aph 『伝説のエリシアン』
1 イギリス
「とりあえずさ、日本は、お兄さんと組もうよ。」
フランスが薔薇のようなスマイルとともにウインクをバチバチ飛ばしながら口説いているのは、近年とみに舌が肥えたと評判の上がった日本。
「ふざけるな!たった今俺が組もうっつったの見てただろこのヒゲ野郎!」
どこに行っても、何をしようにも、必ず火花を散らすこの二人。
「いえ、あのう……いきなり結論から切り出されて、いきなり決断を求められましても、私としましては、何をどうしていいやら」
原因は、このたび行われるという、万国博覧会、ではなく、パン国博覧会……パンづくり世界選手権とも言うべき、食の祭典の開催が決まったことにあった。
そもそも元を正せば、原因はイタリアの一言にある。
「俺、パスタが食べたいなぁ~」
いつもの調子で空腹を訴えるイタリアに、「芋でも食っとけ…」とドイツがツッコミを入れ、「俺んちのマックは最高だぞ!」とアメリカが威張り、「おいおいおいおい、パンを使った料理なら俺のことを忘れちゃ困るよ?」食べ物の話とみるやフランスが身を乗り出す。
「そうですね、ハンバーガーの美味しさの決め手は、肉のようでいて実はバンズが命ですよね。」と日本が迎合すれば、「うん、フランスくんちのパンは種類も豊富で、いいと思うよ。」とロシアが肯定し、「パンなんて西洋の食べ物、我は食わんある!我のまんじゅうの方がずっと美味しいあるね」中国は自己主張を忘れない。
――このように白熱して長引いていた世界会議の真っ最中に、誰もが感じていても口にせずにいた空腹の告白をしてしまったばっかりに、同じく強い空腹を感じていた各国参加者の殺気立った食べ物論議が始まってしまったわけだ。
その後の主張の混沌ぶりはご想像にお任せしたい。
飢えにイライラしながらお互いに自国の料理の自慢をして引かない彼らである。何がどうなったのか、最後に出された結論が「みんな平和にに楽しく戦おうよ。つきましては、国際競技会を開催しようぜ」というものだったのだ。
世も末である。
こういったときに絶妙の言語能力を発揮して自分に有利になる状況へと誘導するフランスが、「とりあえず第一回はパンで」という方へ持っていった。
「うん、パスタソースにパン付けて食べたら美味しいかもね~。パスタ食べたあとに。」
直後につぶやかれたこのイタリアの一言から、テーマもなぜかパンに決定。
もういい加減に会議を切り上げて本当に食事にしたい・・・と思った全員によって、「それでいい、それで」という事になってしまったのだ。
口論のきっかけを作っておきながら、ほとんど口論に参加せずして、最後の決定まで左右する。イタリア、おそるべし。さすがローマ帝国の末裔である。
しかし。
ここにただ一人、いつもならあり得ないほど珍しく、口数が少なくおとなしい者が居た。
「ったく……何を話し合うための世界会議だよ!」
会議室を出た廊下でブツブツと文句を言うのはイギリスである。
「俺は……料理の大会なんて……」
食材にも技術にも誰からも良い評価を受けたことのない彼は、建前上賛成こそしてみせたものの、全く気乗りしなかった。
唯一の救いは、合同出展――つまり、他の国とのコラボ作品による出場も認められることだ。
一人での参加については優勝など狙いようもない。そっちはグルメ野郎共に任せておいて、せめてペア出場の部門だけでも、上位に・・・。
いや、贅沢は言わない。せめて平均以下にならないように、できないものだろうか。
会議の時の顔ぶれを見れば、参加表明国は数十カ国にはなるだろう。最下位は避けたい。
かといって、近所のヨーロッパ勢のやつらとは、競う相手としか見なせず、組むなんて考えられもしなかった。
中国の奴なら上手いものを知ってそうだが、あいつと組んだら功労はすべて中国のおかげということで栄誉にあやかれなくなる公算が強い。
日本。
最初から頭に浮かんでいたのに、極力最後まで別の選択肢を探そうとした相手である。奴はつまり結果を見せたい対象なのであって、正直外側から、遠くから見ていてほしいと思う相手だった。
しかし、背に腹は代えられない。
いつか来た道のような錯覚を覚えながら(それは実は錯覚ではないのだが)、とりあえず土産にできる美味いものもないので、唯一自慢できるイングリッシュ・ローズの時季外れの花束を持って、イギリスは日本の家の戸を叩いた。
作品名:aph 『伝説のエリシアン』 作家名:八橋くるみ