Quantum 第二部
「まったく体力馬鹿はどっちだ……」
アイオリアが耳にすれば目を剥いて抗議しそうなことをさらりと口走りながら、闘技場の屍たちは放置し……アイオリアに任せて、満足したシャカは処女宮の私的空間へと戻った。すっかり汗臭くなった身体を流そうと浴室目指してまっしぐら。
しかしさすがはアイオリア。力勝負となるとアイオリアには敵わないなと自嘲しつつ、おきがけの鬱屈した感情は綺麗にシャカから消え去っていることに気付く。サガの気配が処女宮にないことも理由のひとつであるが。
途中の双児宮でサガの小宇宙を感じなかったから、まだ処女宮に籠っているのだろうかと少しばかり気が落ち着かなかったが、戻ってみればサガの姿は見当たらなかった。夜とは違って陽の明るいうちに自室のしかも寝室で顔を会わせるのは気まずいと思っていたので、シャカが出かけているうちにサガがいなくなってくれていて心底ほっとした。
「さてと……」
ぬるめの湯を浴びてさっぱりとした後、いつもの袈裟姿になって処女宮での瞑想場に移り、考える。
次は誰と対すべきか、と。残るはサガにアイオロスとアイオリアだ。
「ああ、そうか。私もいたか」
まぁそれは取るに足りないこと。どうとでもなるだろう。
いずれにしても三人は強敵であることは違いないが、色々なことを鑑みるとまず、アイオロスは次期教皇に推せない。当初はアイオロスが適しているようにも思えたが、絶倫座はいただけないのだ。聖域の沽券にかかわる。聖域の名声が、地に堕ちるのはよろしくない。それに個人的にもアイオロスには負けられない。
なにせ負ければ己の貞操すら危険な気がするのだ。今までの黄金聖闘士たちとの渡り合いでも、妙な雰囲気になりかけたこともしばしば。厄介な呪のせいなのだろうが、幾度となく危機感をもった。よって以前にもセクハラめいたことをしてきたアイオロスは全力で潰す。うん、それがいい。ぐっと握り拳を作る。
そのあとはサガかアイオリア。
サガは昔取った杵柄といえば厭味に聞こえるかもしれないが、それでも聖域を一時は治めていた。仄暗くはあったが。一度失敗した分、次は慎重に正しく聖域を導くだろうとは思う。ただし、それをサガ自身が良しとするならば、である。
きっとサガは望んではいないのだろう。
シオン教皇には焦れているようにも思えるが、それでもその座を再び奪おうなどとは思ってもいないようにみえた。どこか黄昏を感じさせるサガの雰囲気に聖域の未来を託すというのもどうかと思うのだ。サガが前向きに精力的に導くとなれば別の話だが。
そしてアイオリア。
酸いも甘いも知る苦労人であるが、屈託のなさも残し、今も後輩たちの育成に尽力を惜しまない。相変わらず青いし、泥臭いところもあるけれどもきっと聖域の未来を明るいものとするだろう。色々と考えているうちにそんな風にシャカの気持ちは決まった。つまるところシャカの中ではアイオリアが適しているのではないかと。
「んー……」
それで、どうすべきかというところなのだが。
わざわざ厄介な手練れを先に相手せずとも先にアイオリアと渡り合って彼に捕まれば一番早道だろう。けれども、サガやアイオロスと本気で渡り合うことのできるチャンスも滅多にない。
「結局、私は欲深いのだな」
あれも欲しい、これも欲しい。
それではだめなのだとわかってはいるのだが。フルフルと小さく頭を振ってシャカは深く息を吐いた。
作品名:Quantum 第二部 作家名:千珠