ポケットいっぱいの花束を。
ポケットいっぱいの花束を。
作 タンポポ
１
「ねえねえ、夕君さあ。私の特徴って、何？」堀未央奈は端正な顔をきょとん、とさせて隣席に座る風秋夕(ふあきゆう)に言った。
「未央奈ちゃんの特徴？」夕は少しだけ考えて、答える。「滅多にというか、全然怒らないところ。大切な人と、約束的な事は何があっても守るとこ。この約束だって、三か月前の約束なのに守ってくれたしね」
「だって夕君、会うたびに言うんだもん」
「映画鑑賞が趣味でしょう？ あと、何かしらのサントラをほぼ毎日聴いてる、とか……、あとぉ」風秋夕はカウンター・テーブルに飲みかけのカクテルを置いて、考えながら言葉を続ける。「洋服と化粧品集めが好きなところ、美術館巡りが好きなところ」
「あとは？」未央奈は可愛らしく小首を傾げて夕に言った。
「テンションの高低差が激しいところ。あと笑い声が大きい。美しい」
「ふう～ん」未央奈は眠たそうに答えた。「一応あるんだ、個性っていうか。そういうの」
「くすみブルーと白が好きとか、一般的な知識なら、そういう角度からも言えるよ」夕は未央奈を大切そうに一瞥して言った。「ポケ～っとしてる事も多いし、マイペースで面白い事が好きとか、と思えば、やたら几帳面なとこもあるし」
「よくわかってらっしゃる」未央奈はくすっと笑った。「几帳面な部分とか、しっかりしなきゃ精神が出てくるのは、そこは母のDNAを感じます」
「仲良しだよね。お母さんも連れて来ればいいのに、たまにはさ」
「一応、秘密の場所でしょ？ ここって」
「まあね。未央奈ちゃんの家族なら大歓迎だけど」
「あ」
「え？」夕は未央奈を見る。「何？」
「夕君、あと数日で二十一歳じゃない？」堀未央奈は顕在的に大きな瞳をゆっくりと瞬かせながら言った。「だよねえ？」
「未央奈ちゃんが覚えててくれたなんて、幸せ者です、俺は」風秋夕ははにかんで未央奈に答えた。「正確には、十二月十六日ね。未央奈ちゃんは十月十五日で、二十四になったんだよね。プレゼント何贈ったか覚えてる？」
「うん覚えてる覚えてる」未央奈はよそ見をしながら、口元のタピオカミルクティーのストローを咥えて返事をした。「はや～い。もう二十四歳」
「二十四か。未央奈ちゃんは、卒業はまだ大丈夫だよね」夕は苦笑して言う。「あと何年安心してられるか。でもとりあえず今はまだ」
「ごめんね」
「え？」
堀未央奈は、風秋夕を真っ直ぐに見つめていた。
「それって、どういうごめん？」
風秋夕は戸惑いを隠せずに、堀未央奈を見つめ返す。
堀未央奈は、タピオカミルクティーを半分だけ残し、〈レストラン・エレベーター〉に飲みかけのカップを乗せた。
「もう行くね」未央奈は夕に、にこりと微笑んだ。「バイバイ、年下君」
堀未央奈は〈リリィ・アース〉地下八階の〈BRA・ノギー〉を一人で出て行った。
「なんの、ごめんねだよ。未央奈ちゃん……」夕は洋楽の流れる店内で、一人呟いた。
二千二十年十一月二十七日、その日の晩、堀未央奈の乃木坂46卒業が発表された。
２
港区の何処かの高級住宅街に存在する巨大地下建造物〈リリィ・アース〉。今宵もここには乃木坂46数名のメンバーと、乃木坂46ファン同盟の数名が集まっていた。
二千二十年十二月一日である。
乃木坂46一期生である齋藤飛鳥と乃木坂46三期生である梅澤美波、乃木坂ファン同盟の風秋夕(ふあきゆう)と稲見瓶(いなみびん)、そして磯野波平(いそのなみへい)は、ティラノサウルスの化石でも何体か丸々と収容できるであろう地下二階のメインフロアにある、東側のソファ・ポジションにて雑談に花を咲かせていた。
