再見 五 その二
『お、、お前、、、そんな趣味が、、、、ヤメロワタシハオイシクナイ。』
「は?、、馬鹿か?!。衣と帯の締めつけで、お前が苦しかろうと、緩めてやっただけだ!!。勘違いするな!。、、、わ、、私にだってな、相手を選ぶ権利はある!。そもそも男なぞ相手にせん!!。さっさと寝てしまえ!。」
『、、、、なっ!!、、。
、、、、そういう事に、、シテオイテヤル、、。』
先走った勘違いをして、頬が赤らみ、バツが悪いのか、白ザルはごそごそと背中を向けて、寒さ避けに包(くる)まった。
暫くすると、また規則的な寝息が聞こえてきた。
《何て無駄の無い奴だ。もう眠った!!!。》
藺晨も驚きの、白ザルの寝付きの良さだった。
「あ、、。」
《そうか、、白ザルは元将校だ。戦場では、どれだけ早く寝て、疲れを取るかに、己の生き残りがかかっているのだ。》
寝付きが良くて当たり前。白ザルの元々のものなのか、訓練されて得たものなのか。
藺晨は、消えかけた炎を、枝でひっくり返し、枯れ木を足して、大きくした。
ここでうっかり、消してしまう訳にはいかない。
滅多に姿は表さぬが、本当に、狼が出る事もあるのだ。群れで来られたら、堪ったものではない。
《白ザルは青春を、国と軍に捧げ、駆け抜けたのだ。》
白ザルを見れば、もう、大の字になって、小さな鼾(いびき)までかきだしている。
「全く、大したものだ。大きな子供の様だな。」
そんな、白ザルの天真爛漫な所が、藺晨には羨ましい。
藺晨は、白ザルの動きから、目が離せなくなる。
その動き、体を器用に捻る所、その指の仕草、くるくると変わるその表情、風に靡くその髪一筋も、、、飽く事なく、見ていられるのだ
この気持ちを、ずっと、理解出来なかった、自分の心であるのに、、、自分の心だからなのか、、分からない。
『友』の一言では、簡単に片付けられぬ。
『恋心』を、白ザルに抱いたのだろうか、と、、もしそうなら、許されぬ恋をしたのかと、衝撃を受けたりも、、、。
『憧れ』なのか、、、、『恋心』なのか、、、どれ程考えても分からない。
《人がこれ程悩んでいるというのに、、お前と来たら、、、。悩む私の目の前で、ひっくり返って、気持ち良さげに寝ているのだ。》
「悩ましいのだぞ、オイ。」
声を掛けても、熟睡しているのか、白ザルは目を覚ましはしない。
《父が連れて来た、滅多に見られない、面白い検体、初めはそうだったのだ。
、、、お前の瞳に見つめられる前までは、、。
お前の瞳に、、、私は囚われてしまったのだ。
共に過ごせば過ごすほど、知れば知る程に、お前に魅了される。
もう私は、、お前から目が離せないのだ。
、、、こんな事に、なるとはな。
魅了される程、踏み込まねば良かったと、、後悔もある。
ずっと琅琊閣で過ごせれば良いが、私は、お前がそう出来ぬ事を、知っている。
お前と、その仲間達との会話を繋ぎ合わせ、、私は、お前が風雲を起こそうとしているのだと、知ってしまった。
遠からず、琅琊山を去ってしまうのだ。
父が、火寒の毒を、完全に抜く治療を断った。
白ザルは、、白ザルのままならば、この琅琊山に留まるだろうか。
私と共に、琅琊閣で過ごすだろうか。》
白ザルは相変わらず、大の字になって眠っている。
「、、、梅長蘇、、。」
白ザルの名を、口に出してみる。
《呼んだ事がないから、、お前の名を忘れていた。
両親からもらった名は、名乗れぬのだな。
