろしく頼んだよ、士郎お兄ちゃん」
最後に頭をひと撫でした切嗣に、照れ臭そうな顔を上げ、
「行ってらっしゃい、じーさっ――」
士郎が手を振ろうとすれば、身体がふわりと浮いた。
「わ！ なんっ、」
「足が汚れている」
明らかに不機嫌だとわかる声に士郎が振り返ると、ＳＶ―００が士郎を持ち上げている。
「きゅ、急に、抱っことか、するなよ！」
「ダッコ」
ＳＶ―００は士郎の言葉をおうむ返しに繰り返す。理解できない言葉を拾って学習機能を発揮させようとしているのだろう。
「士郎、教えてあげないと」
「え？」
作品名：熟成アンドロイド 前編 作家名：さやけ