熟成アンドロイド 前編
待っていてくれ、私は必ず戻るから。
『ごめん、アーチャー……』
謝る声が聞こえる。
何を謝ることがあるのか。
謝るのは私だ。
士郎の許に戻れない私こそ、謝らなければならないというのに。
士郎……。
いまだ眼球が整っていないために視界はない。
あったとしても濁った培養液の向こうは見えない。
修復はまだ時間がかかりそうだ……。
少し背が伸びたのだろうか?
声のする位置が違ってきている。
それに、その声も低くなった。
だが、それでもまだまだ子供だ。
士郎……。
士郎、私の士郎。
大切な、私だけのマスター。
待っていてくれ、すぐに傍に戻るから……。
『アーチャー、今日はあったかいんだよ』
毎日聞こえていた声が、間隔をあけて聞こえるようになった。
週に一度、やがて月に二度、という間隔へ……。
士郎……。
私を忘れてしまうのか?
私を置いていってしまうのか?
伸ばそうとした指はいまだ骨格部分も再生されていない。
濁った培養液の向こうは見えない。
そこにいるはずの士郎が見えない。
士郎。
声を上げようとしたが、声帯がまだ整っていない。
かぱり、と開いた顎は戻すのに時間がかかった。
士郎……。
私はもう、必要ないのか?
熟成アンドロイド 前編 了(2021/5/14)
作品名:熟成アンドロイド 前編 作家名:さやけ