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(1)


コートを肩に掛けてくれてから、どれだけ彼の訪れを待ったことだろう。
今度会ったら、自分の気持ちをすべてアレクセイに伝えたい、伝えるんだ。そう決めていた。
記憶も、強さも、何も無いけれど、ずっと一緒に、側にいたい……と。
そんな風に心に決めてしまうと、何をしていてもソワソワと落ち着かなく、家事の合間にガリーナの目を盗んで窓の外に彼の姿を探していた。
朝の柔らかな光の中。
鈍色の雲からチラチラと舞い降りる雪の向こう側。
そして、か弱い太陽が隠れて街頭のほのかな灯りだけが頼りの深い闇の中。
ポケットに両手を突っ込んで、亜麻色の髪をなびかせ少し早足のアレクセイが今にも現れるのではないか……と。
ともすると窓の外ばかりを見つめるユリウスはガリーナに何度もからかわれ、その度に頬を染め、時には2人で笑い合ったりもしていた。
会えない時間ではあっても、そんな時間でさえも愛おしく、アレクセイへの想いはますますつのっていった。

それでもここ最近は、アレクセイの訪れの無い事に落ち込みがちになっていた。あまり笑わなくなったユリウスをガリーナは優しく気づかい包み込んでくれていた。

「アレクセイ、今日も来ないね」
寂しそうに窓の外の暗闇を見つめるユリウスに、ある時ガリーナは手鏡を渡し髪をブラッシングすると言い始めた。
はじめユリウスはあまり乗り気ではなかったが、ガリーナはやさしく彼女にブラシをあて髪をといた。
「髪はね、ブラッシングしてあげるとより艶を増すのよ」
「ぼく、ブラッシングするのって好きではないんだ。この髪もクセが強くて嫌いなんだ」
ブラッシングにいい思い出は無かった。
ユリウスは今は遠くなったユスーポフ家での事に思いを馳せた。


あの邸では……
美しく磨かれたドレッサーの前に毎朝座らされ、ユリウス付のメイドがブラッシングしてくれていた。それがどういう意味を持つのか気にしたことは無く、毎朝の身支度の一環としか思っていなかった。
無表情のメイドはいつも何かをつぶやいていたけれど、ユリウスの耳にはまったく入ってこなかった。
豪奢な装飾に縁どられた大きな鏡の向こう側には無為な表情をした自分いる。こちらを力の無い瞳で見つめているのがたまらなく嫌で、毎朝必ず訪れるこの時間はユリウスにとって苦痛でしかなく、知らず知らずのうちに目をそらしていた。
もちろん髪など気にも留めた事も無い。
リュドミールやヴェーラが褒めてくれたりもしたが、どこか他人事の様な気がしていたりした。


「わたしはとても好きよ。綺麗で艶をはらんでいて、何よりとても豪華だわ。ウェーブも素敵。羨ましいわ」
「そうかな……?」
「アレクセイなんて特に好きだと思うわ」
瞬時に頬が真っ赤に染まりユリウスは恥ずかしくなって俯いてしまった。
「そ、そんなこと……」
ガリーナは微笑んでゆったりとブラッシングを続ける。
「本当に見事な金髪ね。少しブラッシングしただけでもうこんなに輝いて艶やかになったわ。ほら見て」
肩にかかる髪を一房手に取る。確かに艶やかになったような気がする。ユリウスは恐る恐る顔を上げ、手鏡の向こう側の自分を見つめた。
ランプの仄かな灯の中ではあったが、金色の髪はいつもよりも輝いているように見えた。それに頭がいつもよりも軽くなった様な気さえする。
「ね、素敵でしょ」
「……う、……う…ん」

「ねぇ、ユリウス」
小さな手を肩に乗せ、ガリーナは優しく語りかけた。
「アレクセイは今重要な任務についていて、なかなか来られないってフョードルも言っていたわ。でもあなたを忘れたわけでもないし、避けているわけでもないわ。任務が落ち着けば必ず来るわ。わたしね、今度彼が来たら、もうあなたたちは二人で暮らすべきだとまた言おうと思うの」
「ガッ、ガリーナ!ま、またって?」
「前に言ったことがあるのよ。どうして一緒に暮らさないのって」
ユリウスは咄嗟に立ち上がり、頬を真っ赤にしてガリーナに詰め寄った。
「ガリーナ!そんなことっ!」
「だって、お互いこんなにも想い合っているんですもの。どうして離れていなければならないの?その方が不自然だわ」
「……だけど、アレクセイは……」
「そうね……。彼はあなたに対してはとても不器用で頑なだから一筋縄ではいかないけど……。でもわたしね、なんとなくわかるのよ。もう彼にとって、あなたはなくてはならない存在になっているわ。それはあなただって一緒でしょう?アレクセイの事をあんなに想っているんですもの」
ガリーナは、ユリウスがフョードルに泣きながら詰め寄った事を言っていた。
ユリウスの頬が更に染まった。
「だからわたしね、彼が今度来るまでにあなたを少し磨いてあげようと思って」
「磨く?」
「ええ。あなたはこんなに綺麗なのに、自分の事を全く飾ったりしないんですもの。ドレスも着ないし。それが魅力でもあるけど」
「ガリーナ……」
ガリーナは微笑むと、再びユリウスを椅子に座らせ手鏡を持たせた。
「まずはアレクセイが好きなこの髪をお手入れしていきましょう。お手入れって言っても特別な事は何もないのよ。こうして優しくブラッシングしてあげるだけでいいの」
優しい声と、優しいリズムを刻んでブラッシングしてくれるガリーナを手鏡越しに見ると、本当にうっとりとした顔をしていた。
目が合うとにっこりと微笑むガリーナに不思議な感覚が蘇る。

……誰か、こんな風に笑顔をむけてくれた人を知っている。

普段はあまり思い出さない様にしている記憶の向こう側を恐る恐る探ってみた。
朧げに浮かぶ人影。黒い服、黒い髪。いつも優しくしてくれていた。
思い出した優しい母ではない。
多くの友の中の誰かでもない。
もちろんユスーポフ家のメイドでもない。
その黒髪の優しい少女は側にいて、こんな風に髪をといてくれた気がする。
あれは誰なのか……?
しばらく記憶の中を探しても見つけることは出来なかったけれど、確かにこんな風に優しくブラッシングしてくれたと確信できる。
優しいリズムに髪だけでなく心も解きほぐされ、穏やかな気持ちになっていった……と。

変わったのは髪だけではない。小さな手鏡の中の自分は、いくらか生気に満ちている気がした。
「ね、毎日こうしてブラッシングしていきましょう。アレクセイが来る頃には、もっと輝く髪になっている筈よ。彼もきっと驚くわ」
「そう……かな?」
頬を染めて前髪に触れる。アレクセイはよく前髪をかき混ぜてくれる。その時の彼の手のぬくもりや仕草、少し嬉しそうな表情を思い出すと途端に鼓動が高鳴る。
次に彼が来るまでに、本当にこの髪はそんな風に綺麗になるのだろうか。もし少しでも綺麗になったら、アレクセイは驚くだろうか?気に入ってくれるだろうか?いつもの様に髪をかき回してくれるだろうか?
そしてその時に自分の気持ちを伝えたら、どう思うだろうか?
「……早く……会いたい……な」
小さな鏡の中のガリーナが優しく微笑んだのが見えた。


作品名:その先へ・・・7 作家名:chibita