BUDDY 1
BUDDY 1
「召喚?」
剣の荒野に佇む英霊は、既視感に襲われた。
「この感じ……」
その感覚は、何度か味わったことのあるものだった。
「はぁ……」
ため息をひとつ吐く。だが、決して嫌気がさしているわけではない。
「今度は、きちんと召喚陣に招いてくれよ、凛」
呟いたものの、絶対にそうはならないという確信が英霊にはあった。
何しろ、この手の召喚は四度目だからだ。
英霊はこれまでに三度、優秀な魔術師の少女に召喚され、聖杯戦争を闘った。そして、その三度の召喚どれもが、いきなり邸宅に墜落するというものだった。
一度目は、一番敵にはしたくないバーサーカーと対峙することになり、その脅威から彼女たちを逃すために途中退場。二度目は、自身の目的遂行を目指して彼女を裏切ったりもしたが、最終的には和解して彼女を勝者にすることができた。そして三度目、左腕とその後を少年に託し、やはり途中退場。
三度目の召喚の結果と途中経過はわからないが、あの物騒なモノはどうにかなったのだろうという気がする。覚悟を決めたあの少年が、自身の意思を全うすることは想像に難くない。
ふ、と思わず笑みが漏れる。少年の意志の強い琥珀色の瞳が懐かしく思える。
「さて。今回は、どうなるのやら……」
どんな結果に陥ろうとも、どんな死闘を繰り広げようとも、守護者と呼ばれる装置の役割に比べれば雲泥の差だ。英霊となった己の意思をある程度貫ける機会。こんな、存在意義すら見出せない“仕事”に比べれば断然いいに決まっている。
赤いペンダントを取り出し、じっと眺める。
マスターであった少女との繋がりであるこのペンダントは、三度とも彼女に返したのだが、いつのまにか英霊の手元に戻っていた。
おそらくそれは、彼の少年が彼女に命を救われるという絶対的な運命があるからなのだろう。また、そうしなければ、はじまらない運命とも言える。ということは、その少年から派生している英霊は、どうしようともしがらみを断てないようにできている。
「後悔も殺意も、すでにないのだがな……」
少年の言葉と意地に救われたのは、いったいどのくらい前のことだろう。
英霊の座には時間というものが存在しないため、つい今しがたのことか、もうずいぶんと以前のことかなどわからない。
ただ少年の放った言葉が英霊には深く、そして強く響くものだったというだけ。
またあの未熟者と顔を合わせるのかと思うと、何やらむず痒さと苛立ちを感じ、ため息をつきたくもなるのだが、以前まで内に飼い慣らしていた殺意はどこかへ行ってしまっている。
「まあ、どのみち、私は聖杯戦争を闘うだけだがな……」
諦めとも期待ともとれない口調で呟いて、英霊は召喚に応じた。
「まったく……。ようやく普通に召喚してもらえ――」
「ぁ……」
月光が差し込む青い光の中で、大きく目を瞠った少年が真っ直ぐに己を見上げている。
「な……ん、だと?」
状況が飲み込めず、英霊は思わず間抜けな声を上げた。
「な、なんだ、てめぇ」
声に振り向くと、赤い槍を手にした青い男が混乱を含んだ声で訊ねてくる。
こちらが訊きたいとは言えず、英霊は尻餅をついたままの少年を背にして青い男に向き合う。
(この状況は、明らかに聖杯戦争だ)
だが、これは、いったいどういうことだ、と青い男同様に混乱を覚える。
(様子が違っている。他の時とは明らかに……)
状況を鑑みればみるほど頭を抱えたくなるのだが、今それを云々しているわけにもいかず、目前の状況に対処しなければならない。
「なんだ、と訊かれても……、おいそれと答えるはずがないだろう?」
冷静さを装い、薄く笑みを浮かべて揶揄するように言えば、
「チッ! サーヴァント……。そこの坊主もマスターだったってことかよ」
軽く舌を打った青い男は腰を落とし、今にも跳びかかってきそうだ。そんな物騒な者を前にして普通、いや、初見であれば、剣を構え、迎え撃つ体勢を取るのだろうが、英霊はこの青い男に慣れていた。
青い男・ランサーは、初回の相手には手を抜く。彼のマスターは、初見の相手は様子見して退け、という令呪を使っているのだ。
ランサーを含め、英雄と称された者が聞けば憤慨ものである内容だが、今この状況では、英霊にとってありがたいことではある。
(ここでは、やりにくい……)
見知った相手であるという余裕からか、この建物が被害を受けてしまうことまで英霊は考えていた。
「ここは狭い。表に出ないか?」
「ほう? やる気だなァ」
にやり、と口角を上げた青い男はすんなりと戸口を出ていく。
別段やる気があるわけではないが、この中でやり合うとなると、この建物も中にある様々も破壊されてしまう。
それは避けたい、と英霊は思ってしまった。
(感傷に浸っている場合ではないというのに……)
どうしても懐かしさが拭えず、英霊は苦笑いを浮かべる。そうして、青い男を追うように足を踏み出しかけて、思い出したように少年を振り返った。
「ぁ、あの、」
「さっさと立て。いつまで呆けているつもりだ」
鋭く言えば、少年は慌てて立ち上がり、英霊に近づこうとする。
「ここに隠れていろ。お前を守りながらなど、やりにくい」
「え? あ、わ、わかった」
状況が飲み込めてはいないものの、少年は素直に引き下がり、戸口の脇の壁に身を潜めた。
「おとなしくしていろよ」
一言だけ残し、英霊は戸口を出る。
(魔力は足りるだろうか? うまく躱してランサーには退いてもらわなければならないが……)
甚だ厄介な状況だ、と英霊はため息をつきたくなった。
***
「……で? 衛宮くん、あなたはマスターなのね?」
「う、あ、う、うん。そう、みたいだ……」
まるで説教をされているように小さくなった少年・衛宮士郎を、苛立ちながら問い質しているのは、先ほどランサーを退けたセイバーのマスター・遠坂凛だ。
その様子を眺め、変わらないな、と内心苦笑いをこぼし、ふと傍らの士郎へと目を向ける。
“親しいわけではないが、同じ学校に通う同級生。しかも、学園一の才女、と遠巻きにする男子の中ではアイドル的存在。その遠坂凛が自宅にいる!”