乃木坂46ファン同盟の三人は、いつもと変わることなく、はるやまのスーツを着用している。齋藤飛鳥はデザイン性と素材への拘りが反映されているメゾンミヤハラヤスヒロのTシャツを着ている。梅澤美波は女性の美しいシルエットの魅せ方を追求された、また、程よくトレンドも感じられるスナイデルのカーディガンを着ていた。
「聞いてた？」夕は飛鳥と美波に顔を向けて言った。「未央奈ちゃんの事」
「まあ、なんとなく」飛鳥は小首を傾げて頷く。
「全く知りませんでした」美波は辛そうな表情で答えた。
「まいやんの次は、未央奈ちゃんか」稲見は抑揚無く言った。「寂しいもんだね、こう、卒業が続くと」
「卒業ラッシュって奴な」磯野が言った。
「まあ……、でも、個人で考えて、悩み抜いて、決めた事だから」飛鳥は鉄板に鮮やかに盛られた牛ステーキを切り分けていく。「なんも言えないよ」
「周りも辛いけど、本人が一番辛いですからね」美波は飛鳥の切り分けていくステーキを大きく頬張った。「止めらえまえんよ」
「明日生放送の歌、収録だよなあ？」磯野は眉を顰めて二人の女子に言う。「なのに、今日チートデイしちゃうわけ？」
「年末まで、どうせスケジュールいっぱいだから」飛鳥もステーキを頬張る。「いつ食べるか、……て言われたら、今でしょ」
「俺、パス。食欲無い」夕は苦笑した。グラスを持つ。「チートデイに乾杯」
四人は、慌てて乾杯に合わせてグラスを持ち上げた。
様々な話題で豊富だったが、やはり一際惹きつける話題は堀未央奈の乃木坂46卒業の話題だった。しかし、他愛もない話題も尽きる事が無かった。
「MVの中で、卒業発表ってな、初めてか？」磯野は誰になく言う。
「うん。初の試みだよ」稲見が答えた。
数十皿の上に鮮やかに飾り付けられた肉たちが、齋藤飛鳥と梅澤美波の二人によって徐々に形を変えていく。
「あーあ、あんたがセクハラするから」飛鳥は横目で磯野を一瞥しながら言った。
「してねえべ！」磯野は焦る。「しっ、した事ねえだろ普っ通によ！」
梅澤美波は笑っている。その手のフォークには大きなウインナーソーセージが刺されていた。
「最低だよね？」飛鳥は夕を一瞥する。
「こいつは最低だよ。いつも」夕は深く納得した。
「おお？ 何だイジメか？こら」磯野は興奮する。「飛鳥ちゃんチュウしちゃうぞ？」
「だ、そういうのがセクハラなんだよ～」飛鳥は眉を顰めて苦笑してみせた。「自覚ないの？」
「脳みそ無いの？」続けて夕が言った。
「にゃーい」磯野はしらけっつらで答えた。
梅澤美波は笑っている。その手のスプーンにはスンドゥブチゲがすくわれている。
「明日は何を歌うの？」稲見が無表情できいた。無表情であるが、これは彼の通常であり、標準である。
「明日、えっと……」美波は思い出しながら説明する。「最初、クリスマスメドレーと」
「うおっほ！」磯野はあからさまに喜ぶ。「可愛いなあ！」
「あと、僕は僕を好きになる。と」梅澤美波は思い出しながら言った。「生田さんの、徳永英明さんとのコラボで、わかれうた。をやります」
「へー。盛り沢山だ」稲見は眼鏡の位置を直しながら言った。
「あのさ」飛鳥は面白そうに美波を見て言う。「イナッチか、夕君いると、梅って敬語になるよね。なんなのそれ。面白いけど」
「ああー」美波は思い返す。「そうか、そうかも」
