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ポケットいっぱいの花束を。

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「俺の時タメ語だから、イナッチか」夕はそう言うと、グラスを傾けて一口カクテルを呑んだ。「何、緊張するの? 無表情だから」
「いや!」美波は眼を見開いて言う。「緊張……、緊張はしてない、ですね。けど、何か……。あれ、何でだろう……。いつの間にか、ですかね」
 齋藤飛鳥は笑っている。その手のグラスにはアイス・コーヒーが淹れられていた。
「未央奈ちゃんにも、敬語?」稲見は自分的に優しく美波に言ってみた。否、無表情である。
「あーはい。未央奈さんにも敬語ぉですね」
「飛鳥ちんは」夕が飛鳥にきいた。
「未央奈と?」飛鳥は不意を突かれた顔で夕を振り返った。「え、普通に。しゃべるけど」
「一期生で敷居が高いのって、やっぱ飛鳥ちゃんなの?」夕は悪戯っ子が楽しむように美波に言った。
「えー、どうなんでしょう、ねぇ……」美波はまた考え耽る。その手のフォークにはハンバーグが刺されている。「でも、飛鳥さんとは、映像研で、お近づきになれたんで」
「ふん、そだね」飛鳥も頷いた。その手の箸にはたこ焼きがつままれている。
「こうやって、チートデイも二人でやってるし」美波は満足そうに、そう言ってからハンバーグを頬張った。「ありがたいえす、うえしい」
「仲良しってわけじゃないけど」飛鳥が言う。
「またー」美波が言った。
「仲良しっつうか、まあ、ラブラブだよな。俺とは」磯野は真顔で飛鳥に言った。夕は咳き込んでいる。
「お前もう黙ってろ」飛鳥は呆れて言う。「夕君、その、お皿取って下さる」
「OK、この伊勢海老みたいの? OK」夕は息を整えながら、指定された皿を飛鳥のテーブル付近に置き、磯野を軽蔑の眼差しで一瞥する。「飛鳥ちゃんのツンデレが好きなの知ってるからな、見たいんだろ? でもお前にデレは来ないぞ、一生」
「なんでやねん!」興奮してソファを立ち上がる磯野。「じゃあ誰が何位かここで決めようぜ! 今ここでよ!」
「それ、未央奈にもやってたでしょう」飛鳥は伊勢海老を小皿に取り分けながら一瞬の一瞥で磯野に言った。「結婚するなら誰、付き合うなら誰、誰が何位?」
「やってもいいだろ好きなんだよ!」磯野は叫んだ。「遊んでほしぃんだよお!」
「うるっさいなぁ……」飛鳥は驚いた顔で磯野を見つめた。「声でえっか」
 梅澤美波は笑っている。その態勢は齋藤飛鳥からの伊勢海老待ちであった。
「ちなみに、未央奈さんは何て?」美波が三人の男子にきいた。
「付き合うなら、一位が夕。決め手は経済力らしい」稲見は淡々と答える。「ちなみに結婚するなら夕じゃダメらしい。理由は、私だけを見ててほしいから、たぶん夕じゃ無理、との回答だったね」
「筋肉マッチョが好きな時期もあったんだぜ? へへ」磯野は照れながら言った。「困っちゃうな~、マッチョなだけに」
「でも、基本年上がいいとも言ってたね」稲見は言葉を追加した。「今年の夏まで、未央奈ちゃんは俺達を年上だと思ってて、年下だと知ってからの態度があからさまに変わった」
「それってどういう意味だよ」磯野は顔をしかめて稲見に言う。「狙ってた、てのか?」
「ないない」飛鳥がテーブルに視線を下げたままで、溜息を吐くかのように言った。
「梅ちゃんは付き合うなら、誰?」夕は明るく楽しんで美波に言った。「もちろんダーリンも有りだぜ」
「えー……うーん……誰だろ」美波は悩んだ表情で、飛鳥を見た。「飛鳥さんは、どうですかね」
