Quantum 第二部
3.Curse
「ふうむ……」
もう一つの懸念であるソレをシャカはくりっ、くりっと艶やかな光沢と滑らかな肌触りを伝える大粒の黒真珠に指先を這わす。見事としか言い表すことのできない首飾りである。
黒真珠を連ねた中央には繊細かつ優美な細工を施された白金の台座。そしてそこに鎮座するのは鶏卵くらいの大きさがあるだろう、大粒のサファイアである。
果てしない宇宙の中で星々を飲み込むブラックホールのように光を吸収しているが如くでもあり、深い闇を閉じ込めたような澄んだ深海のようでもあるサファイア。
周囲を囲うように鏤められたダイアモンドもまた美しく光を放っていた。市場に出ればさぞかし高額の値を叩きだすこと間違いないだろうとシャカはぼんやり思う。けれども、手に入れた瞬間、確実に訪れるのは『幸』ではなく『不幸』。
シオン教皇から与えられた厄介な呪を施された装飾の中で最も業が深い一品である。呪の中で最高級というものがあれば、まさしくそれに該当する。108の煩悩と人間のあらゆる負の感情を凝縮したようなもの。だが、相反するように魅惑的でもあるのだ。人の心の欲望を如実に捉えて離さない。絶対的な吸引力に逃れられず、破滅へと導かれた者たちは数知れぬことだろう。シャカですら怖気が走るというのに己の身の内にしまい、無意識に取り出して眺めてしまっていることがあった。幾度となく解呪を試みるが、理が見えないため今以って上手くいかないでいる。
そこでシャカはせっかく聖域にいるのだし、首飾りに関する秘密を僅かにでも知ることができればと、秘蔵の書が保管されている書庫へと向かった。近年、蔵書が増えすぎたため、新たに建設されたそこは図書館という名を与えられ、近代的で立派なものとなっていた。
シャカは午前中から探していたのだが、それらしい文献を見つけたのは昼をとっくに回った頃である。難解な古文を解読しながら、慎重に読み解いたけれども、結局大した情報は得られなかったという残念な結果に終わってしまった。
十二宮へと戻る道すがら昔と変わらぬ風景の中で佇む、懐かしい学び舎を見つけ、吸い寄せられるようにシャカは足を運んだ。
幼子でもすでに黄金聖闘士としての素質を見出され、聖域に招かれたシャカがそこで学ぶことなどほとんどなかったが、それでも当時の訓練生と混じって幾度かは学校の真似事のようなものに参加させられたことがあったのだ。 神仏と対話することのできるシャカにすれば眠たいこと限りなかったけれども、同年代の子供たちとの数少ない触れ合うことのできた想い出の場所でもあった。
平屋建ての学び舎は開け放たれた窓から、時折元気な声が上がっていた。そして近づくにつれ、心地よく響く声が耳に届く。どくんとひとつ鼓動した。
サガがなぜここに?
「………」
開いていた窓に近づき、ちょうどよい高さの窓枠にそのままシャカは腰を掛ける。
話しながらも黒板に文字を連ねているため、ちょうどサガは背中を向けていた。たいして、サガの話を真剣に聞いていた窓際に近い者たちを筆頭に徐々に窓枠に腰掛けるシャカに気付き、ざわつき始めた。というより、数名から悲鳴が上がった。どうやら、今朝方シャカに洗礼を受けた訓練生もいたようである。
「ひぃっ!出た~~!」とか「悪魔!!」とか「ぎゃー死神!!」などと、散々な云われ様である。
ふむ。五月蠅い。これではサガの邪魔になるだろう。よし、仕置きをしよう。
「……なんだ?騒がしいぞ、おまえたち。ちゃんと集中し……ん?」
失礼な叫び声をあげ、ぷるぷるしている数人を薄目を開けて睨み付けているとサガが声をかけてきた。
「こんなところまで、どうしたんだ?皆が驚いているじゃないか……というより恐れ戦いているのが数名いるようだが……あの子たちが何かしたのか」
訝しみながら、サガはシャカのいる窓まで近づいてきた。シャカが威嚇している数名はすっかり蒼褪めている。うむ、あともう少しだな。
作品名:Quantum 第二部 作家名:千珠