(そんなことで頭の中はいっぱいだろう…………)
手に取るようにわかってしまう士郎の心情を辟易しながら思い浮かべ、ため息が出そうになるのをどうにか抑える。
凛の口からぽんぽん勢いよく飛び出てくる詰問に、士郎は辿々しく答えることしかできていない。何しろ、魔術師のなんたるかや聖杯戦争のことなど、つゆとも知らないのだ。すらすら答えられる方がおかしい。
そんな士郎の傍らで、この衛宮邸の土蔵に召喚された英霊・アーチャーは呆れることしかできないでいる。
「あ、あのぅ……」
「なに?」
凛に鋭く訊き返され、士郎は口籠る。
「何よ、はっきり言いなさい! 男でしょ?」
「ぅ、ぐぅ……」
言いたいことはそれなりにあるが、混乱が士郎の言葉を奪っているようだ。今、何が起こっているのかを訊きたいし、どうして自分が、という疑問もあるだろう。だが、何をどう訊こうとしても、何もわからない状態で、結局何も訊けない状態に陥っている。
「一つ提案がある」
「召喚?」
剣の荒野に佇む英霊は、既視感に襲われた。
「この感じ……」
その感覚は、何度か味わったことのあるものだった。
「はぁ……」
ため息をひとつ吐く。だが、決して嫌気がさしているわけではない。
「今度は、きちんと召喚陣に招いてくれよ、凛」
呟いたものの、絶対にそうはならないという確信が英霊にはあった。
何しろ、この手の召喚は四度目だからだ。
英霊はこれまでに三度、優秀な魔術師の少女に召喚され、聖杯戦争を闘った。そして、その三度の召喚どれもが、いきなり邸宅に墜落するというものだった。
一度目は、一番敵にはしたくないバーサーカーと対峙することになり、その脅威から彼女たちを逃すために途中退場。二度目は、自身の目的遂行を目指して彼女を裏切ったりもしたが、最終的には和解して彼女を勝者にすることができた。そして三度目、左腕とその後を少年に託し、やはり途中退場。
三度目の召喚の結果と途中経過はわからないが、あの物騒なモノはどうにかなったのだろうという気がする。覚悟を決めたあの少年が、自身の意思を全うすることは想像に難くない。
ふ、と思わず笑みが漏れる。少年の意志の強い琥珀色の瞳が懐かしく思える。
「さて。今回は、どうなるのやら……」
どんな結果に陥ろうとも、どんな死闘を繰り広げようとも、守護者と呼ばれる装置の役割に比べれば雲泥の差だ。英霊となった己の意思をある程度貫ける機会。こんな、存在意義すら見出せない“仕事”に比べれば断然いいに決まっている。
赤いペンダントを取り出し、じっと眺める。
マスターであった少女との繋がりであるこのペンダントは、三度とも彼女に返したのだが、いつのまにか英霊の手元に戻っていた。
おそらくそれは、彼の少年が彼女に命を救われるという絶対的な運命があるからなのだろう。また、そうしなければ、はじまらない運命とも言える。ということは、その少年から派生している英霊は、どうしようともしがらみを断てないようにできている。
「後悔も殺意も、すでにないのだがな……」
少年の言葉と意地に救われたのは、いったいどのくらい前のことだろう。
英霊の座には時間というものが存在しないため、つい今しがたのことか、もうずいぶんと以前のことかなどわからない。
ただ少年の放った言葉が英霊には深く、そして強く響くものだったというだけ。
またあの未熟者と顔を合わせるのかと思うと、何やらむず痒さと苛立ちを感じ、ため息をつきたくもなるのだが、以前まで内に飼い慣らしていた殺意はどこかへ行ってしまっている。
「まあ、どのみち、私は聖杯戦争を闘うだけだがな……」
諦めとも期待ともとれない口調で呟いて、英霊は召喚に応じた。
「まったく……。ようやく普通に召喚してもらえ――」
「ぁ……」
月光が差し込む青い光の中で、大きく目を瞠った少年が真っ直ぐに己を見上げている。
「な……ん、だと?」
状況が飲み込めず、英霊は思わず間抜けな声を上げた。
「な、なんだ、てめぇ」
声に振り向くと、赤い槍を手にした青い男が混乱を含んだ声で訊ねてくる。