作 タンポポ
１
「ねえねえ、夕君さあ。私の特徴って、何？」堀未央奈は端正な顔をきょとん、とさせて隣席に座る風秋夕(ふあきゆう)に言った。
「未央奈ちゃんの特徴？」夕は少しだけ考えて、答える。「滅多にというか、全然怒らないところ。大切な人と、約束的な事は何があっても守るとこ。この約束だって、三か月前の約束なのに守ってくれたしね」
「だって夕君、会うたびに言うんだもん」
「映画鑑賞が趣味でしょう？ あと、何かしらのサントラをほぼ毎日聴いてる、とか……、あとぉ」風秋夕はカウンター・テーブルに飲みかけのカクテルを置いて、考えながら言葉を続ける。「洋服と化粧品集めが好きなところ、美術館巡りが好きなところ」
「あとは？」未央奈は可愛らしく小首を傾げて夕に言った。
「テンションの高低差が激しいところ。あと笑い声が大きい。美しい」
「ふう～ん」未央奈は眠たそうに答えた。「一応あるんだ、個性っていうか。そういうの」
「くすみブルーと白が好きとか、一般的な知識なら、そういう角度からも言えるよ」夕は未央奈を大切そうに一瞥して言った。「ポケ～っとしてる事も多いし、マイペースで面白い事が好きとか、と思えば、やたら几帳面なとこもあるし」
「よくわかってらっしゃる」未央奈はくすっと笑った。「几帳面な部分とか、しっかりしなきゃ精神が出てくるのは、そこは母のDNAを感じます」
「仲良しだよね。お母さんも連れて来ればいいのに、たまにはさ」
「一応、秘密の場所でしょ？ ここって」
「まあね。未央奈ちゃんの家族なら大歓迎だけど」
「あ」
「え？」夕は未央奈を見る。「何？」
「夕君、あと数日で二十一歳じゃない？」堀未央奈は顕在的に大きな瞳をゆっくりと瞬かせながら言った。「だよねえ？」
「未央奈ちゃんが覚えててくれたなんて、幸せ者です、俺は」風秋夕ははにかんで未央奈に答えた。「正確には、十二月十六日ね。未央奈ちゃんは十月十五日で、二十四になったんだよね。プレゼント何贈ったか覚えてる？」
「うん覚えてる覚えてる」未央奈はよそ見をしながら、口元のタピオカミルクティーのストローを咥えて返事をした。「はや～い。もう二十四歳」
「二十四か。未央奈ちゃんは、卒業はまだ大丈夫だよね」夕は苦笑して言う。「あと何年安心してられるか。でもとりあえず今はまだ」
「ごめんね」
「え？」
堀未央奈は、風秋夕を真っ直ぐに見つめていた。
「それって、どういうごめん？」
風秋夕は戸惑いを隠せずに、堀未央奈を見つめ返す。
堀未央奈は、タピオカミルクティーを半分だけ残し、〈レストラン・エレベーター〉に飲みかけのカップを乗せた。
「もう行くね」未央奈は夕に、にこりと微笑んだ。「バイバイ、年下君」
堀未央奈は〈リリィ・アース〉地下八階の〈BRA・ノギー〉を一人で出て行った。
「なんの、ごめんねだよ。未央奈ちゃん……」夕は洋楽の流れる店内で、一人呟いた。
二千二十年十一月二十七日、その日の晩、堀未央奈の乃木坂46卒業が発表された。
２
港区の何処かの高級住宅街に存在する巨大地下建造物〈リリィ・アース〉。今宵もここには乃木坂46数名のメンバーと、乃木坂46ファン同盟の数名が集まっていた。
二千二十年十二月一日である。
乃木坂46一期生である齋藤飛鳥と乃木坂46三期生である梅澤美波、乃木坂ファン同盟の風秋夕(ふあきゆう)と稲見瓶(いなみびん)、そして磯野波平(いそのなみへい)は、ティラノサウルスの化石でも何体か丸々と収容できるであろう地下二階のメインフロアにある、東側のソファ・ポジションにて雑談に花を咲かせていた。