「くっだらない」飛鳥は真顔で言った。ひたすら食べている。
「そうそう。それよりさ、僕は僕を好きになるだけどさ」夕は機嫌良さそうに二人の女子に視線を向ける。「許せない嘘や誤解が招いた孤独、のとこ。ゆーるせーないー、嘘やごーかいがまーねいたこーどくー、のごーかいのとこ。腰に手を置いて肩くいくいするダンス。あれ最高に好き」
「わかる?」稲見は二人の女子に言った。
「こういうの」夕は肩をくいくいやってみせる。
「はいはい」飛鳥は頷いた。
「あー、そこ好きなんだ」美波はけらっと笑った。
「あと、人生は近過ぎちゃ見えなくなる、の、じーんせーいは、に入る前の振りで、みんなでふわっ、てやるの、あれいいね」
「ふわっと?」飛鳥は夕にきいた。
「こういうの」夕はふわっとやってみせた。飛鳥は納得したようだった。「あと、最後の僕は僕を好きになる、の、僕は僕ーをー、て入る前の振りで、やっぱりふわ、てやるよね。あの抒情的なポーズが、癖になる。あそこ飛鳥ちゃんばっかり見てるから」
「いいから。みんなを見て下さい」飛鳥は料理に視線を向けたままで言った。
「未央奈ちゃん最後のシングルも、ルート246に続いて神曲だね」稲見は澄まして言ったが、本人的には少し高揚していた。「歌もダンスもいい。神がかってる。えと、波平は何が一番好きなんだっけ?」
「裸足でラバーだ」磯野は鼻息を荒くした。
「ちょっと違うんだよ」飛鳥は呆れる。
「サマーな。ラバーは何、ゴムの事?」夕は嫌そうに磯野を見る。
「ラバーは愛だろうが!」磯野は顔をしかめて言い放った。「ま、サマーだけどな……。だ夏だな」
「夕は?」稲見は夕に尋ねる。「何が一番好き?」
「俺はその時のシングルが一番ハマる」夕はにこりと微笑みを浮かべ、稲見に立てた親指を見せた。「今は僕は僕を好きになる、が一番。あと、未央奈ちゃんの冷たい水の中、だな。ずっと聴いてる。あ、飛鳥ちゃんセンターの曲は別格だよ?」
「ほんと? に言ってます?」飛鳥は料理を味わいながら、夕を一瞥した。「この人、ほんと軽いから、誰にでも言ってそう」
「だな」と磯野。
「黙れ」と夕。「波平、てめえにだけは言われたくねえよ。梅ちゃんこいつDDなんだぜ? 叱ってやってよ」
「だまらっしゃい!」磯野は心外そうに憤怒して言う。「大体なあ、乃木坂は他界とレベチだろうが! 全員がレベチで可愛いんだよ!何で俺だけDD扱いされなきゃいけねえんだ! 激おこスティック・ファイナリアリティ・ぷんぷんドリームだぞ!」
「スーパー・ウルトラ・グレート・デリシャス・ワンダフル嘘くさい」夕は座視で磯野を睨む。「可愛けりゃいいんだろ、お前は」
「馬鹿野郎! 歌もダンスも努力も根性も血と汗と涙も好きの理由だこら!」
「変なの入ってなかったか、今……」
「まあまあ」美波は他人事のように薄い笑顔で言った。「あ、飛鳥さんこれ、食べてみて下さい。美味しい」
「え~? もう食べられない……」飛鳥は自覚無しに可愛らしく言った。
 今の瞬間の齋藤飛鳥を見逃さなかった男子三人は、人知れずに息を整えた。
「俺はね、帰り道は遠回りしたくなる、が好きだね」稲見は深呼吸をした後で四人にそう言った。「あしゅみなみおなのスリーフォールド・チョイスも大好きだし、映像研のファンタスティック三色パンも大好きだし。あしゅみなの、制服を脱いでサヨナラをも、特別に好きだね」
「ありがとう」飛鳥はちょこん、と頭を下げた。
「ありがとうございます」美波もちょこん、と頭を下げた。
「シング・アウトの飛鳥ちゃんのソロダンスもいけてるよな?」磯野が上機嫌で言った。