BUDDY 3
BUDDY 3
「まさか、夢で見ていたとは……」
思わず感情的になってしまったが、どう考えても士郎が悪いわけではない。士郎は私の経験を夢として見せられていただけなのだ、いわば被害者。
だというのに私は、士郎を責めるような口ぶりで台所に残してきてしまった。
「はぁ……」
今夜も鍛錬があるというのに、このままではやりにくい。
鍛錬はそう苛烈なものではないが、他所ごとに気を取られていては事故にもなりかねないのだ。いまだ未熟な士郎では、慎重に慎重を期して魔術というものを扱わなければならない。それは私も士郎も重々承知して臨んできたことである。
「やはり、謝るしかない」
今後の関係を円滑にするためにも、こんなわだかまりを作ってはいけない。
確かにバツが悪い。
できることなら知ってほしくはなかった。
過去の、いや、そういう時間的な流れがあるわけではないが、私が英霊として経験した聖杯戦争の詳細など士郎には関係がないことだ。士郎は私の過去を生きているわけではないのだから。
私のマスターとなった士郎には、私が出会った衛宮士郎とは違う生き方をしてもらいたい。そして、その傍らに私が居れば…………。
「ん? いや、何を私は……」
否定したものの、どうしようとも否定できないものがある。
衛宮士郎とともに歩むことを、私は今、何よりも望んでいる。
主従というものではなく、だからといって、親兄弟や友人というものでもない。
敢えて我々が目指す関係を言葉にするのであれば、相棒《バディ》。
それが、一番しっくりとくる呼び名になるはずだ。
(そう、なれるだろうか……?)
疑念と不安が思考を押し潰す。
私が勝手に思うだけで、士郎にはまた違うカタチが見えているのかもしれないし、士郎がそんな関係を望んでいないかもしれない。
「それでも私は、目指したい。……だから、そうなるために、」
今ここで躓いているわけにはいかないのだ。
(だが、どう話せばいいのだろうか……?)
あれこれと思案したものの、結局、良い案は浮かばず、気が重いまま道場に向かう。が、いつも私が道場に入る時間よりも、少し遅くなってしまった。
もしかすると今夜は道場にいないかもしれない、という気がしていた。しかし、灯りが点いている。ということは、士郎がいる。
やけにほっとしてしまう。士郎がそこにいる理由を考えれば単純明快であるというのに、士郎が道場にいない想像ばかり浮かべていた。
おそらく、毎日続けてきた鍛錬だから、士郎にとってはすでに日課となっている。いくら私と諍い合っても、必ず時間になれば士郎は道場に向かうだろう。
こういうストイックさは、エミヤシロウに共通する。私もそうだった。したがって、少々のことで鍛錬をサボることはないとわかってはいた。……いたのだが、何やら気持ちが上向きになってきている。こんな些細なことで一喜一憂している自分が可笑しい。
私も相当ここの生活に、いや、士郎と過ごすことに馴染んだのだと変に実感する。
(まずは、謝って、それから……)
話すきっかけの算段をつけながら道場に足を踏み入れると、真ん中あたりで立ち尽くす士郎がいた。
手には投影したらしい剣を持ち、下を向いて眺めている姿が項垂れているように見える。
少し、躊躇した。
近づいていいものか迷う。
気配を消したわけでも、真後ろから近づいたわけでもないというのに、士郎は私に気づいた様子がない。
どうすべきか、と迷いつつ、士郎が持つ剣を見遣れば、遠目であってもわかる、あまりにも質の悪い、剣とも呼び難いものを両手で持っていた。
(なんだあれは……)
今まで士郎を鍛えることに手を抜いた覚えはない。どんなに見込みが薄くても、根気強く士郎を教え導いたつもりだ。だが、あんな不出来なモノを投影されては、鍛えてきた己を全否定された気がして、それなりに用意していた言葉など吹っ飛んだ。
いくら聖杯戦争が終わって気が緩んだとしても、あんな剣とも言えないおざなりなモノを投影されては、許すわけにはいかない。
「気が抜けすぎではないか?」
思わず憤りを声に出せば、はっとして振り返った士郎が私を見て驚いている。
その顔を見て私も驚いた。
立ち尽くす士郎は静かに、泣いていたから――――。
***
士郎がどうにも集中できなかったため、鍛錬と呼べるようなことはできず、この日の鍛錬は早々に切り上げることにした。
士郎が風呂を済ませている間にアーチャーが敷き、そこに入った士郎はアーチャーに背を向けたまま、ぽつり、とこぼす。