乃木坂46ファン同盟の三人は、いつもと変わることなく、はるやまのスーツを着用している。齋藤飛鳥はデザイン性と素材への拘りが反映されているメゾンミヤハラヤスヒロのTシャツを着ている。梅澤美波は女性の美しいシルエットの魅せ方を追求された、また、程よくトレンドも感じられるスナイデルのカーディガンを着ていた。
「聞いてた？」夕は飛鳥と美波に顔を向けて言った。「未央奈ちゃんの事」
「まあ、なんとなく」飛鳥は小首を傾げて頷く。
「全く知りませんでした」美波は辛そうな表情で答えた。
「まいやんの次は、未央奈ちゃんか」稲見は抑揚無く言った。「寂しいもんだね、こう、卒業が続くと」
「卒業ラッシュって奴な」磯野が言った。
「まあ……、でも、個人で考えて、悩み抜いて、決めた事だから」飛鳥は鉄板に鮮やかに盛られた牛ステーキを切り分けていく。「なんも言えないよ」
「周りも辛いけど、本人が一番辛いですからね」美波は飛鳥の切り分けていくステーキを大きく頬張った。「止めらえまえんよ」
「明日生放送の歌、収録だよなあ？」磯野は眉を顰めて二人の女子に言う。「なのに、今日チートデイしちゃうわけ？」
「年末まで、どうせスケジュールいっぱいだから」飛鳥もステーキを頬張る。「いつ食べるか、……て言われたら、今でしょ」
「俺、パス。食欲無い」夕は苦笑した。グラスを持つ。「チートデイに乾杯」
四人は、慌てて乾杯に合わせてグラスを持ち上げた。
様々な話題で豊富だったが、やはり一際惹きつける話題は堀未央奈の乃木坂46卒業の話題だった。しかし、他愛もない話題も尽きる事が無かった。
「MVの中で、卒業発表ってな、初めてか？」磯野は誰になく言う。
「うん。初の試みだよ」稲見が答えた。
数十皿の上に鮮やかに飾り付けられた肉たちが、齋藤飛鳥と梅澤美波の二人によって徐々に形を変えていく。
「あーあ、あんたがセクハラするから」飛鳥は横目で磯野を一瞥しながら言った。
「してねえべ！」磯野は焦る。「しっ、した事ねえだろ普っ通によ！」
梅澤美波は笑っている。その手のフォークには大きなウインナーソーセージが刺されていた。
「最低だよね？」飛鳥は夕を一瞥する。
「こいつは最低だよ。いつも」夕は深く納得した。
「おお？ 何だイジメか？こら」磯野は興奮する。「飛鳥ちゃんチュウしちゃうぞ？」
「だ、そういうのがセクハラなんだよ～」飛鳥は眉を顰めて苦笑してみせた。「自覚ないの？」
「脳みそ無いの？」続けて夕が言った。
「にゃーい」磯野はしらけっつらで答えた。
梅澤美波は笑っている。その手のスプーンにはスンドゥブチゲがすくわれている。
「明日は何を歌うの？」稲見が無表情できいた。無表情であるが、これは彼の通常であり、標準である。
「明日、えっと……」美波は思い出しながら説明する。「最初、クリスマスメドレーと」
「うおっほ！」磯野はあからさまに喜ぶ。「可愛いなあ！」
「あと、僕は僕を好きになる。と」梅澤美波は思い出しながら言った。「生田さんの、徳永英明さんとのコラボで、わかれうた。をやります」
「へー。盛り沢山だ」稲見は眼鏡の位置を直しながら言った。
「あのさ」飛鳥は面白そうに美波を見て言う。「イナッチか、夕君いると、梅って敬語になるよね。なんなのそれ。面白いけど」
「ああー」美波は思い返す。「そうか、そうかも」
作品名：ポケットいっぱいの花束を。 作家名：タンポポ