再見 五 その二
藺晨の顔が火照った。鼓動も相変わらず高鳴っている。
《、、、焚き火の炎が私の顔を照らして、、、。》
「、、暑い、、、。」
ぱたぱたと、手で顔を仰ぐが、火照る頬はいつまでも治まらない。
夜は深(ふ)けて、そろそろ火の番を交代しても良いのだが、、、いくら時間が経っても、藺晨は一向に眠気を感じなかった。
《長蘇は、、、私の話を聞いていたのか?。
それともあれは、寝ぼけていたのか?。寝ぼけていたなら、覚えてはいまい。
うっかり口にしてしまった事とはいえ、聞かれていないとなると、いささか、、残念な様な、、、、。
は?、残念??、、何が??、、。
そんな訳は無い、、、。
、、、ぁぁぁ、、、長蘇め、、、、
、、、、どっちだ!!!、、、、。》
肝心の白ザルはというと、、、、、爆睡中。
《、、、ク〜〜〜、、、、、人の気も知らないで。》
藺晨の眉間に皺が寄る。
結局、辺りが白み始めるまで、眠くはならず、藺晨が火の番をして、一晩を明かしてしまった。
だが、少しずつ明るくなる空に、どこかほっとして疲れが現れたのか、急に眠気に襲われて、うとうとと、うたた寝をしてしまった。
藺晨が気持ち良く寝ていると、誰かに揺り起こされる。
「、、、ぁ、、う、、?。」
藺晨は白ザルに、肩を揺すられ起こされていた。
いつの間にか、ちゃんと横になって寝ていた様だ。
寒さ避けも掛け直され、もう一枚は畳まれて、藺晨の枕になっていた。借りてきたのは二枚だけだ。白ザルが使っていた物だろう。
急に起こされ、朧になっていた藺晨の頭が、少しずつ目を覚ます。
側では白ザルが、新たに火を起こしたようで、燃え止しの炭が増えていた。笠の紗を前だけ上げて、白ザルは枝で、燃え止しをかき混ぜていた。
「また焚いたのか?。」
白ザルは何も答えず、焚き火の残りを探っていた。
すると炭の中から、拳より小さな黒い塊が、三つ四つと転がり出した。白ザルが熱さを我慢して手で割ると、裂け目から湯気が上る。
「芋か?。」
白ザルはこくりと頷いて、藺晨に勧めた。
「あははは、、朝飯か。」
藺晨は食べたことも無い物だが、まぁ、味は悪くない。
「これは、、、金陵で食べていたのか?。、、都では芋の形のまま、食べたりはせぬよな、、、。
、、、ならば軍営か、、?。」
白ザルはにこりと笑った。
藺晨は水を飲もうと、側に置いておいた水筒を持つ。
「あ?、、重い、、、。泉で汲んで来てくれたのか?。」
『ああ、馬に飲ませるついでにな。ついでに側に芋の蔓があったので、掘ってきたのだ。』
「来た事も無いだろうに、夜明けから、水を探して廻ったのか?。」
見れば二頭の馬には、鞍が載せてあり、何時でも出発が出来る。
『甄平や他の配下が、泉の事を言っていたので、知っていたのだ。
私は一度聞いた事は忘れぬ。
それに私の体には、方角が入ってるんだぞ。八卦を仕掛けられていても、迷ったりするものか。』
「朝飯も用意され、出発は何時でも出来る。ははは、、大した乙女だな。嫁に来るか?。」
藺晨は言ってしまってから、少し後悔をした。
《、、ああ、、しまった、、乙女は言い過ぎか。長蘇は怒って、一人で行ってしまうだろうか、、。》
ところが、白ザルの機嫌はよく、腰に両手を当てて、藺晨に会釈した。
ほっとする藺晨。こんなに人に気を使うとは、生まれて初めての事だった。
白ザルは久々に、人の中に入った。賑やかな場所は、本当に久しぶりで、気持ちが高ぶった。
街の独特の匂いに触れて、気分が良かったのだ。藺晨の失言の一つや二つ、聞き逃してやろうと思ったのだ。
朝食を食べ、水を飲み、落ち着いた。
日は昇っている。
今頃、琅琊閣では、、各坊で朝食が終わり、人心地ついた時間帯だろうか。
「そろそろ行くか。」
藺晨はそう言うと、いくらか火の残る炭を集め、水筒の水を掛ける。
しゅーっと音を立てて、白い煙が起る。
「はっ!!。」
二人は馬に跨り、一路、琅琊閣へ。
先を駆ける白ザルは、馬の扱いが上手い。流石は元武人。正に人馬一体で、風の様に走り抜ける。
白ザルは、藺晨の事など忘れ、気持ち良く駆けているのだろう。どんどんと、藺晨との間が開いてゆく。後ろを振り向かずに、藺晨の事など忘れているかの様だ。
その差も大きく開き、藺晨が相当頑張っても、その差は埋まらない。
藺晨が乗っているのは、自分の馬で、琅琊閣が所有する中でも、最上の馬だ。
白ザルの乗る馬は、悪くは無いが、藺晨の馬には及ばない。なのにこれだけ離されてしまった。
藺晨もその事には気が付いている。
帰りの道は案内不要。白ザルは久しぶりに自由に駆け回り、ただ嬉しくて仕方が無いのだろう。
「おぅい!!、待て!!。」
声も白ザルには届かないのか、止まる様子はない。
「待て!!、止まれ!!!。」
「私が昨夜言ったことに偽りは無い──!!。
私はお前が好きだ──!!!。
私の告白を聞いていたのだろ──?。」
「好きだと言っているだろ───っ。」
「おいっ!!、馬鹿長蘇っ!!、
置いて行くな───!!」
すると白ザルの馬が止まった。
そして藺晨の方を向いて、笠の紗を上げた。
遠くて、白ザルの表情は、よく見えないが、、。
藺晨の言葉は、届いたのか、よく分からない。
「このまま帰らず私とぉ──、
旅をしないかぁ───?」
《、、長蘇は、笑っている?、、、よな、、、。
長蘇と、二人で旅が出来たら、どれ程楽しかろう、、、。
二人、琅琊閣も赤焔軍も忘れ、気ままに、この地の果てまで、旅をするのだ。》
白ザルの馬は、その場で、何度かくるくると回っていたが、
やがて意を決したように、琅琊閣へと向かって、馬を走らせた。
「あっ、、、。」
急いで、その後を追う藺晨。
「長蘇!!、待て!!!、待ってくれ!!。」
もう言葉も馬も届かない。
「ふふふ、、、。」
《、、、長蘇、、、、、梅長蘇、、か、、。》
藺晨の心は、満ち足りていた。
《琅琊閣での生活がまた変わるな、、。》
『長蘇が好き』と認めてしまえば、心持ちが変わる。
長蘇と剣を交え、世界が変わった。
《今後はどう変わるのだ??。》
不安は無い。
《これ程、気持ちが充実したのは、生まれて初めてだ。》
藺晨の胸は、
これからの刻に期待が膨らみ、
心踊っている。
── 再見五 その3へ続く ──