「還るんじゃないかと思ってた」
「なぜ、還ると?」
士郎の髪は少し湿っている。きちんと乾かさなかったのか、と呆れ、そこへ顎を埋めたアーチャーは、士郎の身体に腕を回した。
「怒ってただろ?」
「…………怒っていたわけではない」
「じゃあ、なんだったんだ?」
「まさか、夢を見させているとは思っていなかった。聖杯戦争のみならず、守護者のことまで……。べつに隠すこともないのだが……、いいものではないだろう」
「……よく、わからないけど…………。俺は、綺麗だと思った、アンタの座の光景」
「ハッ……、あんなものがか? お前も、たいがい歪んでいるな」
「なんだよ……それ……」
士郎の声は小さく、ゆっくりと吐かれている。ウトウトしていることが如実にわかった。
「あんな光景が綺麗など……、ロクなものじゃない」
「あぁ……、うん……、すごく……さみしい、せかいなんだけど……、俺に……とっては…………」
すぅ、という寝息が聞こえ、士郎の身体から力が抜けていく。士郎は寝入ってしまったようだ。
「おい……。お前にとっては、何だと…………、はぁ……」
不満げに言いつつも、アーチャーはわざわざ士郎を起こして問い質しはしない。眠った者を起こして訊くほどのことでもないことだ。
「おやすみ、マスター。良い夢を」
どのみち、士郎はまたアーチャーの経験を夢で見るはずなので、良い夢なはずがないのはわかっていたが、そんなことを笑い含みでこぼし、アーチャーも瞼を下ろす。
いまだ聖杯戦争の疲れが士郎だけではなくアーチャーにも残っている。魔力供給のための同衾も聖杯戦争が終われば必要ないだろうと考えていたが、しばらくは続けなければならないようだ。
士郎の魔力量がもう少しアーチャーに流れてくるようになれば、毎夜こうして身を寄せることもないだろう。季節的に二月半ばの今ならばいいが、これから気温が上がり、真夏になって、こんな状態で眠るのは地獄に等しい。
しかも、士郎の部屋にエアコンは設置されていない。熱帯夜が続いたりすれば、本当に地獄を見ることになる。
(投影の技術を鍛えるのもいいが、まず魔力量を上げ、供給を滞りなく行えるようにしなければならないか……)
当面の目標が決まり、アーチャーは鍛錬の方向性を少し切り替えることにした。
「あのぅ、投影、しないのか?」
朝の鍛錬に遅れることなく道場にやってきた士郎は、とりあえず板床に座れと言われ、さらにこれからの鍛錬のメニューだ、と一枚の紙を渡され、少し不満そうに首を傾げている。
「まさか、夢で見ていたとは……」
思わず感情的になってしまったが、どう考えても士郎が悪いわけではない。士郎は私の経験を夢として見せられていただけなのだ、いわば被害者。
だというのに私は、士郎を責めるような口ぶりで台所に残してきてしまった。
「はぁ……」
今夜も鍛錬があるというのに、このままではやりにくい。
鍛錬はそう苛烈なものではないが、他所ごとに気を取られていては事故にもなりかねないのだ。いまだ未熟な士郎では、慎重に慎重を期して魔術というものを扱わなければならない。それは私も士郎も重々承知して臨んできたことである。
「やはり、謝るしかない」
今後の関係を円滑にするためにも、こんなわだかまりを作ってはいけない。
確かにバツが悪い。
できることなら知ってほしくはなかった。
過去の、いや、そういう時間的な流れがあるわけではないが、私が英霊として経験した聖杯戦争の詳細など士郎には関係がないことだ。士郎は私の過去を生きているわけではないのだから。
私のマスターとなった士郎には、私が出会った衛宮士郎とは違う生き方をしてもらいたい。そして、その傍らに私が居れば…………。
「ん? いや、何を私は……」
否定したものの、どうしようとも否定できないものがある。
衛宮士郎とともに歩むことを、私は今、何よりも望んでいる。
主従というものではなく、だからといって、親兄弟や友人というものでもない。
敢えて我々が目指す関係を言葉にするのであれば、相棒《バディ》。
それが、一番しっくりとくる呼び名になるはずだ。
(そう、なれるだろうか……?)
疑念と不安が思考を押し潰す。
私が勝手に思うだけで、士郎にはまた違うカタチが見えているのかもしれないし、士郎がそんな関係を望んでいないかもしれない。
「それでも私は、目指したい。……だから、そうなるために、」
今ここで躓いているわけにはいかないのだ。
(だが、どう話せばいいのだろうか……?)
