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熟成アンドロイド 後編

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「え…………?」
 予想外の提案に、味噌汁をかき混ぜていた士郎の手が止まる。
 カリス技研工業の売り出した画期的なアンドロイド、サーヴァントシリーズは驚異的な売れ行きを見せ、そのサーヴァントシリーズは今、第六世代と呼ばれる新仕様のアンドロイドまで続いている。
 このサーヴァントシリーズで一躍アンドロイド業界のトップに躍り出たカリス技研工業は、アンドロイドを“サーヴァント”と呼称しているのが特徴だ。一般名詞ではなく、固有の名称の方が付加価値もつく、という腹の底が見え見えの営業職員側からの提案だった。
 確かに、アンドロイドという一般名詞よりも、“カリスといえばサーヴァント”というようなキャッチフレーズの特別感が売れるのかもしれない。その営業戦略の甲斐があってか、今やカリス技研工業のアンドロイドは、世間でもサーヴァントで通じる呼称となっていた。
「俺はいいですよ。まだまだ俺の身体は動きますし」
「えー? サーヴァントたちは君のことが大好きなんだよ?」
「それは、俺じゃなくって、人間が、でしょ? そうプログラミングしてあるんだから」
「んー、それはそうなんだけどねー……。君が来ると、サーヴァントたちの士気が上がる、というか、なんというか……」
「士気?」
「なんていうか、説明が難しいんだけれど、調子が良くなるんだよ。今この研究棟にいるサーヴァントたちは精神面で未完成だから、人で言えば情緒不安定のようなものなんだ。けどね、君が食事を持って現れると、どうしたことか、落ち着きを取り戻すんだ。どうだい、士郎くん。君も研究員にならないか? そして、その才能をこのカリス技研工業に、」
「俺、普通科卒ですよ。しかも、アンドロイドの知識なんてなんにもない。プログラミングすらできませんよ。俺には無理です」
 この研究棟で働いている研究員は工科大学や有名大学を卒業した者で占められている。だというのに、普通科の高等学校、その後の調理専門学校が最終学歴の士郎ではなんの役にも立たない、と士郎はハナから決めてかかっているので、きっぱりと断った。
「なにも研究だけが研究員の仕事じゃないさ。サーヴァントの最終調整では、モニター試験が行われる。まずは、モニター要員からやってみない?」
「遠慮しときます。俺、サーヴァントは要りませんし」
「そぉんなぁ」
「話はそれだけですか? 俺、食堂の方に戻らないと、」
「い、いやいや、まだだよ」
「えーっと、じゃあ、食べ終わったら、端に寄せといてくださいね」
 研究員たちに一声かけてから士郎は室長へ、どこに行くのか、と訊ねる。残念がる室長は、こっちだよ、と士郎を先導してメインフロアの自動扉を出た。
「俺なんかじゃなく、ちゃんとご飯を食べる研究者を雇ってあげてください。手が足りないって、みんなボヤいてますよ」
「あー……、ははは。耳が痛いねぇ……」
「ま、室長には、人事権、ないんでしょうけどね」
 ちくり、と厭味を言った士郎に、室長は苦笑いをこぼすだけだった。



 研究棟を出た室長は、カリス技研工業の本社である高層ビルへ向かう。そして、そのビルの上階にある多目的フロアに士郎を誘った。
 この階には医務室と休憩室・仮眠室のほか、ジムや社内保育園などが設置されている。
 研究棟にも医務室があるが、あちらは学校の保健室と変わらない。一方こちらは、小規模ながら診療所やクリニックに近い設備と人員を確保している。
 もちろん社員のみの利用で、研究者や製造技術者を含め、二十四時間三百六十五日、自由に利用できる。医師や看護師、その上、保育士も交代制で二十四時間預かり保育にも対応していた。カリス技研工業は、なかなかに福利厚生面の手厚い企業といえるだろう。
 そのフロアの一角にある喫茶コーナーに入り、室長は手慣れた様子でコーヒーを二杯カップに注いだ。
「あのへんに座ろうか」
 カップを持つ手で示した室長に、そのカップを受け取りながら士郎は頷く。室長が示したのは、一番奥の窓の側にある席で、入り口からは観葉植物などで見えにくい場所だ。
(何か、重要な話か……)
 その席の選び方から、室長の話というのがただの世間話や、先ほどの研究員にならないかという冗談めかしたスカウトではないことを士郎は察した。
 もしかすると切嗣の熱心な指導が問題になっているのだろうか、と少し不安がよぎる。切嗣の研究者として仕事に没頭していた姿を知る士郎にとって、あんな調子で“熱血指導”などしたら、きっとクレームが来てしまうだろうと、ため息をつきたくなってしまう。
 なんとなく心構えをし、椅子を勧められるままに腰を下ろし、士郎は少し緊張しながら室長の顔を見つめる。
 四角い四人掛けのテーブルの真正面ではなく、斜にずれて士郎とは対角線上に座った室長は、話というのはね、と切り出した。
「アーチャーのことなんだ」
 思いもよらない名が出たことに、士郎は思わず呼吸を忘れてしまう。
(アーチャー……の……?)
 目を瞠り、室長を凝視したまま動きを止めた士郎に、
「大丈夫かい?」
 室長はひらひらと士郎の目の前で手を振った。
 ぱちぱち、と瞬いた士郎は、思い出したように呼吸をして少し咽せてしまった。
「ああ、悪いね、いきなりすぎたかな」
「い、っ、いえ、だ、大丈夫、です」
 喉をつまらせながら答えた士郎に、室長は困ったような笑顔を見せる。
「もう、何年になるかなぁ……」
 少し懐かしそうにガラス窓の向こう、バルコニーに植えられたハーブを室長は見つめている。
 それほど広くはないバルコニーには、社員食堂で使われる野菜やハーブ類がプランターで育てられていた。料理長の趣味である家庭菜園がここまで幅をきかせてきている結果ではあるのだが、青々とした菜園に文句をつける者もなく、自分たちの口に入る幾らかが目に見える場所で作られていることを嫌がる声もないだろう。
 その小さな菜園に士郎も目を向け、室長の懐古を追うように士郎もまた思い出していた。



 十年前のあの日、士郎は、大切な存在を失った。
 家族であった、兄であり弟でもあった、大切なアーチャーを。
 アーチャーとともにカリス技研工業のロビーで切嗣からの連絡を待っていたとき、高層ビルの方からやってきた一団を不思議に思って見上げていた。
 カッと視界が真っ白になり、音というものは軒並み耳鳴りに打ち消されて、そのあとは熱さと暗さが恐ろしく、ただただ恐怖心に呑まれていた。
 聞こえていたのはノイズ混じりのアーチャーの呼び声。終いには声とも言葉とも言えないような音であった呼び声。
 何度も“士郎”と呼ばれていた。
 必死に願った、死なないで、と。
 声というもの自体が出せなくなっていくアーチャーが死んでしまいそうで、死なないでと懇願し、誰かアーチャーを助けて、と泣いていた。
 アンドロイドが死ぬという表現はおかしいのかもしれない。だが、当時の士郎はまだ十に満たない子供で、アンドロイドが機械で人工物であることなど、わかっているようで本当に理解をしているわけではなかった。
 ともに過ごすアーチャーは、アンドロイドという無機物である前に、士郎にとっては家族だったのだ。
 だから、死なないでと願い、助けを求めた。
作品名:熟成アンドロイド 後編 作家名:さやけ