二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

熟成アンドロイド 後編

INDEX|1ページ/16ページ|

次のページ
 
熟成アンドロイド 後編


 士郎は、私を忘れてしまったのだろうか。
 このところ、声が聴けない。
 はじめのうちは頻繁に声が聴けた。
 おそらく毎日、私のいる修復室に来ていたと考えられる。
 それが、少しずつ間が空くようになった。
 毎日が一日置きに、二日置きが四日置きに、週に一度が二週に一度、月に一度がふた月に一度…………。
 そうやって士郎の声は、いつしか聴くこともできなくなった。
 私には声を聴くことしかできないというのに。
 濁った培養液の中では何も見えず、触れられない。
 何か話をしてくれとは言わない。
 声が聴けなくても、ただ、士郎の足音や息遣いだけでも感じられればいい。
 ああ、これが“寂しい”という気持ちなのか。
 切嗣を家で待つ士郎がいつも感じていた気持ち……。
『サ、ミ……シ…………』
 言葉を発したつもりだった。
 だが、濁った培養液に泡が浮いただけだ。
 かぱり、と開いた顎がまた戻らなくなった。
 いつになったら私は……。
 骨格は完成した。
 筋組織もどうにか繋がっている。
 あとは人工皮膚だ。
 それから声帯。
 聴覚はすぐに戻り、視覚も戻ったというのに、いまだ声帯が整わないために、言葉が声にならない。
『し……ロ……』
 呼び続けた名を、今もずっと呼んでいる。
 音とはならない私の声が、聴く者のないこの培養液の中で、ずっと士郎を呼んでいる。
 私を……忘れてしまったか?
 もう……私は、必要ではないのか……?



SERIAL.5

「こんにちはー、昼食ですよー」
 ワゴンを押しながら自動ドアを潜り、広い室内に入ると歓声が上がる。
「待ってました!」
「あのさぁ……、待ってるくらいなら、食堂に来ればいいだろー。昼前には開いてるんだからさぁ」
「いやー、なかなか手が離せなくてねー」
「士郎くんが持ってきてくれるから、つい」
 白衣を着た者たちは口々に言い訳をしながら、わらわらとワゴンに群がってくる。
 広いフロアは雑然としていて、たくさんの機器やパソコン、そして未完成のアンドロイドが並んでいる。整然と並ぶアンドロイドは、マネキンのような状態のものから人間に近いものまで様々だ。
 ここは研究棟のメインフロアで、隣接する各部屋をモニターで確認したり、それぞれと通信ができたりする、いわば研究棟の司令室のような場所だ。
 集まった白衣の者は皆、研究員としてカリス技研工業で働いている。そして、この研究棟に詰める彼らは、同社の食堂に勤める衛宮士郎によって生き長らえていると言っても過言ではない。
 端末機を片手に、それぞれの言い分を主張し、あちこちの部屋から現れ、ワゴンに積まれたおにぎりと惣菜を選んでいる彼らは、食事の時間も忘れて仕事に没頭しているのだ。したがって、士郎が毎日のように自主的なデリバリーを行なっている。なぜそんな無償で親切を、と士郎の同僚たちには疑問を浮かべる者もいる。が、仕方のない話だ。
 士郎の養父・切嗣も同じ研究者で仕事に没頭していた。幼い士郎を家に置いて帰ってこない日がほとんどだった。そして、寝食を忘れることが多々あったことを士郎はあちこちから聞かされ知っている。そういう経験があるためか、士郎は彼らを放ってはおけないのだ。
「味噌汁はこっちでいいですよねー」
 言いながら士郎は手近にあった長机を引っ張ってきて、そこに鍋を置き、次々と椀によそっていく。
「ほんっとに研究者って、みんなこんななんだな……。身体壊すのも無理ないよ……」
 毎度のことながら、士郎は呆れ返ってこぼしてしまう。身に沁みてその無謀さを知っているために、ため息も深くなるというものだ。
 何しろ、その最たる者である切嗣は、二年前に無理がたたって倒れている。そうなってからようやく気づいているので鈍すぎるのだが、切嗣は自身がもう若くはく、無理のできない身体だと悟ったようだ。
 ひと月ほど入院し、回復して職場復帰を果たした切嗣は第一線を退き、カリス技研工業の研究員となる後継者を育てるプロジェクトチームに配属されて、技術指導をするために工科大学へ出向中だ。
 士郎は研究員たちが心配で休めない、切嗣も後継者指導に熱が入っている。血は繋がっていないとはいえ親子であるというのに、互いに忙しくしていて、士郎は切嗣の顔を一年近くも見ていない。
「藤ねえ、また怒ってるだろうなぁ……」
 士郎の家である衛宮邸を隣家の藤村大河に預けたままで、士郎も結局はこの研究棟に入り浸っているため、ふた月以上家に帰っていない。
 何ぶん、ここの研究員といえば、没頭すればすぐに飯のことなど忘れてしまう奇特な者たちだ。士郎が食事の管理をしなければ、この研究棟は餓死者であふれることになる。
「それだけは、避けたい……」
 飢え死にした研究員の屍の山など見たくはない、と士郎は肩を竦める日々だった。
「毎度悪いねぇ」
「お邪魔してます、室長」
 この研究棟の室長が、全く悪いと思っていない顔で現れた。現在はアンドロイド事業が大きくなり、カリス技研工業研究所と名を改めているが、元々研究室という名称であったため、いまだにこの部署の長は“室長”と呼ばれている。
「上司なら、部下の健康管理くらいちゃんと頭に入れておいた方がいいですよ」
 刺々しい士郎のアドバイスに室長は、ニコニコと笑って誤魔化した。
 彼はアンドロイド事業発足初期からのメンバーで、切嗣の先輩に当たる。幼い頃から見知っている間柄のためか、士郎の言動はどうにも砕けてしまう。
「ほんっとに、」
「僕に言う前に、切嗣くんにも言っておいた方がいいんじゃないかい?」
 さらに苦言を重ねようとした士郎を遮るように言われ、思わず言葉を切った。
 研究者が何度注意しても自身を顧みない連中だということは、士郎も重々承知している。士郎の養父を筆頭にして、そういう性質《たち》の生き物だということは、嫌というほどに……。
 その切嗣のことを例にあげられてしまうと士郎にとっては耳が痛いことで、反論ができなくなる。
 おにぎりを頬張りながらニコニコとしているというのに、室長はこうしてしっかりと反撃をしてくるのだ。年の功と言うべきか、これが大人だということだろうか、と毎度、士郎の勢いはすぐに萎んでしまう。
「はいはい。今は指導者なんで、ご心配には及びませんよ」
「ふむ。けれども彼は、とても“熱心な”指導者のようだよ?」
 にやり、と目を細めた室長に、士郎はため息をこぼす。
「そうですね。また注意しておきます」
「わかれば、よろしい。おっと、忘れるところだった。士郎くん、この後、時間はあるかい?」
「なんですか? またボイラーの調子が悪いとか? そういうのは保全の方へ連絡入れてくださいよ」
「いやいや、今日はこき使おうってわけじゃないんだよ」
 こき使っている自覚があったのか、と士郎は目を据わらせる。
 この室長ときたら、なんでもかんでも士郎に頼んでくるのだ。士郎は食堂に勤めているのであって雑用係ではない。だというのに、研究員の食事だけではなく、士郎が器用なことを知っている室長は機械的な修理やトイレの詰まりやら水漏れ対応などを頼み、なんでも屋扱いなのだ。
「そろそろ君も、サーヴァントを持たないかい?」
作品名:熟成アンドロイド 後編 作家名:さやけ