あれこれと思案したものの、結局、良い案は浮かばず、気が重いまま道場に向かう。が、いつも私が道場に入る時間よりも、少し遅くなってしまった。
もしかすると今夜は道場にいないかもしれない、という気がしていた。しかし、灯りが点いている。ということは、士郎がいる。
やけにほっとしてしまう。士郎がそこにいる理由を考えれば単純明快であるというのに、士郎が道場にいない想像ばかり浮かべていた。
おそらく、毎日続けてきた鍛錬だから、士郎にとってはすでに日課となっている。いくら私と諍い合っても、必ず時間になれば士郎は道場に向かうだろう。
こういうストイックさは、エミヤシロウに共通する。私もそうだった。したがって、少々のことで鍛錬をサボることはないとわかってはいた。……いたのだが、何やら気持ちが上向きになってきている。こんな些細なことで一喜一憂している自分が可笑しい。
私も相当ここの生活に、いや、士郎と過ごすことに馴染んだのだと変に実感する。
(まずは、謝って、それから……)
話すきっかけの算段をつけながら道場に足を踏み入れると、真ん中あたりで立ち尽くす士郎がいた。
手には投影したらしい剣を持ち、下を向いて眺めている姿が項垂れているように見える。
少し、躊躇した。
近づいていいものか迷う。
気配を消したわけでも、真後ろから近づいたわけでもないというのに、士郎は私に気づいた様子がない。
どうすべきか、と迷いつつ、士郎が持つ剣を見遣れば、遠目であってもわかる、あまりにも質の悪い、剣とも呼び難いものを両手で持っていた。
(なんだあれは……)
今まで士郎を鍛えることに手を抜いた覚えはない。どんなに見込みが薄くても、根気強く士郎を教え導いたつもりだ。だが、あんな不出来なモノを投影されては、鍛えてきた己を全否定された気がして、それなりに用意していた言葉など吹っ飛んだ。
いくら聖杯戦争が終わって気が緩んだとしても、あんな剣とも言えないおざなりなモノを投影されては、許すわけにはいかない。
「気が抜けすぎではないか?」
思わず憤りを声に出せば、はっとして振り返った士郎が私を見て驚いている。
その顔を見て私も驚いた。
立ち尽くす士郎は静かに、泣いていたから――――。
***
士郎がどうにも集中できなかったため、鍛錬と呼べるようなことはできず、この日の鍛錬は早々に切り上げることにした。
士郎が風呂を済ませている間にアーチャーが敷き、そこに入った士郎はアーチャーに背を向けたまま、ぽつり、とこぼす。
「還るんじゃないかと思ってた」
「なぜ、還ると?」
士郎の髪は少し湿っている。きちんと乾かさなかったのか、と呆れ、そこへ顎を埋めたアーチャーは、士郎の身体に腕を回した。
「怒ってただろ?」
「…………怒っていたわけではない」
「じゃあ、なんだったんだ?」
「まさか、夢を見させているとは思っていなかった。聖杯戦争のみならず、守護者のことまで……。べつに隠すこともないのだが……、いいものではないだろう」
「……よく、わからないけど…………。俺は、綺麗だと思った、アンタの座の光景」
「ハッ……、あんなものがか? お前も、たいがい歪んでいるな」
「なんだよ……それ……」
士郎の声は小さく、ゆっくりと吐かれている。ウトウトしていることが如実にわかった。
「あんな光景が綺麗など……、ロクなものじゃない」
「あぁ……、うん……、すごく……さみしい、せかいなんだけど……、俺に……とっては…………」
すぅ、という寝息が聞こえ、士郎の身体から力が抜けていく。士郎は寝入ってしまったようだ。
「おい……。お前にとっては、何だと…………、はぁ……」
不満げに言いつつも、アーチャーはわざわざ士郎を起こして問い質しはしない。眠った者を起こして訊くほどのことでもないことだ。
「おやすみ、マスター。良い夢を」
どのみち、士郎はまたアーチャーの経験を夢で見るはずなので、良い夢なはずがないのはわかっていたが、そんなことを笑い含みでこぼし、アーチャーも瞼を下ろす。
いまだ聖杯戦争の疲れが士郎だけではなくアーチャーにも残っている。魔力供給のための同衾も聖杯戦争が終われば必要ないだろうと考えていたが、しばらくは続けなければならないようだ。
士郎の魔力量がもう少しアーチャーに流れてくるようになれば、毎夜こうして身を寄せることもないだろう。季節的に二月半ばの今ならばいいが、これから気温が上がり、真夏になって、こんな状態で眠るのは地獄に等しい。
しかも、士郎の部屋にエアコンは設置されていない。熱帯夜が続いたりすれば、本当に地獄を見ることになる。
(投影の技術を鍛えるのもいいが、まず魔力量を上げ、供給を滞りなく行えるようにしなければならないか……)
当面の目標が決まり、アーチャーは鍛錬の方向性を少し切り替えることにした。
「あのぅ、投影、しないのか?」
朝の鍛錬に遅れることなく道場にやってきた士郎は、とりあえず板床に座れと言われ、さらにこれからの鍛錬のメニューだ、と一枚の紙を渡され、少し不満そうに首を傾げている。