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熟成アンドロイド 前編

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 きょとん、と切嗣を振り向く士郎は、さらに、こてん、と首を傾げる。
「教えるって?」
「わからない言葉があるんだよ、彼には」
「え? え? そ、そうなの?」
 今度はSV―00を振り返って、士郎は同意を求めたが、SV―00はじっと士郎を見つめているだけだ。
「えっと……、抱っこ、っていうのは、こうやって持ち上げることだよ」
「了解。理解した」
 切嗣はそんな、一人と一体のやり取りを微笑ましいというように笑って見ている。
「SV―00、士郎を頼んだよ。それから士郎、彼をよろしくね」
「了解した」
「うん……」
 SV―00の応答と同時に士郎も、こくん、と頷く。カリス技研工業の車は再び切嗣を乗せて走り去っていった。
「行っちゃった……」
 ぽつり、とこぼした士郎の顔をSV―00は覗き込む。
「マスター?」
「なんでもない」
 俯いた横顔に先ほどまでの元気はない。やがて、ぎゅ、と瞑られた瞼から雫が落ちた。
「マ、マスター?」
 SV―00は慌てて士郎を抱き直し、正面から向き合う。
「マスター、マス……」
 首筋にしがみついた士郎に言葉を切り、SV―00は動きを止めた。
「じーさんには、ナイショ」
「ない……しょ? ……内緒? なぜ?」
「じーさんが、困るから」
「困る? 切嗣は、何が困る?」
「じーさんは仕事なんだ。じーさんたちの造るアンドロイドを待ってる人たちがたくさんいる。だから、ナイショなんだ」
 士郎の言葉の意味を、SV―00は理解できなかった。
 人間が涙をこぼすという現象は、痛みを感じる場合と、悲しい、うれしい、悔しい、といったような感情からである。人間という生き物の情報がSV―00の記録部分から次々引き出されてくるのを確認するが、現状にはどれも当てはまらない。
 今、士郎は切嗣が仕事に行ってしまうのが悲しいと思っている。ならば、それをやめてもらえるように切嗣に言えば士郎が悲しいと思うことはなくなる。そうすれば、士郎は涙をこぼさない。
 だが、それはだめだと士郎は言う。
 どうしてもSV―00には理解できず、疑問が浮かぶばかりなのだが、士郎に訊ねることができない。士郎の身体的な状態をSV―00が確認してみると、話ができるような状態でないことは明らかだった。
 ひくひくと喉を引き攣らせて、目や鼻から水分を放出している状況は、SV―00にしてみれば、異常な状態であるとしか結論が出ない。
 士郎が苦しそうに涙をこぼすことには、どのような理由があるのか、とSV―00は、未知の存在である士郎の鼻筋を流れ落ちる涙を舐めた。
「わっ? な、なに、するんだよ!」
「水……、アルブミン、グロブリン、リン酸塩……、弱アルカリ性……」
 SV―00はブツブツと呟く。
「なに、それ?」
「水分の成分分析だ」
 何かしらの情報を得ようとでもいうのか、SV―00は涙の成分を分析している。
「そんなの、舐めてわかるの?」
「大まかな成分はわかる」
「すごいなー」
 前の涙も忘れたように、士郎は瞳をキラキラさせている。先ほどまでSV―00は士郎が涙を流す謎を解こうとフル回転で演算を繰り返していたのが、ピタリとそれを止め、士郎の身体の状態をスキャンして、病的な問題のないことを確認した。
「マスター、足に土がついている」
「あ……」
 SV―00は士郎の身体を肩に載せ、足を掴むと、土のついた士郎の足の裏を舐める。
「ひゃ! わ! 何してるんだよ!」
 士郎が慌てて足を引き、SV―00の頭を押し退ける。
「マスター、土を除いている。おとなしくしろ」
「バカ! ダメ! 舐めるな! こんなの、洗えばいいんだよ!」
 士郎の怒声に、ぴたり、とSV―00は動きを止めた。
「了解した。洗う。どこで?」
「ええっと、あっちに水道があるから、」
 士郎の指さす方へSV―00は歩いていく。
 衛宮邸の広い敷地内に建っている道場の入り口の側に手洗い場があった。しゃがんで士郎を膝にのせたSV―00は、流水で士郎の足を洗う。
「タオルが中にあるんだ」
 士郎が教えると、こく、と頷き道場の戸を開けて中に入る。
 道場の土間から板敷の上に上がろうとするSV―00を制し、
「下ろして」
 そっと下ろされた士郎は、四つ這いで板間の上を進み、隅にある棚まで行って、そこに置いてあるタオルで足を拭う。
 士郎が足を拭いていると、SV―00は士郎を真似て、同じように四つ這いになって板間に上がってきた。
「何してんの?」
 士郎が訊けば、SV―00は、こてん、と小首を傾げる。先ほど士郎が切嗣に見せた態度を真似たようだ。
「ここは、こうやって進むのだろう?」
「あ、ち、違うよ! 俺、足が濡れてるから四つん這いになっただけだよ! 靴を脱いだら、普通に上がっていいんだよ」
 SV―00は自身の足元を振り返り、そのまま後戻りをして靴を脱ぎ、土間へキチンと並べて置いた。
「なぁんにも知らないんだね、えーっと」
 SV―00を見上げて、士郎はその名を呼ぼうとして気づく。
「あのさ、俺、名前、聞いてないんだけど……」
「名前?」
「うん」
 士郎がSV―00を指さして頷く。
「私の名か? あいにく、私に名はない。製品番号はSV―00、製造ナンバーは、CLC5―GTS SV―00」
「番号なんて、訊いてないよ」
 士郎はうんざりして顔を顰めた。
「私を表すものは、その番号だけだが?」
「そ、そうじゃなくって! えーっと、えーっとー、なんて呼べばいいんだろう?」
 士郎は首を傾ける。
「さあ?」
 SV―00も士郎と同じように首を傾ける。SV―00の学習機能は問題なく機能し、その成果はいかんなく発揮されているようだ。この数十分の間に目にした、マスターである士郎の仕草はほぼ完璧に身につけている。
「ど、どーすんの?」
「別段、不都合はない」
「俺は困るよ。えっと、じーさんは、なんにも教えてくれなかったし……、説明書とかもないし……」
 取扱説明書などはなく、切嗣からは何も聞かされずに、ただ、色々と教えてやれと言われただけだ。
 士郎はどうしようか、と思案しながら、床に点々と残った、足から垂れてしまった水滴を雑巾で拭っていく。壁際の棚の近くまで来たとき、身体をいきなり引き寄せられる。
「え? な、なに?」
 からん、からん、からん、と乾いた音が道場に響いた。
 SV―00に覆いかぶさられた士郎に、腕の隙間から床に転がった弓が見える。
「あ、ごめん。俺、引っかけちゃったんだな。また藤ねえが片付け忘れてったんだ……」
 壁に立てかけてあった数本の弓に、床を拭っているときに当たってしまったのだと思い至る。
「ケガはないか?」
 身体を起こしたSV―00が脇に手を差し込んで士郎を立たせた。
「うん。平気」
 答えて床に散らばった弓を士郎は立てかけ直す。
「こんなの当たっても、ケガとかしないよ」
 そんなに重くないから、と士郎はSV―00を振り返った。
「それは、和弓だな」
「え? うん、そうだけど。やったことあ……、るわけないよな。俺じゃ、引っ張れないけど、じーさんはできると思うよ。あと藤ねえも」
「ふじ、ねえ?」
「うん。お隣りの藤村って家のじょしこーせー」
作品名:熟成アンドロイド 前編 作家名:さやけ