林殊ではもう、生きられないのだ。》
元の名前も家族も失い、幼馴染にすら、生存を明かせない。林殊には許嫁もいたと言う。黎綱達の話では、相思相愛と言っていた。
初めて、白ザルを哀れに思った。
《白ザル達は、奸臣の策謀に嵌り、抹殺されたのだ。
大梁の林燮率いる赤焔軍といえは、知らぬ者などおらぬ。
『大梁に赤焔軍有り』と、近隣諸国を震え上がらせる、最強の軍だったのだ。
それが、敵と戦って壊滅したのではなく、愚かな奸臣に、、。赤焔軍を滅ぼす事に、皇帝も目を瞑ったのだ。
白ザル達は、鬼の蠢く病巣に復讐に戻ると、、、。
命、存(ながら)えたならば、自分達を切り捨てた祖国の事や、復讐なそ考えず、楽しく生きれば良いものを、、、。復讐なぞ、、、相手が大きすぎる。成功しても、叶わずとも、無事では居れぬ。
父同様、私も武人の考えと言うものは、理解しかねる。》
酒を煽りながら、藺晨がぽつりと呟いた。
「私はな、、お前に生きて欲しいのだ。
私は今まで、お前のような、心許せる友がいなかったのだ。
お前がやろうとしている事は、ただの復讐ではないのだぞ。無鉄砲が過ぎる。
大事な友を、そんな事に送り出せると?。」
相変わらず、白ザルは眠っている。
どうせ聞こえていないと思うと、藺晨は心の全てを、晒け出せる気がした。
「なぁ、、全てを捨てて、、、私と旅をしないか?。
今日、朱砂達を見ていて、私は、無性に旅をしたいと思った。一緒に聞いていて、お前はそうは思わなかったか?。
私は、お前と旅をしたい。
目的も持たず、ぶらぶらと、気ままに行くのだ。
旅先の人々や、何百年も経過した遺跡を見たら、そしたら、復讐なぞ、どうでもよくなるとは思わぬか?。
復讐を果たしても、お前が無事で居られるとは思わない。騒ぎの首謀者として、処刑されよう、、。お前が何も悪くなくともな。
世の中とはその様なものだ。
、、私は、お前が死ぬ事を考えたら、、、、正気でいられない。
お前は、初めて魂が触れ合った相手なのだ。
、、、、困った事に、、、
私は、、お前が好きなのだ、、、。」
絞り出すように、最後の一言を言った。
《渾身の告白をしたが、、、お前は寝ているのだろうな。だから言えた。》
藺晨は一つ溜め息を吐(つ)いて、白ザルの方を見た。
すると、少し身を起こし、笠を手で持ち上げ、藺晨を見ている白ザルと、目が合ってしまった。
《、、あ、、、今の話を、、聞いて、、、。》
どくん、と、藺晨の鼓動が大きく打った。
白ザルは寝てしまって、聞いていないと思っていたから、『好きだ』と言葉に出来たのだ。
破れかぶれの、白ザルが聞いていない前提の、告白だった。
藺晨はどんな者にも、例えは女子にも、信頼の置ける配下にも、母親にすら『好き』などと言ったことは無い。
よりにもよって、白ザルに好意を持ってしまい、寝ていると思ったとは言え、『好き』と、、、。
《、、ぅ、、嘘だ、、。》
白ザルは藺晨に優しく微笑み、、、、。
それは初めて見る、藺晨の全てを包む様な、暖かな微笑みだった。
辛酸を舐め尽くし、世は混沌として善悪すら無い無情を知り、それでも生きていかねばならぬ宿命を、受け入れざる得ぬ者の、、、、その大きな器に守られる様な、、、。
藺晨は心地良く、白ザルの微笑みに、心吸い寄せられる。生涯、忘れられぬ、清らかな美しい微笑みだった。
そして白ザルは、、
、、、、ぱたりと元通りに笠を落として、、
、、、、、また寝てしまった。
「あっ、、。」