ポケットの中の夏。
最後、影ナレとして、生田絵梨花と大園桃子が悔いのないようにと言葉を綴(つづ)った。もう一度だけ、あと一曲だけ、皆さん聴きたくないですか? と。元気よく同意する大園桃子。『逃げ水』の再ステージである。
乃木坂46全体で歌う『逃げ水』は、言葉にならぬ大いなる巨大な感動の渦に呑み込まれていた。
実に、笑顔いっぱいに花咲くステージであった。
本当に思い残す事はないので、そんなに心配せずに、遠くで頑張っているかな、て思っていてくれたら嬉しいです。と大園桃子は言葉を贈った。
皆さん本当に、今までありがとうございましたと、深々と頭を下げ、大園桃子はステージを後にした。大きな大きな、いっぱいの、大園桃子らしい優しい笑顔のままで……。
12
真夏の真っただ中に行った〈リリィ・アース〉夏祭りの終了後、日付が変わって、二千十一年七月末日の事である。
参加者のメンバーはそのほとんどが、パーティー会場である地下二階エントランス・メイン・フロアを後にしていた。
夏祭りの会場に残ったのは、煌びやかな装飾や屋台に残された御馳走の売れ残りと、乃木坂46ファン同盟の風秋夕と稲見瓶と磯野波平の三人だけだった。
夏祭り会場には乃木坂46の『ひとりよがり』が」流れている。
「見事なお祭りだったな」夕は作業しながら言う。「伯爵様もびっくりのゲスト達だぜ」
「何やってんだ?」磯野は顔をしかめて、作業中の夕を見下ろす。
風秋夕と稲見瓶は、プロジェクション・マッピングを操作していた。
夏祭り会場の照明が一斉に落ちた……。
スペシャルサンクス・乃木坂46合同会社
北側の三つある巨大な扉、それを許容する更に巨大な壁面。その一面に、デジタルチックな打ち上げ花火が投影される――。
大きな花火の飛び散る音声と共に、美しく華やかな映像が乱れ咲く……。
スペシャルサンクス・秋元康先生
「出すのおせーって」磯野はそれに見とれながら、笑って言った。
「隠し玉を、隠し過ぎて忘れてたよね」稲見もそちらを見つめながら言った。
大きな花火が打ちあがり、幾重にも重なりあって、弾け、飛び散っていく……。
「あの」
「わ!」
スペシャルサンクス・今野義雄氏
不意を突かれ、風秋夕はもたれかかっていたエレベーターから飛び起きた。
それは大園桃子だった。プロジェクション・マッピングの花火の影響で、鮮やかな色に姿が染まっている。大園桃子の後ろ側のエレベーターには、伊藤純奈と渡辺みり愛の姿もあった。
二人もプロジェクション・マッピングの影響で鮮やかな色彩に染まっている。
スペシャルサンクス・乃木坂工事中
・猫舌ショールーム
・乃木坂46真夏の全国ツアー2021大園桃子卒業セレモニー
「花火なんかやってるんだ!」桃子は嬉しそうになまり、大声で言った。
「なに、乃木坂には見せないってやつ?」純奈も花火を見つめながら言った。
「びっくりしたー、まだいてくれたんだ?」夕は微笑む。「どう? 一応、プロの海外業者に頼んでプログラミングしてもらった最新のやつ」
「おおー、浴衣美人に花火たぁ、こりゃ乙だな!」磯野は喜んで女子三人の前に走った。
「エレベーターで来たよね?」稲見は隣に立っている桃子に言った。「何か、忘れ物とかかな?」
「そう」
大園桃子はそう言って、東側のラウンジを指差した。そこには通称〈いつもの場所〉のソファ・スペースがある。
「もらったドライフラワー、ソファに忘れちゃったから」桃子はそう言うと、また大音量で弾け飛ぶ花火を見つめた。「取りに来た……」
「じゅんちゃん達も?」夕は純奈とみり愛の顔を見る。
「そう。花束、忘れちゃってさ」純奈は夕を一瞥して言った。
「取りに戻ってきました」みり愛も夕に言う。「したら、花火ですよ。こーんな、男だけで楽しんで……」
脚本・執筆・原作・タンポポ
プロジェクション・マッピングの花火は豪華で、デジタルチックな異世界感がこれまた一際圧倒的な迫力を生んでいた。
ドーンと、打ち上る数多の花火……。
振り落ちる、カラフルな火花……。
いつの間にか五人は、言葉もなく、ただそれを見つめていた。
「桃子、乃木坂に入ってよかった……」
大園桃子の頬に、小さな涙が零れていた。
「純奈も、よかったな。乃木坂になって」
伊藤純奈は凛々しい笑みを浮かべ、投影される打ち上げ花火を見つめる。
「よかったに決まってるじゃん。一生の宝だよ」
渡辺みり愛は、強く気丈(きじょう)に微笑んで、豪華絢爛(ごうかけんらん)な打ち上げ花火を見つめる。
風秋夕と稲見瓶と磯野波平の三人は、薄く笑みを浮かべながら、彼女達の背中側へと集まった。
大音量で打ち上げ花火のプロジェクション・マッピングは起動している。
「今年の夏は、まあ、最高なんじゃない?」
風秋夕は、まんざらでもない笑みを浮かべて言った。
「いっくら暑くてボケてても、これじゃあ忘れらんねえなあ」
磯野波平は、鼻筋(はなすじ)に皺(しわ)を作って笑った。
「卒業も何もかも、この夏、まるごと屋烏(おくう)の愛。だね」
稲見瓶はそう言って、右手の指先で眼鏡の位置を直して、微笑んだ。
世にも珍しく、美しいデジタルの煌びやかな打ち上げ花火が舞い散る中、五人はしばらくの間、会話する事もなく、その夏の終わりの光景を眺めていたのだった。
二千十一年九月十八日 完