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ポケットいっぱいの花束を。

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「へへっ、もっと怒ってくれよ」磯野は満面の笑みで言った。
「きも!」夕は嫌そうに言った。
「こわ!」未央奈は可笑しそうに言った。
「ファンクラブ会員だぜ? 俺は。何で怖がるんだよ未央奈ちゃん」
「俺だって会員だわ」
「俺もだね」
「俺ゃ名誉会員だぞ!」磯野は鼻息を荒くして、顔をしかめて言った。「一般会員はでしゃばってくんな、つうの」
「恋に上下の隔(へだ)てなし」稲見は落ち着いた口調で言った。「ラブ・ハズ・ノー・ランク・オア・デグリー。恋には、身分の上下なる隔てなど無いという事」
「そーそー。好きでいればいいんだよ」夕はそう言って、未央奈を見つめる。「ねー? 未央奈ちゃん!」
「ファンクラブの会員も、未央奈ちゃんを好きだという一種のプロトコルに過ぎない。名誉会員なんて、必要ないんだよ」稲見は淡々と言った。
「プロフィットを考えると、名誉会員制も有かもよ?」夕は稲見に言った。
「夕のレトリックには理論性が確かにあるけどね、生々しい」稲見は苦笑した。
「何の話?」未央奈は眼をぱちくりとさせる。「てか何語?」
「俺達はフェノールフタレインと一緒で、乃木坂はアルカリ性って事かな」夕はそう言って、首を傾げた未央奈ににこりと笑った。
 稲見瓶は説明する。「フェノールフタレインとはね、粉末状であるフェノールフタレインをエタノール等に溶かしたもので、アルカリ性の検出に使われてる試薬なんだ。対象のものが酸性か中性かの判断は出来ないけどね。でも、対象がアルカリ性であれば、濃いピンク色に変化してね、濃度がもっと高くなるほどに、濃い紫色を示すんだ」
「乃木坂のカラーじゃん」未央奈は納得した様子だった。
「ね。俺らと一緒でしょ?」夕は無邪気に短く笑った。
「何わっけわっかんねー事言ってんだてめえら、博士か、ったく……」
「お前は生徒にもなれねえな、態度悪すぎて」
「また二人すぐケンカするー」未央奈は苦笑する。「でも、それが面白い。ふふ」
「晴れの日もあれば、雨の日もあるからね」稲見は、未央奈にうん、と頷いた。「それだから面白いんだ、人生は」
「そだね」
「だからお前は筋肉しかねえんだよっ!」
「筋肉のどこが悪ぃんだこのキザ野郎!」
「んもう……。やーめーなーよっ。これじゃあ、今日は雨だね」
「大丈夫。きっとそのうち、晴れるから」


      二千二十一年七月二十六日 完