こちらが訊きたいとは言えず、英霊は尻餅をついたままの少年を背にして青い男に向き合う。
(この状況は、明らかに聖杯戦争だ)
だが、これは、いったいどういうことだ、と青い男同様に混乱を覚える。
(様子が違っている。他の時とは明らかに……)
状況を鑑みればみるほど頭を抱えたくなるのだが、今それを云々しているわけにもいかず、目前の状況に対処しなければならない。
「なんだ、と訊かれても……、おいそれと答えるはずがないだろう?」
冷静さを装い、薄く笑みを浮かべて揶揄するように言えば、
「チッ! サーヴァント……。そこの坊主もマスターだったってことかよ」
軽く舌を打った青い男は腰を落とし、今にも跳びかかってきそうだ。そんな物騒な者を前にして普通、いや、初見であれば、剣を構え、迎え撃つ体勢を取るのだろうが、英霊はこの青い男に慣れていた。
青い男・ランサーは、初回の相手には手を抜く。彼のマスターは、初見の相手は様子見して退け、という令呪を使っているのだ。
ランサーを含め、英雄と称された者が聞けば憤慨ものである内容だが、今この状況では、英霊にとってありがたいことではある。
(ここでは、やりにくい……)
見知った相手であるという余裕からか、この建物が被害を受けてしまうことまで英霊は考えていた。
「ここは狭い。表に出ないか?」
「ほう? やる気だなァ」
にやり、と口角を上げた青い男はすんなりと戸口を出ていく。
別段やる気があるわけではないが、この中でやり合うとなると、この建物も中にある様々も破壊されてしまう。
それは避けたい、と英霊は思ってしまった。
(感傷に浸っている場合ではないというのに……)
どうしても懐かしさが拭えず、英霊は苦笑いを浮かべる。そうして、青い男を追うように足を踏み出しかけて、思い出したように少年を振り返った。
「ぁ、あの、」
「さっさと立て。いつまで呆けているつもりだ」
鋭く言えば、少年は慌てて立ち上がり、英霊に近づこうとする。
「ここに隠れていろ。お前を守りながらなど、やりにくい」
「え? あ、わ、わかった」
状況が飲み込めてはいないものの、少年は素直に引き下がり、戸口の脇の壁に身を潜めた。
「おとなしくしていろよ」
一言だけ残し、英霊は戸口を出る。
(魔力は足りるだろうか? うまく躱してランサーには退いてもらわなければならないが……)
甚だ厄介な状況だ、と英霊はため息をつきたくなった。
***
「……で? 衛宮くん、あなたはマスターなのね?」
「う、あ、う、うん。そう、みたいだ……」
まるで説教をされているように小さくなった少年・衛宮士郎を、苛立ちながら問い質しているのは、先ほどランサーを退けたセイバーのマスター・遠坂凛だ。
その様子を眺め、変わらないな、と内心苦笑いをこぼし、ふと傍らの士郎へと目を向ける。
“親しいわけではないが、同じ学校に通う同級生。しかも、学園一の才女、と遠巻きにする男子の中ではアイドル的存在。その遠坂凛が自宅にいる!”
(そんなことで頭の中はいっぱいだろう…………)
手に取るようにわかってしまう士郎の心情を辟易しながら思い浮かべ、ため息が出そうになるのをどうにか抑える。
凛の口からぽんぽん勢いよく飛び出てくる詰問に、士郎は辿々しく答えることしかできていない。何しろ、魔術師のなんたるかや聖杯戦争のことなど、つゆとも知らないのだ。すらすら答えられる方がおかしい。
そんな士郎の傍らで、この衛宮邸の土蔵に召喚された英霊・アーチャーは呆れることしかできないでいる。
「あ、あのぅ……」
「なに?」
凛に鋭く訊き返され、士郎は口籠る。
「何よ、はっきり言いなさい! 男でしょ?」
「ぅ、ぐぅ……」
言いたいことはそれなりにあるが、混乱が士郎の言葉を奪っているようだ。今、何が起こっているのかを訊きたいし、どうして自分が、という疑問もあるだろう。だが、何をどう訊こうとしても、何もわからない状態で、結局何も訊けない状態に陥っている。
「一つ提案がある」