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Quantum 第二部

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1.Pendulum



 何時の頃からだろう。
 サガ曰くの『試しの君』として振る舞い、黄金聖闘士達と渡り合った。ひた隠していた欲望は暴かれ、満たされた気持ちにすらなっていることに気付いた。もしもこれが呪の効果の一つなのだとすれば危うい限りだと懸念するが、もはや手遅れなのかもしれない。
 だが……とシャカは顔を上げ、ヒュッとシャカに向かって繰り出された光速の技をかろうじて避けた。

「遊びは終いだ」

 執拗な攻撃も単調で、面白みに欠ける。優位なのは数と巨体から繰り出される力任せな攻撃といったお粗末さ。いい加減、遊び飽きたところだ。シャカはふわりと小宇宙を高める。
 チリッと鳩尾あたりに感じた違和感。ほんのわずか意識を欠いたがそれだけだ。細く息を吐き出し、雑魚相手には勿体ないが自己満足のために蓄積された小宇宙を一気に解き放つと、その場は阿鼻叫喚と化した。そして訪れる静寂の中で、僅かな恍惚と物足りなさを感じつつ、意味の解らない気だるさにシャカはぼんやり立ち尽くしていた。

「シャカ、大丈夫か……って凄まじいな。これ、おまえがすべて殺ったのか」

 どれだけ呆けていたのか。シャカをこの場に呼び寄せた当人であるアイオリアも自身に課した敵を打破したのか、シャカの元にやってきて絶句する。

「当然だ。私以外に誰がいる?」

 不機嫌そうにシャカが答えれば「それもそうだな」と困ったようにアイオリアは首を竦めた。コキコキと首を鳴らし、ふぅと溜息をひとつ落としたアイオリア。少々バツ悪げに笑みを浮かべた。
 本来ならばきっと今頃、試しの君としてサガと出会い、対話を重ね、なんらかの事態に発展していたはずだった。邪悪な一派の討伐に手を焼いているというアイオリアの呼びかけを無視するわけにもいかず、結局、手助けに向かったシャカ。アテナの召喚にも応じず、何をしていたのかと軽く怒りを覚えたが、アイオリアはアイオリアなりに色々とあったのだろう。
 黄金聖衣を纏い直してアイオリアの元へ向かうと、なるほどアイオリア一人では手こずるのも無理はない状態だった。如何せん敵の数が多過ぎた。迷路のような建物に一番苦労したのは秘密だが、無尽蔵に次から次へと沸いて出てくる敵にはさすがに辟易した。シャカの加勢によってようやく終止符を打った時、すっかり宵の口になっていた。

「助かったよ、シャカ。急に呼び出したのは悪かったけど、他の連中は……ほら、例の奴のせいで戦える状況じゃなかったから」
「まったくだ。君はアテナの呼び出しにも私の声にも応じず、何をしていたかと思えば、このような面倒事に首を突っ込んで。今はそれどころではなかろうに」

 呆れた口調になりながら、最後の一仕事とばかりにシャカは小宇宙を高めて、ザッと腕を薙ぎ払うような仕草を取る。すると辺り一体に散乱していた遺骸が跡形もなく消失した。アイオリアは一瞬だけ瞠目していたが、その程度の関心しか示さなかった。

「面目ない限りだ。昔世話になった人の頼みで断れなくてな。第一、こんな邪悪な者たちを蔓延らせておくわけにもいかないだろう?俺一人でもいけると思ったんだが……少し考えが甘かった。いや、本当に助かったよ、シャカ」

 ニッと男臭い笑みを浮かべ、アイオリアはグッと拳を突き出した。仕方なくシャカも応えるようにコツンと拳を当てる。

「正義を布くことにはやぶさかではないが。今度からは事前に告げてくれ。私にも色々と予定がある」

 そう、予定はあった。試しの君としてサガと対峙するはずだった。いざ出陣と気合を入れたその時、何の因果かアイオリアのSOSが飛び込んできた。結果、予定は白紙となった。アイオリアの呼びかけを無視すればすんだことだ。そうしなかったのはわずかでも逃げの気持ちがあったのだろう。臆病風に吹かれ、卑怯にも逃げを打ったのだと、モヤモヤした気持ちが心を覆った。
そんなこととは露も知らず、サガは来るはずのない人物を今もなお待ち続けているのだとすれば――そんなことは杞憂でしかなくて、とうの昔にサガが聖域に戻っていることを願う。はぁと憂鬱な溜息を吐く。

「そっか。そうだよな。悪かったよ、シャカ。おまえにだって予定があって当然なのに。すまなかった。約束、破らせてしまったか?」
「いや……べつに今日必ず会うといった約束をしていたわけではない。あくまでも『予定』にしかすぎないことだ」
「ふうん?よくわからんが……じゃあさ、今日はもう予定はないんだろ?時間は空いているということだな。うん、よし。シャカ、このまま聖域に一緒に来てくれないか。礼と言っても食事くらいしか用意できないけれども」
「は?いや、私は」
「予定、ないんだろう?」
「おまえはまったく。本当に調子がいい奴だな」
「ふふ、そうと決まればサッサと戻るとするか!」

 断るつもりだったが、シャカは気を取り直して聖域に向かうことにした。約束していたわけではなかった予定調和の出会いを果たせなかったもう一人の動向も気になったからだ。

「さぁ、戻るぞ」
「そうだな」

 ぽんとシャカの肩にアイオリアが手を置いたのを合図に十二宮の入口を目指す。本来ならば自宮へ一跳びしたいところだったが、今もなお、時空間には先日の聖域侵入騒ぎの置き土産が処理できていない。やむを得ず、の対応である。

「ただいまっと」

 嬉しそうにアイオリアが笑みを浮かべるのに続いて、シャカもトンっと軽やかに舞い降りた。聖域独特の柔らかな小宇宙を感じ取り、緊張を解く。ふっと顔をシャカが上げた時だった。

「――っと!」
「わ……っ」

 すっかり油断していたのもあって、ドンと背中を押されるような気配にバランスを崩し、そのまま前のめりに倒れそうになった。だが、軽い衝撃を腰回りに感じただけで、シャカは倒れることはなかった。

「っ!すまない、大丈夫か?」
「え?は?……あ、ああ……サガかね?」

 腰を抱かれ、グッと背後に引き寄せられた。身を預けた先から降ってきた声の主に驚きながら、顔を向け固まった。
 近っ!じゃなくて。なぜ、サガがここに?

「シャカ!――っ、なぜ、あなたが此処にいる!?」

 シャカの浮かべた疑問をアイオリアもまた同様に思ったのだろう。アイオリアの方がシャカよりも先に険のある口調で問いかけた。対するサガは演技なのか、本心なのかわかりづらい人当たりの良い笑みとともに柔らかに返していた。

「―――私も出先から戻ってきたのだが、少し考え事をしていたのでな。それでお前たちの気配に気づかなかった。まさか、このタイミングでここにシャカがいるとは思いもしなかったのでな」

 そうなのか。
 おそらく、サガは今の今まで試しの君を待っていたということなのだろう。そう思うとシャカの胸はずくりと重さを伴った痛みを感じ、奥歯を噛み締める。

「ふん。それはそうと。いつまでそうしているつもりなんだ、二人とも」
「あっ……」

 慌ててシャカはサガから離れる。一瞬、サガの引き寄せる腕の力が強くなった気がしたけれども、やんわりと解かれて自由になった――のも束の間、すぐさま今度はアイオリアにがっしりと捕まえられた。

「アイオリア?」

何故だ。解せぬ。
作品名:Quantum 第二部 作家名:千珠